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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
十二章――魂の価値
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第44話:猛攻アーマードラゴン

 眼の奥に痛みが伴う強烈な光。

 まばゆき白に耐え切れず、レキは長い間目を覆っていた。

 ――僕を見て。目を開けるんだ。

 ひそやかな呼びかけ。

 顔を覆っていた腕をどける。

 レキは白く塗りつぶされた空間に銀髪の青年――フォルテと二人きりだった。

「私は……どうしてここに」

 白き光に呑まれる直前の記憶が曖昧だった。

 自分の置かれている状況を把握できず、ぽかんとフォルテを見上げる。

 逆光を浴びる彼の輪郭は黒く切り抜かれている。

 ――よかった、僕が行く前に目を開けてくれて。

「行く? どこへ?」

 ――レキ、これから僕が話す事実を恐れず受け止めてほしい。

 口元が引き締まる。

 ――キミの意識が現実に戻ったとき、キミは直視しがたい現実を目の当たりにするだろう。でも、それでもわずかなに残された可能性を絶対に捨てないで、僕が最期に残した希望を引き継いでもらいたいんだ。

 レキはかぶりを振る。

「何を言っているのかわからない。ここは夢の中なのか。現実はどうなっているんだ」

 ――キミたちは今、ドミナが召喚した竜によって窮地に立たされている。クルスと真白(ましろ)大神は傷つき倒れている。竜もまた、僕の最期の力で隙を晒している。レキ、キミと鈴珠(すず)でとどめを刺すんだ。

「最期の力……」

 ――最善の手だったんだ。すまない。

 言い訳がましくフォルテは謝る。

 ――僕がいなくなったからといって取り乱さないで、クルスの指示にちゃんと従うんだよ。表面上は心無い言葉ばかり選んでいても、本当はキミを一番大事にしているから。ぶっきらぼうな彼なりに。

「お前がいなくなるだなんて、私は認めない」

 駄々をこねる子供みたいに声を張り上げて、レキは不安を遠ざける。フォルテも子供をあやす親に近い苦笑を浮かべていた。

 ――僕はもう二度とキミに会えなくなる。キミはまたいずれ僕と会える。悲しみも、ほんの刹那の辛抱だ。

「フォルテ、お前はどこへ行くんだ?」

 ――わからない。人造魔導士の魂が輪廻の環に加われるのか。

 フォルテは胸に手を添えて記憶の糸を手繰り寄せる。

 ――懐かしいね。鬼を追いかける無茶な女の子と出会った十一月のあの日が。ひと月前のデータを参照してみたら、キミの顔つきはだいぶ変わってたよ。たくましくなった……なんて褒めかたをしたら怒られてしまうかな。

 鬼と、人語を解す白猫との対面した雪の積もる日。

 線香花火を散らした夜。

 外道魔導士との死闘。

 神が住まう超高次元領域に乗り込んだ、黒騎士との戦い。

 遊園地でのひと時の安らぎ。

 フォルテと共有してきた思い出が走馬灯となって駆け抜ける。

 当て所も知れぬレキや鈴珠にさりげない助言をくれたのは、いつも彼だった。

 ――レキと出会えて幸運だったよ。この一ヶ月と半分、僕は充実した日々を過ごせた。クルスの成長も見届けられたしね。使い魔としての使命をまっとうできた。実験や暴走、戦闘でむごたらしい生涯を送りがちな使い魔にしては上出来な幕切れさ。

 時間だね、とフォルテは光源のほうへと歩みだす。

 ――僕が力を貸せるのもここまでだ。後はキミたちの力で切り抜けてごらん。

「ダメだ。フォルテ、行くな」

 ――クルスより案外、キミのほうが寂しがりやなのかもしれない。

 くすり、フォルテはおどけてみせる。

 レキは彼に追いすがろうとするも、まばゆい光に阻まれて目を細めるしかなかった。

 逆光にくりぬかれたシルエットが背中で小さく手を振る。

 ――さようなら。親愛なる友人(はらから)よ。


 夢は途切れ、レキは現実に引きずり出された。

 まず一番に、夜空にかかる蒼き月がレキを出迎えた。

 仰向けに倒れていた身体を起こす。

 四肢の節々が痛む。幸いにも致命傷は負っていなかった。

 眼前の有様を一言で表現するなら『破滅』だった。

 高威力の爆発で境内の地面がえぐれ、クレーターができている。

 爆心地に、左前足としっぽのちぎれた恐竜が黒焦げになりながらもかろうじて立っている。充填が完了していた背中のひし形ミサイルも、残り三つを除いて破壊されていた。

 周囲をめぐらす。

 背後には膝をついたクルスと真白大神。レキのそばには無傷の鈴珠がいる。

 フォルテはどこにもいない。

「私が、私がやるのか」

「そうだコヨミ。貴様がフォルテの後を継ぐんだ」

 ――僕の最期の力。

 フォルテの言葉と、クルスの言葉と、目の前の爆発跡で、白い光が世界を包んだときに何が起きたのかレキは直感で理解してしまった。

 循環する血液が沸点に達する。

 我を忘れたレキは涙と共に雄叫びを上げ、ポニーテールを振り乱し、突進した。

 近接防御の手段を失った恐竜は、背中のひし形ミサイルを射出して迎え撃つ。不規則な軌道を描きながらレキめがけて飛んでいったそれは、鈴珠が繰り出した風の刃に切り刻まれて空中四散した。

