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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
十二章――魂の価値
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第46話:決意の朝

 墨溜まりの海原を屋根裏部屋から所在無く眺めていると、白い陰が窓辺に着地した。

「夜景を楽しむのも程々にね。夜更かしは毒だ」

 細長いしっぽが星空を背にしてくねる。

 白猫フォルテが窓枠を飛び越えてレキの脇を抜け、部屋に入る。

「慣れない枕で夢見心地も悪いのかい?」

「物思いにふけっていたんだ」

「魂の唯一性についてだね」

 ずばり言い当てられた。

 魂は本来、現世の外より生まれし概念。人間の常識と照らし合わせたって納得なんてできない。フォルテにそう諭されてもレキはあれこれ思いをめぐらせずにはいられなかった。出口のない迷路だとしても。

「フォルテ、お前は……お前は」

「続けてごらん」

 背中を押されたレキは躊躇していた問いかけをついに吐き出す。

「お前はフォルテなのか」

「そうさ」

 微塵の感情の揺らぎもなく即座に肯定された。

「もし、もしもだ。恐竜と刺し違えた『以前のフォルテ』が生きていたと後に発覚したとしたら、お前は何者になるんだ。神の魂はいくつにも分けられると鈴珠(すず)さまはおっしゃっていたが……」

「ありえないたとえ話に解答なんてないさ」

 フォルテ特有の煙に巻く言い方は、レキをかえってもどかしくさせた。

「唯一の魂だからこそ美しい。キミはそれを理解しているんだね」

 褒め言葉とわかっていても、レキの胸にちくり、トゲが刺さった。

「断じてお前の存在を認めたくないわけじゃないんだ」

「仕方ないさ。種の繁栄を本能とするキミたち純粋なる生物と、次世代兵器の試作機である僕ら人工物とでは存在意義が根本からして異なる。キミは親の愛の結果として生まれ、僕は消耗品の一体として製造された」

 ――フォルテ、それは違う!

 胸の内の叫びは、彼の並べ立てる現実的な理屈にねじ伏せられた。

 歯がゆそうに悔しがるレキを忍びなく感じたらしいフォルテは、罪滅ぼしとばかりにある提案を持ちかけてきた。

「キミにひとつ、好奇心を満たす別の話をしよう。それで今夜は我慢して寝るんだ」

 それは思いもよらぬ提案だった。

「教えよう。大魔導士フィオが魔導会から放逐されたわけを」

 反射的に腰を上げたレキは勢い余ってイスを蹴倒してしまった。

「フィオ先生は確か、亡くなった旦那さんを生き返らせるために魔導会の禁忌を犯したとか」

「『生き返らせる』か。彼女は正確にそう口にしたのかい」

 指摘されたレキは「い、いや、どうだったか……」と、もやが立ち込める記憶の道を振り返って目を凝らす。

 そもそも、他人の秘密を本人の許可なく聞くのはレキの矜持に反する。フィオはあのとき、あえてぼかした物言いをしていたのだから、なおさら良心が咎める。無粋な行為だと考え直したレキは「やっぱり、聞くのは()す」と断った。

「構わないさ。僕の脳はフィオの思考が移植されているのだから。つまるところ間接的に彼女の許可を得ているんだよ」

「……お前は本当、他人の好奇心をつつくのが上手いな」

 結局、口達者な白猫に言いくるめられてしまった。

「大魔導士フィオの夫であった男は、人造魔導士の核となる魔力駆動(エーテルドライブ)の技師だった」

 白猫の昔語りはそんなくだりから始まった。

 男とフィオの蜜月は魔導会本部所属という共通点から始まり、いつしか夫婦の関係にまで発展した。

 残念にも夫婦の幸せは長く続かなかった。

 男はフィオとの結婚から半年後、病に負けてこの世を去った。

 孤独を我慢できず、幸せのぬくもりを恋しがったフィオは禁忌を犯し、男の死をなかったものにしようと試みた。時間遡行の魔法で過去世界に干渉し、病の原因を取り除く計画を実行したのだ。

