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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
九章――隠遁せし大魔導士
32/59

第31話:残された使命は

 外道魔導士と戦い抜いた少女たちにひとときの休息が訪れていた。

 しかし今日、再び波乱の兆しが現れる――。


 朽廃した境内。

 狐の耳を生やした少女が天に宝珠を掲げている。赤い和服の尻の切れ目からは狐のしっぽが出ていて左右に揺れている。

 掲げられた宝珠は、雪の降るこの冬空を映しているかのように灰色にくすんでいる。以前の神々しき白の輝きはよみがえらない。

 ポニーテールの少女――レキが宝珠を覗き込む。

鈴珠(すず)さま、転生珠(てんせいじゅ)は」

「ううむ、力を失ったままじゃ」

 赤い和服を着た狐耳の少女――鈴珠はがっかりと肩を落とした。

 神の至宝、転生珠を外道魔導士シグマから取り戻せばこの鈴珠神社を復旧する。鈴珠の父であり花尾の地の大いなる氏神でもある真白大神は彼女にそう約束していた。鈴珠とレキは約束どおりシグマを討ち、転生珠を取り戻した……はずが、魔力を放出しきった転生珠は力を失ってしまっていた。

 鈴珠神社は相変わらずくたびれきって雪に埋もれていた。転生珠を掲げても風の一陣さえ起こらない。二人の試練はまだ終わっていなかったのだ。

「ワシは神社がどうなろうと構わんよ。レキがそばにおれば充分じゃ」

「神社が復旧しなければ神の力も復活しないのですよ」

「半人前のワシにはちょうどいいわい。ワシにはレキさえおれば」

 鈴珠がレキの腕に手を回して寄り添い、はにかむ。

 一人の少女に愛されて嬉しいかたわら、鈴珠の人ならざる者であるという自覚を薄れさせる要因となっていることにレキは負い目を抱いていた。レキは人間で、鈴珠は神。花尾の人々に篤く信仰されている真白大神と同様、鈴珠にも神としての大事な役目があるはずであった。

 絡んでいた腕をやんわりほどく。

「いえ、やはり転生珠を復活させる方法を探さねばなりません」

「おぬしは相も変わらず頑固じゃのう」

「ここで諦めては貴女のお父上、真白さまの信頼を裏切ってしまいます」

「父上はワシなんぞちっとも気にかけておらんよ」

 ふてくされた鈴珠は自分でつくった雪だるまを狙って雪玉を投げつける。力みすぎたせいで雪玉は雪だるまの遥か頭上を過ぎていった。

「気にかけていないのなら私たちに力を貸したりはしません。よしんば鈴珠さまの仰るとおりだとしても、私はやるべきことを半ばで投げ出す真似などしたくありません」

 娘である鈴珠が力なき神に貶められたのを憂い、真白大神はレキに力を貸した。偉大なる氏神に娘のパートナーとして見初められたことをレキは誇りに思っていた。そして何より、鈴珠が立派な神さまになれる未来を願っていた。

「寒うなってきた。もう帰るぞ」

 つららを得物にした鈴珠は、枝葉の雪を叩き落して遊びながら参道を歩いていった。

 置いてきぼりにされたレキはコートのポケットをまさぐる。

 手にしたのは邪悪な気を放つ扇――禍津薙(まがつなぎ)

 親指を横にずらすと、扇は軸を中心にするりと半円形に開いた。

 扇にしたためられた墨文字は大いなる邪神、禍我(まが)復活の呪文。

 転生珠が輝きを失った日、力を満たした邪神のアーティファクトは真の力に目覚めた。禍津薙の持ち主禍我は、レキを巻き込んで宿敵真白大神と(いくさ)を始めようと意気込んでいた。転生珠のみならずレキは禍津薙までも持て余していた。

 この事実を鈴珠に告げるべきか、はたまたフォルテらの助力を得て内密に解決するか。シグマとの戦いから一週間をとうに過ぎても決断しかねていた。できることならもう鈴珠に余計な苦労は背負わせたくなかった。

「レキ! レキや!」

 先に帰ったはずの鈴珠が大慌てで引き返してきて……凍った石畳に足を滑らせて盛大に転倒した。

 鼻っ柱を地面にぶつけた鈴珠は雪に伏したまま小刻みに震え、ふかふかのしっぽを力なく揺らしていた。どうにかこうにか起き上がったときの顔は涙でくしゃくしゃにしおれ、鼻は真っ赤に腫れている悲惨な有様だった。

「『魔女』と『黒騎士』がそこにおる」

 参道にふたつの人影。片方は小柄、もう片方は大柄。

 影の正体は緋色の魔女ドミナと黒騎士オヅだった。

「ごきげんよう、レキ」

 ドミナは赤いローブの端を持ち上げながら恭しく頭を下げた。

「ドミナ、やはり日本に帰ってきていたのだな」

 シグマ討伐と死悪鬼(しおき)が封じられた竹筒の奪還。その二つを完遂したドミナは北欧の魔導会本部に帰ったとフォルテから聞いていた。魔導会の掟を破ったクルスに関しては『つつながなく留学生活を送っている』と報告してくれたという。

