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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
八章――光と闇の衝突
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第28話:戦いの終局へ

「すぐにモモの身体から出ろ!」

 シグマは手首を前後に動かしたり手のひらを開いたり閉じたり、新たな肉体の馴染み具合を確かめている。レキの怒号など歯牙にもかけない。

「ほう、このモモとやらはお前たちの知り合いなのか。禽獣の肉体ではさすがに不便だったからな。お前たちが転生珠(てんせいじゅ)と呼んでいた宝珠の実験も兼ねてこやつの肉体をいただいたぞ。純粋な人間も存外馴染むではないか。なるほど魂を移し替える力か。そんじょそこらのアーティファクトとは格が違う」

 陽だまりの笑みを振りまいていた心優しきモモが悪しき策謀をめぐらせ口元を歪ませている。小鳥のさえずりを想起させるかわいらしい声で唾棄すべき台詞を吐いている。親友の身体を弄ばれて、レキは怒りと歯がゆさを必死に抑えていた。

「安心しろ小娘ども。この肉体にも長くは留まらん。ワガハイは更なる肉体、更なる力を手にするのだからな。感じる、感じるぞ、途方も無き神の力を!」

 シグマへの攻撃はすなわちモモへの攻撃。人質を取られたも同然の状況に四人が動きあぐねているのをいいことにシグマは悠々と踵を返す――その足首を、地面に這いつくばる短髪の少年が掴んだ。

「すっ、諏訪(すわ)さん、何やってんのさ……」

 伊勢(いせ)が額から血を流しながら歯を食いしばっていた。

 息絶え絶でありながらも死に物狂いで足首を掴み続けている。気分をよくしていたシグマの面持ちが不快な表情に歪んだ。

「ええい小僧め、じゃまだ!」

 伊勢の頭を蹴り飛ばし、まとわりつく腕を払いのける。地面を這ってなおも追いすがり最後の力を振り絞って伸ばした伊勢の腕は、むなしくも夜の大気を掴んで落ちた。

 人間離れした跳躍で電柱から電柱へと飛び移っていくシグマ。逃げていく外道魔導士に目もくれないでレキは血まみれの伊勢を介抱した。

 額を切ってしまったのだろう。呼吸が荒く血も派手に飛び散っている割に手ひどい外傷はない。地面を転がってできた軽い擦り傷ばかりがそこかしこにできている。致命傷を負っていないことにレキはひとまず安堵し、ハンカチを額に当てて止血を施した。

「わりーレキ。やっぱお前のこと心配でさ、諏訪さんと二人で迎えにいったんだわ。そしたら変なカラスと赤い髪の女の子がいきなり来て、様子がおかしくなった諏訪さんが赤い髪の子と俺をボコってさ」

「わかったからもう喋るな。じっとしていろ」

「俺はいいからさ、赤い髪の子と諏訪さんを……」

 伊勢が伝えきるより先に、ドミナを抱いた黒騎士が裏通りから現れた。

 ぐったりと意識を失っているドミナ。黒騎士のガントレットの隙間から緋色の長い髪がひと房こぼれて垂れている。額と頬を汚す(すす)や焦げついた紅蓮のローブがシグマとの戦闘の苛烈さを物語っていた。

 昏睡する(あるじ)をレキたちに託した黒騎士は、実体を維持する魔力を使い果たして姿を霞めていく。

「我が主を頼む」

 霞んだ姿がとうとう完全に消え失せて異界へと帰還した。

 フォルテの腕の中でドミナが身じろぎする。

「オヅ……お父さん、お母さん」

 唇が微かに動いてうわごとを漏らす。クルスの眉がぴくりと動いた。

 伊勢がよろめきながら自力で立ち上がる。肩を貸そうとするレキを拒んで「へーきだって。頑丈なのが俺の取り柄だからな」とウインクを決めた。

「俺なんかよりも諏訪さんを頼むぜ。お姫さまは王子さまが迎えにいくもんだからな」

「ああ。後は私に任せろ。モモは必ず助ける」

「僕は一旦ドミナと伊勢をホテルに送るよ。クルス、レキ、鈴珠(すず)。キミたちは先にシグマを追うんだ。シグマの大まかな居場所は携帯電話で随時伝える。できるね?」

 三人揃って頷いたとき、二度目の発作がレキを襲った。

 視界が揺らぎ、足がもつれる。

 ――鈴の音を辿れ。

 禍々しき声が頭に反響する。

 ――憎き真白の力を追うのだ。

 突き刺すような頭痛と体内を循環する血液の加速。遠退く意識。異変に耐え切れなくなりアスファルトの地面に両手をつく。多量の汗が顎や鼻先からしたたって灰色の地面を濃くする。鈴珠が血相を変えて慌てふためいて、かいがいしく背中をさするやら着物の裾で汗を拭うやらしてきた。

