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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
九章――隠遁せし大魔導士
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第33話:幼さの理由

 翌朝の登校途中、あくび混じりに通学路を歩く伊勢(いせ)と出くわした。

 普段はホームルームのチャイムが鳴る瀬戸際で教室へ滑り込んでくるのに、今朝に限って歩く生徒もまばらな早朝から登校している。

 レキは挨拶のつもりで肩を軽く叩いた――はずであったのに、振り向いた伊勢はいきなり腰を抜かして尻餅をついてしまった。幼馴染に挨拶するというよりも、山で熊に遭遇したかのような反応であった。

「ごめんなさい! 先週レキの教科書にコーヒー牛乳こぼしたの俺です。大事に守っていた消しゴムのカド全部使ったのも俺です。悪気はなかったんです。白状したので物理攻撃だけはどうかご勘弁を!」

「やはりお前が犯人だったか。いや、ちょっと待て。私はお前を折檻するために竹刀(しない)を持ってきたのではない。修行のためだ」

「へっ、そうなの?」

 頭をかばう両腕を下ろした伊勢は、つむっていた目をしばたたいた。

「ったく脅かすなよ。寿命が縮んだぜ。レキに竹刀とか似合いすぎてマジで怖いっつーの。フツーの女子高生は修行なんて単語口に出す機会ねーっての。そんな調子だからあのキザ野郎にサムライ呼ばわりされるんだぜ」

 そして胸をなでおろし、ぶつくさ文句を垂れながら起き上がった。

「キザ野郎といえば……今日はクルスと一緒じゃないのか。お前らいつも一緒に登校してるんだろ?」

 昨日の一件以降、クルスと顔を合わせる心の準備がまだできていなかったレキは、あえて登校時間を早めにずらしてアパートを出ていた。とはいえ、正直に話すとこの口の軽い幼馴染にどう吹聴されるかわかったものではないので「毎日一緒とは限らない」と適当にあしらった。

「おっ、噂をすれば。おーいクルスー、諏訪(すわ)さーん」

 つま先立ちした伊勢が遠くに向かって大きく腕を振る。

 遠目にもわかる金髪小柄の少年とふわふわヘアーの少女。

 歩きながら何やら会話していた二人は伊勢の声に反応して手を振り返す。

 彼らの接近を許すより先に、レキは一目散に逃げ出していた。


「どうしてクルスをさけてんの?」

「さけていない」

「いやいや絶対さけてるって。バレバレだって。っていうかこんな寒空の下で素振りしてんのもわけわかんないし」

 ぶるっと震えてから伊勢が盛大なくしゃみをかました。

 上着を伊勢に預けたレキは校庭で無心に竹刀を振っていた。

 学校に着いてから昼休みの今まで、レキはクルスをさけつづけていた。

 もっとも、二人の席は隣り合っているため、完全な不干渉など土台無理である。

 クルスが筆箱を床に落としたときは手を貸すべきか否か延々と煩悶し、机を合わせてグループ学習をするときは、絶対に目を合わすまいと顔面を九十度真横に曲げていた。

 他者への関心が薄いクルスはともかく、伊勢もモモも彼女のよそよそしい態度を不審がっていた。

 竹刀を振るたびポニーテールが躍る。風圧で前髪が舞い上がり凛々しい眉が晒される。むき出しの腕や首筋が飛び散る汗でみずみずしく輝く。遠くから熱い視線を送る女子生徒たちの会話から、ときおり『王子さま』という単語を拾えた。