「露払いはワシがする。レキ、禍津薙(まがつなぎ)を使うのじゃ!」

 危機を察知した恐竜は、破れかぶれとばかりに残り二発のミサイルも発射する。それらも真白の娘が起こす聖なる風に切り刻まれ、中空で自爆した。

 あと数歩までレキが間合いを詰めたところで、恐竜が顎を下ろして大口を開ける。

 喉の奥で、圧縮された魔力が轟々と渦巻き光っている。

 ――まだ武装が!

「させるか!」

 クルスの投げた短刀が恐竜の首の傷口に命中する。

 突き刺さった短刀を避雷針にして、クルスの電撃魔法が襲いかかる。いくら魔法耐性の高い皮膚でも、傷口を通して体内に直接電撃を送り込まれてはひとたまりもなかった。

 感電した恐竜は痙攣して首をのけぞらせる。口から放たれた魔力の粒子砲は、標的であるレキから見当違いの方向へ逸れて(くすのき)の頭を消し飛ばし、天空の雲を貫いた。

 スパイクのついたしっぽは破壊され、ミサイルも撃ち尽くした。左足はもげて動きを封じられている。最後の切り札も破られた。

 レキの攻撃を阻むものはない。

「竜の魔力を吸い尽くすがいい!」

 禍津薙が硬質の皮膚と接触する。

 青白い魔力の激流が立ち昇る。

 恐竜の魔力が邪神の扇に吸収されていく。苦悶の咆哮を上げてもがいていた恐竜は魔力を絞りつくされ、図太い脚を折って横転した。何十トンもある巨体が倒れたせいで、垂直方向の盛大な地響きと土ぼこりが舞った。

 戦いを制したのは人間と神。

 いにしえの覇者の肉体は干乾びて死した。

 息切れしたレキも下半身の力が抜けて膝から崩れる。

 意識が遠退き、視界が徐々に狭まる。

 アズマとフィオの足音が聞こえてきたのは視界が闇に閉じる直前だった。


「――そう、フォルテが命を賭して血路を開いてくれたのね」

「体内の魔力駆動(エーテルドライブ)を暴走させて自爆しました」

 朦朧とする中、フィオとクルスの声がぼやけて耳に届く。

 二つの眼球以外、身動きが取れない。限界の限界を突破した肉体は、これ以上レキが無茶をするのを強制的に抑えていた。

 揺れとエンジン音、背中のシートの感触で、自分が車の後部座席に寝かされているのだとレキは気づく。アズマのミニバンのシートとは感触が違う。だとすればフィオの軽四自動車か、とのろまな頭を働かせる。

 それ以上どうにもならぬため、大人しく眠りながらフィオとクルスの会話に再度耳をそばだてる。

「一応訊いておくわ。記憶領域の回収は?」

「肉片一つ残らず消し炭と化しました」

 そうよね、と諦め気味にフィオは吐息をつく。

「バックアップは取ってあるんでしたっけ」

「はい。十一月に一度、コンピューターに記憶データの予備を保存しました」

「予備のボディは私の家にあるから、すぐに復元できるわ。よかったわ。だって、失ったのは一ヶ月の記憶だけですもの」

 励まされるも、クルスの表情は晴れない。

 ちら、と助手席から肩越しにレキを見やる。

「あいつは、受け入れられないかもしれない」

「あいつ――って、コヨミさん?」

「コヨミは純粋な奴なんです」

「魂の唯一性に価値を見出せる子なのね」

「はい」

「私たち魔導士が忘却した、生命の神髄を理解しているのね」

「はい」

 運転席のフィオがハンドルを切ると、横方向の慣性がレキを転がす。

「時間遡行を応用した、過去世界からの竜召喚。魔女ドミナにそれほどの知識と技術があったなんて。元大魔導士として恥ずかしい無知だわ」

「一介の魔導士がどうして時間遡行の魔法を熟知しているのでしょうか。時間遡行は神々と大魔導士が秘匿する最大の奥義のはず」

「わからないわ」

 あいつはもしや大魔導士……いや、まさか。

 クルスの独り言を最後に、しばし沈黙が続く。

 信号待ちで停車したとき、フィオが眼鏡のずれを直す。

「どうあれ、竜が復活したとなれば神々も黙っていないでしょうね」

「先ほど撃破した重装竜(アーマードラゴン)は、しょせん三下の部類でしょう。拠点防衛と飽和攻撃に特化した。魔女の小手調べです」

「更に上位の竜が召喚されたら、人間では打つ手がないわ」

「事態は急を要します」

 二人の会話を聞きながらレキは一人、涙に暮れていた。

 フォルテが死んだ事実に涙を流していた。

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