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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
七章――輝ける転生珠
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第26話:外道魔導士ふたたび

 深夜一時。クルスのノックで浅い眠りは覚めた。

 光に慣れぬ目を擦り、サイドテーブルにある禍津薙(まがつなぎ)を手探りで探し当てる。

 隣で寝ている鈴珠(すず)を起こし、解いていた髪を後ろにまとめる。

 迷いは未だ振り切れない。

 ホテルを出た四人は深夜の遊園地『花尾アトラクションパーク』を目指した。


 冷たく閉ざされた遊園地の裏口門扉。

 部外者の侵入を阻む目的で設置されているはずのそれは、クルスが指で軽く押しただけで容易く道を譲ってしまった。鍵のかけ忘れ、というわけではないらしい。金髪の少年魔導士の指が門扉に触れたとき、鍵穴が光って錠が外れた音をレキは聞いていた。

 園内の事務室の影で息を潜め、シグマが訪れるのを待ち伏せる。

 真夜中の遊園地は不気味だった。

 昼間の賑やかさはどこへやら。暗闇に包まれた園内は暗く、静かで、寒い。時間が止まったかのように何も動いていない。クルスと乗ったジェットコースターや観覧車も陽のあたっていたときよりいかめしく巨大に感じられた。

「作戦内容をおさらいしよう」

 フォルテの口から白い息がこぼれる。

「シグマを地上に引き摺り下ろすまで禍津薙は使わない――だったな。承知している」

 魔力奪取の力を知られて警戒されてはならないため、死悪鬼(しおき)は魔導士二人と鈴珠で力ずくで倒す算段となっている。禍津薙は転生珠を封じるための、最後に切るべき切り札。仲間思いのレキが安易に扇の力を発動させてしまうのをフォルテは懸念していた。

「私は三人の力を信じている。今度こそ絶対にシグマを、死悪鬼を倒そう」

 いらぬ心配をかけまいとレキは強く頷いた。

「頼もしい返事だ。キミに真実を伝えたのは早計だったかと後悔したけど、ちょっと安心したよ。クルスも大丈夫かい?」

「奴を逃がさぬよう、あえて致命的な攻撃を避けて油断させる。狙うのは禍津薙で転生珠の力を封じ込めたそのときの――一撃必殺のみ」

 クルスのかざした二振り一対の短刀が淡い月光を反射させた。

 クルスもフォルテも、今夜ここで外道魔導士シグマに引導を渡す心積もりだった。

「おでましだ」

 フォルテが唇に人差し指を当てる。レキと鈴珠は咄嗟に呼吸を止めた。

「僕たちは位置に着く。鈴珠(すず)、レキを頼むよ」

「う、うむ。わっ、ワシに任せるがよい」

 声を震わせながら胸を叩く鈴珠にフォルテは苦笑した。

 クルスとフォルテは尋常ならぬ跳躍と疾走で施設の屋根やアトラクションの上を次々と飛び渡っていき、園内を眺望できる高所に各々位置取った。

 鈴珠がレキの顔を上目遣いで覗き込む。

「迷いは晴れたかの」

「必ずや転生珠を取り戻してみせます」

「ワシも真白の名に誓っておぬしを守ろう」

 ――それがワシにできる唯一の罪滅ぼし。

 最後に鈴珠はそうひとりごちた。

 一匹の黒猫が正面ゲートの隙間をくぐって園内に侵入してきた。

 レキと鈴珠は物陰に屈んで息を殺す。

 黒猫は音もなく地面を走り時計台のある中央広場にそろり、たどり着く。すると黒い霧を周囲にまとわせ、吸血鬼めいた黒マントの男へと姿を変貌させた。

 暗闇で赤い双眸をぎらつかせる黒マントの男――外道魔導士シグマは懐から試験管ほどの大きさをした竹筒を取り出して栓を抜き地面に傾けた。

 青白く光る粘性の液体が筒の口からこぼれ落ちる。無秩序に地面に広がった液体は意思を持ったかのように動き出して一箇所に集合し、徐々に一つのまとまった形をなしていき、最終的に全長五メートルはある巨大な人型となった。