「ケンカしたなら俺が仲裁してやるってば」

「ケンカはしていない」

「じゃあレキがクルスをさけてる原因って何なんだよ」

「くどいぞ伊勢。私はいたって普段どおりだ」

 呼吸を乱さず竹刀を振りつづける。ただひたすら、雑念が絶えるまで。

 岩石にも打ち勝つ幼馴染の頑固さに、伊勢は呆れを通り越して感心の念すら抱いてしまった。

「コヨミ、捜したぞ」

 心を惑わす張本人が教室の窓枠を飛び越えてやってきた。

 レキの手から竹刀がすっぽ抜ける。

 吹っ飛んでいった竹刀は伊勢の耳元を掠め、背後の物置小屋にぶち当たる。トタン屋根に積もっていた大量の雪が雪崩れ、軒下の彼を生き埋めの刑に処した。

 雪でぬかるんだ土を踏まぬよう、コンクリートの地面を飛び飛びに伝ってクルスがやってくる。硬直するレキの下までたどり着くと普段どおり、ぶっきらぼうに、ノートを手渡してきた。

「先週借りたままだった世界史のノートを返しにきた。礼を言う」

「いっ、今返さなくてもいいだろ」

「次の授業は世界史だ」

「そっ、そうだったな」

 レキの目は焦点が定まらず、きつく結んでいたはずの口元は情けなく波打ち、声は素っ頓狂にうわずっている。雪の山から頭だけ出して「シャレにならねーぞ今のは!」とわめき散らしている伊勢の相手をする余裕すらない。『王子さま』の二つ名が形無しの体たらくであった。

「あれ? もしかしてクルス今、レキを『コヨミ』って呼んだか?」

「コヨミがそう呼べと言った」

「言ったが……言ってない!」

 錯乱して意味不明な発言をするレキに、伊勢もクルスも当惑していた。

「まさか禍津薙(まがつなぎ)の影響か」

 渡りに船。

 クルスがつぶやいた一言にレキは即座に飛びついた。

「あっ、ああ。実は禍津薙について悩んでいたんだ」

 転生珠(てんせいじゅ)が力を失った問題を前置きに、禍津薙が禍我(まが)復活のための魔力を満たして覚醒したことと、禍我の檻でのやり取りをクルスたちに話した。レキが抱えていた悩みは妙なきっかけで友人らに打ち明けられる結果となった。

 禍津薙が扇状に開くのを実際に披露すると、友人らは息を呑んだ。

「扇に書かれた呪文を唱えたら邪神が復活しちゃうわけなんだよな。んな物騒なモン学校に持ってきてたのかよ」

「最も懸念すべきは、禍我がコヨミの助力を得て現世に復活するつもりでいることだ」

 ――禍津薙に力は満ちた。余の魂は檻を破り、実体を得て現世に降臨する。機が熟したとき禍津薙の呪文を唱えよ。偉大なる余の名を高らかに呼べ。共に真白(ましろ)との決戦の地へ往こうぞ!

 シグマとの戦いのさなか禍我の檻に迷い込んだとき、禍我は狂喜に吠え猛っていた。魂を超高次元領域に封じられている禍我にとって、封じを破る禍津薙の覚醒が遥かなる歳月を経た悲願であるのは明白であった。

「コエー魔導士倒してもらって諏訪さんの傷まで治してもらったのに『復活させるつもりぜんぜんないけど扇に魔力満たしちゃいました』なんて白状したら、禍我って神さまブチギレるよな絶対。待てよ、封印されてるなら大丈夫か?」

「この件はもはや閑却し得ない。禍我は異界の魔王にも匹敵する最高位の神。檻の外に多少働きかける程度造作も無かろう。無論『禍我にとっての多少』だ。真白大神からの接触がない以上、俺たちで対処を講じなければ」

 事実、禍我は「憎き真白の力を追うのだ」とレキの頭に直接語りかけてきた。クルスいわく、心に声を届けるくらいの精神魔法なら魔導士や使い魔ですら序の口で、禍我ならば精神支配、肉体操作もやってのけるとのこと。業を煮やした禍我がレキの身体を操って直接行動を始める可能性すら有るという。