「生き返らせたのではなく『死』自体をなかったことにしたのか」

「ご名答」

 フィオの夫に死をもたらしたのは通称『常夜病』と呼ばれる感染症だった。

 主な感染経路は血液感染。

 常夜病の病原菌に感染した者は、十年以上の年月を経て徐々に魔力が喪失していき活力も低下していく。そして睡眠時間が伸びていき、最終的に永遠の眠り――死に至る。

 今でこそ予防法が確立、徹底されて根絶に至ったものの、一昔前までは感染経路すらわからぬ、魔導士を脅かす正体不明の難病だった。病に対する誤解と偏見が痛ましい差別を引き起こしたのも魔導会の記録に残されている。

 男は少年期、交通事故で入院した時期があった。

 病院での輸血で感染したのを突き止めたフィオは過去の世界に遡り、夫の事故を事前に食い止めた。男は輸血されずに済み、常夜病の感染を免れた。

「原因を取り除けたのなら、旦那さんが亡くなったままなのは不自然だ」

「先入観に囚われて判断しては真実にたどり着けないよ。フィオは『夫が生きていない』だなんて一言も言っていないはずだ」

 あの赤い屋根の家をごらん。

 フォルテが窓の外を促す。

 レキは海沿いの道を軸にして、路美(みちび)の寂れた町並みに目を走らせる。

 風景の奥のほうに赤い屋根の家がある。何かの店を兼ねているらしい。夜中のため正面のシャッターが閉まっていて何の店までかはわからない。

「あの園芸品店に『フィオの夫となるはずだった男』は住んでいる」

 意味深な言い回しがレキの不安を煽る。

「彼には日本人の妻と三人の娘がいる。構える店は小さくとも、海辺の町の片隅でささやかな幸せを噛みしめている」

 フィオとは結局離婚したのか。

 白猫が暴く真実はレキの早合点より残酷だった。

「馴れ初めの事実すらないよ」

「『ない』だって?」

「なくなってしまったんだ。過去が改変された影響でね」

 男が魔力の保有者であると発覚したのは、事故で入院し、身体検査を受けた際。

 事故に遭う過去がフィオの介入によって書き換えられたため、男は自分が魔力の保有者、つまり魔導士の資格があるのを知るきっかけまで失ってしまった。男は魔力駆動の技師ではなく園芸品店を開く道を選んだ。

「だからフィオ先生とも近しくならなかった……?」

「『二人が出会い、夫婦となる』未来は時空の海の藻屑と消えたんだ。彼は魔導士の存在を知らぬまま生涯を終えるだろう。二人は永劫、他人同士。フィオの安易な介入が思いがけぬ箇所にも作用したんだ」

 フィオがこの地に隠遁した真の目的は……。

 胸の締め付けに耐えられなくなったレキはそれ以上考えるのを抑える。

「フィオ先生の選択は正しかったのか」

「魔導会の理念に照らすなら――弁護の余地もない悪だ」

 容赦なく断じる。

 ならば、とレキは次なる核心に迫る。

「後悔はしていないのか」

「どちらの未来も彼女に過酷を強いる。僕にもわからない」

 フォルテのおせっかいは結果として、ますますレキの安眠を妨げた。


 早寝早起きがレキの常。

 だが昨夜の一件のせいで、今朝は最後に起きる羽目となってしまった。

 寝ぼけ眼を擦りながら朝食に臨む。

 フィオもクルスも鈴珠も、とっくに食卓を囲んでいた。

 トーストに塗りたくられたマーガリンの香りと、ベーコンエッグを焼く音が食欲をそそる。精神状態がどうあれ、人間は原始的な欲求には敵わない。レキはへこんだ腹をさすった。

 エプロン姿のフィオがレキの朝食をトレイで運んでくる。

 クルスはレキと入れ違いに、ちょうど皿を空にしていた。

「コヨミも食べたら準備をしろ」

「準備?」

「魔女を討つ支度だ」

 テレビのニュース番組が『たまご』が乗っかった科学博物館を映している。

 眠気が吹き飛び、目が冴える。

 ひし形ミサイルを多数搭載した例の装甲竜が、人間たちを近づけまいと博物館の周りを防衛している。カメラに映っている分でも五体はいる。二足歩行の小型恐竜も何体か哨戒している。