 青白い光が失せて固化した粘性の液体は、緑色の皮膚をした単眼の巨人『死悪鬼』の姿となった。

 その一連の様子を、レキと鈴珠は早まる呼吸を抑えて凝視していた。

「さあ、存分に暴れるのだ」

 鬼が棍棒を横に薙ぐ。正面にあった時計台は側面からの一撃を受けていとも容易く倒壊した。闇にこだました轟音に驚いた鈴珠がびくっと全身を震わせ、レキの胸にしがみついてきた。

 園内の茂みで眠っていた鳩やカラスが一斉に飛び立つ。

 禍津薙を手に入れたあの日、何かが誤っていたら自分もああなったのかもしれない。人間の営みを破壊して愉快がる人造魔導士の姿が、レキの眼にひどく哀れに映った。

 ――クルスとフォルテはまだ動かないのか。

 売店、花壇、マスコット像、メリーゴーランド、コーヒーカップ……鬼は手当たり次第に破壊していく。レキは歯がゆさを我慢しながらクルスたちの行動を待っていた。

「次はあの巨大な車輪を破壊するのだ」

 鬼はシグマが指差した先、観覧車のある場所へのっそりと歩いていく。

 万が一観覧車が倒壊したらレキや鈴珠が下敷きになるのはもちろん、外側に倒れたら街にまで被害が及ぶ。レキはすぐにでも飛び出せる姿勢になった。

「人間どもにワガハイの力を知らしめてくれる!」

 シグマが両手を天に伸ばして高笑いを決めたとき、柱状の外灯の上で身を潜めていたフォルテが宙を舞った。

 光のオーラを発現させた両腕から光の帯をそれぞれ伸ばす。シグマが魔力を察知したときには既に遅く、光の帯は振り向きざまの彼に巻きついていた。

 シグマの胴体を捕縛したフォルテは着地して光の帯を引き寄せる。転倒したシグマは地面を擦りながらフォルテのそばまで引きずられていく。

 レキも物陰から飛び出した。

「しっ、死悪鬼よ戻れ! ワガハイを助けるのだ! 急ぐのだ!」

 回れ右し、主のもとへゆっくりと戻りはじめた鬼はレキとシグマの間を遮るようにして立ちはだかった。

 巨大な眼球を持つ鬼は銀髪と青年と吸血鬼を背に、ポニーテールの少女と対峙する。足止めされたレキは舌打ちした。

 姿勢を直したシグマは胴体に巻きつく光の帯を握る。火炎魔法で光の帯を焼き払うと、上空に浮遊してフォルテの射程圏内から離脱した。

 りん。

 鈴の音が響く。

 シグマは宝珠型のアーティファクト『転生珠』を黒き天空に掲げた。

 鈴の音を鳴らす白き宝珠から溢れるおびただしい魔力を体内に吸収していく。焦りに焦っていたシグマは今、勝ち誇った様子でレキたちを空中から見下ろしていた。

「人間の小娘、大和の神、小僧の使い魔か。どこまでもワガハイを邪魔立てしてくれる。白猫よ、(あるじ)は家で震えて待っているのか?」

 シグマが火炎球を形成する。

 フォルテが光の剣を握る。

「シグマ」

「ワガハイの名を軽々しく呼ぶでない」

「キミは数多の魔導士を殺害したにも飽き足らず、なお乱暴の数々を働いている」

「ワガハイを邪魔立てしたからだ」

「幾億の理由を見出そうが、他者を傷つける罪は正当化し得ない」

「暴虐は力ある者の特権なのだ」

「偽りの魂とて罪を購う日は等しく訪れる」

「ワガハイは誰の指図も受けんのだ。運命だろうとな」

「受け入れなければならない。今日がその日だとね」

「こわっぱが気取りおって」

「キミに引導を渡す日だ。気取りたくもなるさ」

「こしゃくな」

「今宵、永久(とわ)に眠れ、外道魔導士」

「貴様こそ祈りは済ませたのだろうな!」

 火炎球が射出される。

 決戦の火蓋がついに切られた。

 張り詰めていた緊張の糸も同時に断たれる。

 せき止められていた時間の流れが怒涛のごとく押し寄せる。

 世界が急激に加速した。

 フォルテは火炎球を光の剣で受け止める。直撃を免れても衝撃と高熱までは受け流せず、片膝を崩して歯を食いしばる。断続的に連射される小型の火炎球を、地面を転がって回避した。