 帰ったはずのドミナが再び日本に現れたのはつまり、やり残した仕事があるのを意味していた。魔導士が請け負う仕事は穏やかではない類のもの。警戒せずにはいられなかった。

「『黒猫』にやられたアタシを介抱してくれたそうね。オヅが言ってたわ。アタシ、あなたにおレイがしたかったの」

「案外義理堅いのだな」

「あら、失礼ね。アタシ、レキのこともっともっと知りたいの。理由は自分でもよくわからないわ。フシギね。アナタに会いたくて会いたくて仕方なかったの。日本に戻ってきたのはアタシの意思よ」

 両手を背中に回してその場でくるり、一回転する。おどけた調子で踊るさまはさながら雪の妖精であった。

「キツネの神さま。転生珠はどうなったのかしら?」

 曇った転生珠を渡されたドミナは「やっぱりチカラを失ったままなのね」と溜息をついて残念がった。

「転生珠の復活にアタシも協力してあげるわ。アタシ、大和の地のアーティファクトにキョウミがあるの」

「手助けしてくれるのは願ったり叶ったりだが、その年齢(とし)で長く実家を離れていて親御さんは心配していないのか」

「年齢?」

 ドミナが訊き返す。

「お父さんもお母さんもとっくのムカシに死んだわ」

 明け透けに打ち明けられて唖然するレキなど意に介さず、ドミナはすまし顔をつくる。

「人ならざるものと関わる魔導士に死はつきものよ。お父さんとお母さんがシんだのずっとずっとずっと昔だし顔も憶えていないわ」

 それが嘘であるとレキは図らずも見抜いてしまった。顔も憶えていない肉親のことを死闘のさなか、うわごとで呼ぶだろうか。

 強がりか気遣いかまではわからない。いずれにしてもレキは初めてドミナの人間味のある部分に触れられた。

「日本に留まるにしても、用もなく深夜に外をうろつかないほうがいい。学校で『赤い髪の女の子と鎧を着たお化けが夜な夜な町を徘徊している』ともっぱらの噂だ」

「だって、ヒトメのつく昼間だとオヅを召喚できないじゃない」

 人通りの多い昼に甲冑の騎士を従えて町を闊歩しようものなら大騒動では済まない。

「それにアタシたちのウワサがなくなったら、今度はこんなウワサが流行るかもしれないわよ『狐の耳としっぽを生やした女の子がこの町に住んでいる』って」

 びくりと震え上がった鈴珠がレキにすがりつく。憮然とするレキに「ジョウダンよ。怒らないでちょうだい」と苦笑いしたドミナはホウキにまたがって上空に飛んでいってしまった。

「今日はちょっと忙しいからレキとおハナしに来ただけ。次はアタシの家に招待するわ。ごきげんよう。また会いましょう」

 急発進、急加速、急上昇。ホウキに乗った魔女は彗星のごとく空の彼方へ。

 黒騎士が鎧を鳴らしてレキに近寄る。

「我が(あるじ)の非礼を許してもらいたい」

「怒ってはいないさ。無邪気すぎて面食らっただけだ」

 明日の命が保障された世界で安寧に浸かる人間、生と死の境目を危うげに渡る魔導士。境遇が違えば物事の価値観にもまた齟齬が生じる。垢抜けない女の子にそぐわぬ血なまぐささを、レキはそう強引に納得していた。

 レキからすればドミナは魔女ではなく『小悪魔』だった。

「少女よ。強き意志とたゆまぬ矜持を備えしサムライの少女よ。我が力、必要とあらば惜しみなく貸そう。さらばだ」

 地面に出現した光の円に入り、黒騎士は異界へ帰還した。

「私たちも帰りましょうか。今日のお昼はきつ……コホンッ、油揚げのせうどんですよ」

 きつねうどんと口にしかけたのを半ばで咳払いしてごまかした。

「油揚げじゃと!」

 鈴珠の曇った面持ちにぱぁっと晴れ間がのぞけ、興奮を抑えきれずその場で何度も飛び跳ねる。父親との確執とドミナの脅かしに消沈していたところからようやく元気を取り戻した。

「油揚げは甘いのじゃぞ。油揚げは甘いのじゃろうな?」

「甘いのも甘くないのもありますよ」

 狐の耳としっぽはぴんと立ち、鼻の穴からは白い鼻息が勢いよく噴出している。

 我慢できなくなった鈴珠はレキの手を引いて坂道を駆け抜ける。寒波をものともしないおてんばな神さまは両腕を水平に広げて風を切った。

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