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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
十一章――蒼き月のかかる夜
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第42話:月下に影

 鈴珠(すず)は杯形の台座に転生珠(てんせいじゅ)を設置した。

「この台座は、悪しき至宝や危険な魔導書から魔力を取り除く装置じゃ。神々はここから得た魔力を自らの至宝に移し、力を増幅させておるのじゃ」

 フォルテとクルスは興味深げに台座に触れる。大理石に似た質感の台座は冷たい光沢を放っている。二人は台座から底知れぬ魔力を感じ取った。

「なるほど。神々のアーティファクトが強大である所以(ゆえん)だね」

「貴様らが忌む邪神のアーティファクトと同じ効果の装置とは、皮肉なものだ」

「利を生みしものは善、害を生みしものは悪。ワシら大和の神は往々にしてそのような判断を下すのじゃ」

 神々の書庫『至宝封印区画』は危険なアーティファクトや魔導書の保管と、その魔力を抽出する施設を兼ねていた。どちらかといえば後者のほうが大事らしく、アーティファクトや魔導書を保管する棚は四方の壁際に寄せられている。広々とした中央付近は杯形の台座が一つ構えるだけであった。

「至宝封印区画は偉大なる神のみ進入を許される。父上は無様なワシを見かねて、特別に招いてくださったのじゃろう」

「うだうだと鬱陶しい。父親なんて誰だって子を心配する」

「そうかの」

真白(ましろ)大神が貴様を見限ったのなら、転生珠と禍津薙を取り上げ、自分自身でこの部屋に赴けば済む話だ。もっとも、これで失敗したらいよいよ貴様も見放されるだろうな。せいぜいドジを踏まないことだ」

 鈴珠を慰めるクルスに、フォルテは「へぇ」と感心していた。

「彼も丸くなったね。クルスはキミしか大事にしないと思っていたよ」

 耳元でささやかれたレキは「こんなときに冗談はよせ」と軽く流しながらその実、胸を高鳴らせていた。

「真白大神はこの儀式を以って貴様に贖罪させるつもりなのだろう。そして貴様が花尾の地を護る神に値するか試している。しくじるなよ」

「ああ、わかっとるよ。レキ、禍津薙(まがつなぎ)を台座へ」

 レキは鈴珠に倣って禍津薙を台座に設置する。

 氏神と邪神、二つのアーティファクトが台座に並ぶ。

 鈴珠が両手を合わせ、呪文を詠唱する。

 茶色のやわらかい髪の毛と、狐のしっぽがふわりと逆立つ。全身が青白い発光を始め、レキたち三人は鈴珠から一歩退いた。

 地面がほんの刹那、かすかにぐらつく――のを感じ取った次の瞬間、地面に大槌を叩きつけられたかのような、縦方向の大きな衝撃が部屋全体を襲った。

 レキとクルスとフォルテはよろめきながら書架に寄りかかる。

 鈴珠は地面に手をつきながらなおも詠唱を続けていた。

 断続的な地鳴りと振動。書架が危うげな音を立てながら揺れる。鈴珠の詠唱が続くにしたがって揺れは激しくなっていく。ついには青みがかった魔力の潮流が台座からほとばしった。

 潮流はうねりにうねって衝撃波となり周囲をなぎ払う。

 クルスとフォルテは脚を踏ん張って衝撃波を受け止める。振動で体勢を崩していたレキと鈴珠は部屋の隅まで弾き飛ばされ、したたかに腰を打った。

 へたり込む鈴珠の手を取って立ち上がったレキは、支えるものを求めてそばの支柱を掴む。どうにか身体を安定させられた。

 転生珠と禍津薙は台座の真上を不安定に浮遊している。

 膨大な魔力が禍津薙から転生珠に逆流している。外道魔導士との最終決戦で奪われた魔力が今、転生珠に吸い戻されている。ところが、二つのアーティファクトにまとう光は不規則な明滅を繰り返している。いつ魔力の移動が途切れてもおかしくない様子であった。

 鈴珠の狐の耳が気弱に垂れる。

「やはりワシにはどだい無理な話じゃというのか」

「まだです。まだ諦めないでください」

「しかし」

「一人の力で足りないのなら、二人の力で押し通すまでです」

 狼狽する鈴珠の手をレキが強く握る。繋いだ手を通して熱い意志を伝える。くじけそうになっていた鈴珠に、決意の炎が再び点ったのをレキは感じ取った。

「いきましょう」

「承知した」

 鈴珠は台座の前に立ち、両手を合わせて呪文を詠唱する。光を失いかけていた二つのアーティファクトは再び安定しはじめる。

 安定化の代償として魔力の波も再び強まる。レキは鈴珠を抱きしめて奔流に抗った。歯を食いしばって、押し寄せる魔力の波に逆らった。

 魔力の放出を拒絶する意思を感じられる――禍津薙は暴力的な魔力で書架やレキたちを手当たり次第に吹き飛ばす。奔流に呑まれた書物が書架から吹き飛んだり、荒波に揉まれてばらばらに千切れたり、広間は荒れ放題。詠唱を重ねる鈴珠の胴を力いっぱい抱きしめるレキは、片目をつむりながら前屈みになってやり過ごしていた。