「少し目眩(めまい)を起こしただけです。それよりも早くシグマを追いましょう。奴は向こうの方角へ逃げました」

「どうしてサムライが奴の行方を知っている」

「……禍我(まが)が伝えてきた」


 手負いのドミナと伊勢の介抱をフォルテに任せ、レキと鈴珠とクルスはシグマを追う。

 眠りについていた禍津薙(まがつなぎ)がこの時になって目覚め、本来の持ち主である禍我の霊的な意識がレキに語りかけてくる。

 目を閉ざすと、まぶたの裏の闇で黒き大蛇がとぐろを巻いている。

 暗闇の果てまで伸びる極太の胴体と、顔の端から端まで裂けた口。伝承と違わぬ邪神禍我の姿であった。

 広い市内を闇雲に捜したところで埒が明かない。邪神のアーティファクトの声ならぬ声を信じて三人は夜の街を捜索した。

「禍我は何ゆえおぬしに助力しておるのじゃ」

「わかりません。ただ『真白の力を追うのだ』とだけ」

「すると禍我は仇敵である父上の至宝を欲しておるのか」

 ――真白の至宝を余に捧げよ。憎き真白を……。

 禍我は転生珠を執拗に要求してくる。怨念の籠った負の意識が頭の内側に直接働きかけてきて正常な思考を妨げる。レキはモモの笑顔を脳裏に描いてどうにか正気を保っていた。

「鈴珠さま、モモを助けるにはどうすれば」

「如何ともし難い。モモの肉体に乗り移っておるシグマの魂を外に追いやればあるいは、いや、それでも」

 鈴珠の顔色はすぐれない。

 シグマに引導を渡す覚悟はできても、親友の命を奪うなどできるはずがない。しかしこのまま無策にシグマと対峙した場合、確実にそうせざるを得ない。追走の果てに待ち受ける最悪の結末を予感してしまったレキはどうにもならない悔しさに下唇を噛みしめた。

 スクランブル交差点を横切ってビルの隙間を抜け繁華街の裏に入っていく。禍津薙に導かれるまま進んでいくうちに段々と市の中心から離れていき、とうとう郊外に出てしまった。

 閑静な住宅街。

 入り組んだ細い路地を縫って住宅街の更に奥へと進み、白い息を吐きながら急勾配の坂を上っていく。

 坂を上りきった先、木々に囲まれた古びた神社の前に着いた。

 神社の入り口は腐った木の板で気休め程度に封鎖され、外から覗きこめる境内は泥や落ち葉で散々に汚れきっている。一人分の目新しい足跡以外、長年人が踏み入った形跡はない。

 ――此処が余の古き住処『禍我神社』である。

「……禍我神社」

 レキの復唱に鈴珠が「なんじゃと!」と跳び上がった。

「邪神を祀る神社がまだ現世に残っておったのか。てっきり父上がすべて破壊し尽くしたものとばかり」

「真白さまが禍我の神社を破壊したのですか?」

「神の力は信仰の篤さに大きく依存しておる。裏を返せば、人々から忘れられれば神の力は弱まる。ワシみたいにの」

「シグマめ、何を企んでいる」

 クルスも忌々しげに歯軋りした。

 朽ち果てた神社に三人は踏み入る。

 地面に散らばる湿った枝葉を踏みしめて奥へ乗り込む。

 深夜でろくな明かりがなく視界は不明瞭。おそらく転生珠の輝きであろう境内の奥から発せられる薄明かりを頼りに、三人は一歩一歩確かめながら歩を進める。

 湿気をはらんだ風が段々と強まってくる。神社に漂う禍々しい空気が肌をぴりつかせ喉を渇かす。鈴珠も狐の耳としっぽの毛もぴんと逆立たせている。

「感じるのじゃ。悪しき力が二つ。一つはシグマのもの。もう一つは……」

 遥かいにしえの時代、人に仇なし封じられた邪神――禍我。

「シグマはここが禍我の神社と知っていたのか」

「魔導会は鎖国を境に日本との関係を絶った。以来、大和の地の神々や魔導士、アーティファクトは幕府が独自極秘で管理していた。奴が禍我神社の所在を知っているはずがない」

「同質の力に引かれてきたのかもしれぬ。いずれにせよ、よからぬことを企んでいるに違いなかろう。うろたえるでないぞ」

 境内の最奥に踏み入る。

 そこにシグマはいた。

 地面に描かれた、薄く発光する巨大な魔法円。シグマがその中心に立ち転生珠から湧く魔力を浴びている。ウェーブのかかった髪が、膝下丈のスカートが、魔法円から発生する魔力の風圧にやかましく暴れていた。

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