「『魔王』とか字面からして超ヤバそうなんだけど」

「災厄に燃ゆる天を戴き、瓦礫と屍の玉座に座す。神が創造と繁栄を司る管理者なら、魔王とはすなわち破壊と終末を司る侵略者。己以外の頂点を認めぬ地獄の暴君だ」

 レキと伊勢は揃って戦慄した。

「真白大神と唯一交信できる化け狐は父親に臆して逃げ出す始末だ。とんだ腰抜けだ」

鈴珠(すず)さまを責めないでくれ。あの方にもまだ禍津薙の件は告げていないんだ。御神体を取り戻して安心されているのに水を差すのが忍びなくて」

「親馬鹿も度が過ぎる」

 レキの甘やかし加減にクルスは心底呆れ返っていた。

 彼の肩を伊勢が「まぁまぁ」と軽く叩く。

「チビッコ神さまは八十年も眠りこけてたんだろ。百年生きているうち八十年寝てた、って実質二十年しか生きてないじゃん。神さまの二十年って俺らの二十年と感覚が違うだろうし、きっと俺らが思っている以上にあのチビッコってちびっ子なんじゃねーかな」

 二人とも全く口を利かず惚けたままだったため、馬鹿にされたと早合点した伊勢は「ばっ、馬鹿っぽい発言で悪かったな! 馬鹿にも馬鹿なりの考えってモンがあんだよ!」と開き直ってしまった。

「いや、貴様の言い分はもっともだ」

「私も、鈴珠さまが神さまだからといって無闇に頼っていた節がある。重荷となっていただなんて思いもせず。鈴珠さまはまだ子供なのだな。私たちと……いや、私たちよりも」

 レキは落ち込みながら悔しがる。

 レキへの加勢が裏目に出てしまった伊勢も気まずそうに視線をそらしていた。

 好きなものに飛びついて、嫌いなものから逃げる。いたずらに夢中になり、怒られるのを恐れる――誰しも通過する、矛盾入り混じる幼年期。鈴珠の幼稚さは相応のものだったのだ。

「まっ、いーじゃん。あのチビッコ神さま、レキといられて幸せそうなんだしよ」

 湿っぽくなった空気を打ち払わんと、伊勢は努めて明るくそう励ました。

「学校の帰りにさ、近所の真白神社に寄ってみようぜ。もしかしたら真白さま顔出してくれるかもしれねーしな。成果ナシだったら遠出して真白大社にも。あと北欧の魔導会に応援とか頼めねーかな?」

「本部は仲違いした日本と関わるのを嫌っている。望みは薄い。第一、離反の疑いがかかっている俺が大和の神々と接触していると知ったら奴ら、何をしでかすかわからん」

 かといって日本の魔導士に協力を要請するのも難しい。

 日本の魔導士と北欧の魔導会は大昔、魔法に対する価値観の相違から袂を分かった。以降、日本の魔導士たちは自身を『サムライ』と称して独自の道を歩んでいった。サムライを統括していた幕府が滅亡してからは、一族各々が魔法の極意を守護している。

 日本と北欧の魔導士の確執をクルスはそう大雑把に説明した。

「レキの一族も昔は士族だったんだろ。親戚にサムライっぽい人いないのかよ」

「いたらこうも悩んでいない」

 加賀家同様、伝承が途絶えた一族の存在も考慮すると、日本中散り散りになったサムライの末裔を探し出すのは非現実的であった。

 八方塞がりに三人は消沈する。

 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。

 雪遊びをしていた生徒たちが足早に校舎に帰っていく。人気(ひとけ)が失せた校庭に、たくさんの雪だるまたちがもの悲しく置き去りにされていた。

「コヨミ」

 教室へと戻る途中、指先で顎をなでながら思案にふけっていたクルスがふと足取りを止めた。

「週末、俺に付き合え」

 ――私をもてあそべる言葉をあえて選んでいるのか、もしや……。

 金髪少年のきわどい言葉遣いの数々に、レキはそんな疑念を抱いてしまった。

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