 すると、ふいに波動が弱まった。

「俺とフォルテで魔力の波動を相殺する。俺たちがいるんだ。これ以上手こずるなよ」

「二人の力でもダメなら四人で、だね」

 金髪と銀髪と魔導士二人が自らの魔力を真正面からぶつけ、アーティファクトが発する魔力の波動を緩和させていた。

 三人の助力を得た鈴珠はありったけの力を使い、儀式の最終段階を遂行した。

(たか)き真白の娘、鈴珠音命(すずのねのみこと)の貴き名において至宝転生珠に命ず。其の真なる姿、いざ此処に(あらわ)せ!」

 鈴珠から発せられるまばゆき光が広間を覆い、皆の視界を奪った。

 禍津薙からひりだされた魔力の最後の一滴が転生珠に吸収された。

 光が収束する。

 地鳴りと振動も収まって、浮遊していた転生珠と禍津薙が台座にゆっくり降下した。

 しん、と静まり返る一室。

 耳鳴りがするほどの静寂が辺りを支配する。

 いの一番に台座へと駆け寄った鈴珠は転生珠に恐るおそる手を伸ばし、いくばくかの間をおいて……小躍りした。

「やったぞ! 転生珠が戻ったぞ!」

 勢い余ってぴょんぴょんと部屋中を飛び跳ねる。

 りん、りん、と宝珠が鈴の音を鳴らした。

「父上! 鈴珠は、鈴珠はやりました!」

 音だけではない。転生珠は一点の陰りもない純白さを誇っていた。

 レキは残されたもう一方のアーティファクト――禍津薙を台座から取る。こちらの外見は以前と変わらない。扇がもう開かなくなっている点を除いて。

「フォルテ、禍津薙の魔力は」

「ああ、かなり弱まっているね」

「枯渇させるまでには至らなかったか」

「ここまで魔力が落ち込めば現世への降臨も不可能なはずさ。キミは使命を成し遂げた鈴珠を祝ってあげるといい」

「まさか懸念していた問題を両方とも解決してしまうとは。真白さまには感謝してもしきれないな」

 鈴珠は涙目で転生珠に頬ずりしていた。

 八十年の時を経て、真の力を有する転生珠が本来の持ち主――狐と葛籠(つづら)の神さまの手のひらに収まった。鈴珠が神としての、真白の娘としての名誉を回復した瞬間であった。


 超高次元領域から現世の真白大社に帰ると、思いがけぬ人物が待ち伏せていた。

 赤き髪の魔女が蒼い月明かりを浴びていた。

 (くすのき)の陰から黒き甲冑の騎士もゆらりと現れる。抜き身の剣は大木の根元に突き刺さっている。黒騎士はまるで魔女の影であるかのように、彼女の背後に無言で侍っている。

「レキ、転生珠はフッカツさせられたかしら」

「ああ、どうにかな。それにしてもドミナ、どうしてここへ」

「魔女ドミナ」

 クルスが一歩先んじて、ドミナのもとへ近寄ろうとしたレキの歩みを遮る。

 クルスとフォルテの鋭い眼光は、魔女と黒騎士を敵と認識していた。あちらの二人も敵意を隠そうともせず、クルスたちのまなざしに対抗している。一触即発の空気が張り詰め、皆の動きを縛っていた。

「貴様、どうやって護法結界の内へ入った」

「決まってるじゃナイ」

 ドミナがぱちんっ、と指を鳴らす。

「こじアけたのよ」

 かちこちと音を鳴らして地面が凍りつく。ドミナの足元から放射状に広がっていった氷は地面ばかりか、楠や本殿の表面までも侵食する。六人を取り巻く環境は瞬時にして氷漬けにされた。直接攻撃を行わず、あえて周囲を凍らせたのはドミナなりの威嚇であった。全方位、自分の掌中にあると知らしめるための。

 黒騎士も漆黒の剣を両手に構えている。身じろぎすら許さぬ威圧は対峙する四人の心臓を圧迫し、動悸を激しくさせた。

 希望という名の足場は脆くも崩落し、底知れぬ窮地に陥る。

「レキ、おネガイがあるの」

 喉元に氷の刃を当てたときと同じ口調でせがむ。

「転生珠を持ってコッチに来て」

 凍てつく声で『要求』する。

 四人に怖気が走った。

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