 うずくまるフォルテに駆け寄ろうとしたそのとき、レキの視界が突如揺らいだ。

 急激な立ちくらみを催して足元がふらついたところを鈴珠に抱きとめられる。

 ――感じるぞ、真白(ましろ)の力を。

 正体不明の禍々しい叫びが頭に反響し、胸の動悸まで激しくなる。

 握っていた禍津薙に目をやる。扇から漏れる黒い瘴気がレキの腕に染み込んでいた。

「レキ、どうしたのじゃ」

「……瓦礫に足をとられただけです。私よりも鈴珠さま、シグマを」

 咄嗟に禍津薙をコートの内に入れ、漏れ出てくる瘴気を隠した。頭痛と幻聴が静まってレキの血色が戻ると、鈴珠はシグマに攻撃を仕掛けた。

 上昇する風に乗って飛翔し黒マントの吸血鬼に爪を振るう。カマイタチをまとった一撃はしかし、正面から愚直に躍りかかったせいで易々と回避された。

 シグマが返礼とばかりに火炎を放射する。瓦礫に着地した鈴珠は、着物の袖を振って起こした風で炎を吹き消した。

「真白の風は聖なる風。穢れを祓いし清めの風。おぬしの邪悪の一切、ワシが祓うてくれる」

 鈴珠を護る神の風が地から天へ巻き上がる。

 神格無き鈴珠は、荒神の片鱗を風の姿で顕現させていた。

 上空から連射される火炎弾も、地を走って襲い来る炎の(のこぎり)も、神の風の前では塵に等しかった。

「炎は通じんか。ならばこれはどうだ」

 シグマが転生珠の魔力を鬼に送り込む。

 鬼の輪郭が二重にぼやける。ぼやけた二つの輪郭は少しずつ分離し、やがて二つの存在に分かれた。

「分け身の術じゃと!」

 驚くにはまだ早かった。

 分裂した片方の鬼が更にもう一つの分身を生み出し、生み出された新たな分身もまた二つに分裂する。結果、四体の死悪鬼がレキたち三人を包囲した。

 鬼の一体が棍棒を打ち下ろす。鈴珠がレキを抱いて飛び退いたため、空振りした棍棒は石畳を粉砕した。続けざまに襲いくるもう一体の鬼も神の風でよろめかせ攻撃を封じた。

 残り二体の鬼とフォルテは『鬼ごっこ』に興じている。

 広場に植えられた樹木の陰から光の矢を射出するフォルテ。鬼は目を腕でかばって動きを止めてから、棍棒で樹木ごと敵を叩き潰す。遮蔽物に隠れつつ魔法攻撃を繰り出すフォルテの俊敏な立ち回りに、鬼は形あるものすべてを打ち砕く鈍重な力を以って対抗していた。

「白猫どの、死悪鬼の手首より先を狙うのじゃ。棍棒を握るために実体化しておるその部分が弱点のはずじゃ」

「なかなか難しい注文だね」

 三人は鬼の攻撃を捌くのに専念せねばならず、高みの見物を決め込むシグマに吠え面をかかせるどころか、狙いを定めて攻撃するのもままならない。

 禍津薙で鬼を封じねばこの状況を打破できそうにない。できることならシグマを救ってやりたい、というレキのわずかな情けもとうに失せ、今は生き延びるのに頭がいっぱいいっぱいだった。

 ふっと背後に影が差し、レキは振り返る。

 鬼が倒壊した時計台を持ち上げて、投てきの体勢に入っていた。

 鈴珠はもう一体の鬼の攻撃を捌くのに気を取られている。

 呪縛の魔眼。

 鈴珠の注意を引こうとしたレキは鬼の眼光に射抜かれて身体の自由一切を奪われ、声を失ったまま地に伏した。

 一トンはあろう大理石の時計台を軽々持ち上げる鬼は腰を捻り、馬鹿力と遠心力に任せてそれをぶん投げた。

 放物線を描いて飛来する時計台が月を遮り、地上に大きな影を落とす。

 放物線の頂点に達して落下を始め、二人の少女を圧倒的質量で押しつぶす――寸前、時計台は突如空中でまっぷたつに割れた。

 二つに分断された時計台は軌道を変え、それぞれレキたちを逸れて落下した。

 内臓を揺るがす轟音と揺れ、舞い上がる土煙。

 静寂が訪れて薄目を開ける。

 土煙の中、黒き甲冑の騎士が剣を携えて立っていた。

「遅れ馳せた、サムライの少女よ」

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