 自衛隊は博物館の周辺で手をこまねいている。

 道路は封鎖されており、一般人の姿は影も形もない。

 不可視の結界が双方の激突を阻んでいる、とクルスが解説する。

「博物館に出現した白い物体が、魔女の召喚した恐竜のたまごなら、なんとしても孵化を阻止せねばならない」

 ドミナは転生珠(てんせいじゅ)の力で永遠の命を手に入れ、世界を望む色に塗り替えると宣言していた。召喚された恐竜はそれを実行するための駒。街中に出現した巨大なたまごから恐竜が孵ったら、ドミナが命じるのはたった一つ――地上の蹂躙しかない。

「勝算はあるんだろうね?」

 テーブルの下から白猫フォルテが頭を出す。

「俺はしっぽを巻いて逃げる真似はしない」

「素直に『策なんてない』と言えばよかろうに。格好ばかりつける小僧じゃの」

「まぁ、何が何でも魔女の根城に乗り込まなくちゃならないからね」

 いにしえの覇者が現世によみがえったとなれば魔導会も傍観してはいられない。仇敵の再来に神々だって黙ったままでいるはずがない。魔女と恐竜をせん滅しようと遠からず実力行使に及ぶ。花尾の地は魔導士、竜、神々が入り乱れる戦場と化す。人々が築いてきたもの、ささやかな日常が瓦礫に埋もれる。

 それだけは絶対にあってはならない。

 レキは歯を食いしばる。

「まずは真白(ましろ)さまのお知恵を拝借しないか。真白さまなら私たちに協力してくださる」

 ですよね、と鈴珠に同意を求める。

 鈴珠の表情はすぐれない。厳格な父を説得できる自信がないのだとレキは察した。

「雑魚の竜一匹ごときに後れを取る神が役に立つのか怪しいものだ」

 クルスの挑発に鈴珠がむっと顔をしかめる。

「あれはワシをかばってくださったからじゃ。父上が本気を出されれば竜の一匹や二匹、ものの敵ではないわい!」

「ふん、どうだか」

 いよいよ怒髪天をついた鈴珠が、クルスの両頬をつねって力任せに引っ張った。

 油断していたクルスは「痛っ! 馬鹿か貴様は!」と腕を振り回して抵抗する。

「どうじゃどうじゃ。降参せんか」

「やっ、やめろ! 鬱陶しい!」

 羽交い絞めに成功した鈴珠は、クルスの鼻に指を突っ込んだり(わき)をくすぐったり、父の名誉を守る目的を次第に忘れて好き放題、存分にいたずらしていた。フォルテはじゃれあう二人を微笑ましく見守っていた。

 朝食を片付けたフィオはクルスとお揃いの、魔法耐性が施された外套を羽織る。

「神々は地球に居を構える際、先住民であった恐竜たちに戦いを挑んで彼らを滅ぼしたの。神も竜も、双方多大な犠牲を払ったわ。真白大神の実力を疑うわけじゃないけど、恐竜の戦闘能力は字面そのまま、人間とは桁違いよ」

 真白大社で重装竜を倒せたのは、フォルテの捨て身の一撃があったからこそ。とうてい勝利と喜べる勝利ではない。

「魔女は転生珠も持っておる」

「黒騎士も忘れてはいけないわ。私たちを阻む最強の敵ね」

「彼は高潔な武人です。説得の余地があるかもしれません」

「つくづく甘ちゃんだな、コヨミは」

 呆れるクルスとは反対に、フォルテは「悪くない」とレキに同調する。

「避けられる戦いなら極力避けるべきだよ。僕らの戦力なんて魔女の軍勢と比べれば微々たるものだからね。その黒騎士とやらの懐柔も念頭に入れておいて損はないさ」

 四人と一匹はフィオの軽四自動車に乗る。

 行き先は真白大社。

 恐竜との死闘で深手を負った真白大神は実体を維持する力を失い、超高次元領域に帰っている。フィオの交霊にも応じないので、直接神社に赴くしか接触する方法はない。父の様態が心配な鈴珠は、後部座席で膝を握ったり視線をあちこちさまよわせたり、そわそわと気を揉んでいた。

 レキは膝の上のフォルテに話しかける。

「フォルテ、もう二度と『あの手段』は使わないと約束してくれ。お前の命が無限に分けられる概念だろうと、友が死ぬのに私は耐えられない」

「善処するよ。親愛なる友人(はらから)を悲しませるのは僕も不本意だ」

 レキたちが戦いに挑むのは殺すためではない。

 生きるため。守るため。

 誰一人として死なせてはならない。

 レキにとってそれはドミナも含まれていた。

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