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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
七章――輝ける転生珠
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第25話:真実は少女を惑わす

 日が暮れるまで遊びつくした六人は遊園地を後にした。

 茜色に染まる駅の前でバスを降りる。

 バス停の前で立ち止まったレキは伊勢(いせ)とモモの背に手を振った。

「やっぱレキも残るのか?」

「お前たち二人きりに水を差してはいけないからな」

 気を利かせたつもりの似合わない冗談は逆効果として働き、伊勢とモモを心配させた。

「だ、だってよ、レキはクルスたちと違ってフツーの人間じゃねーか」

「私たちもクルスも同じ人間だ。何も違わない」

「そうじゃなくて!」

「私にしかできない役目があるんだ」

 胸元の内ポケットに隠された邪神の扇、禍津薙(まがつなぎ)を服越しに握る。

 心臓の鼓動は禍津薙を押したり引いたり繰り返している。戦いを前にしていながら、不思議と心臓は普段と変わらぬ穏やかな鼓動を保っていた。

 伊勢は心の内の想いをどうにか言葉にしようと口を開ける。なかなか言葉が出てこず、中途半端に口が開いたまま時間だけが経つ。レキはそれだけでも充分に幼馴染の友情を感じ取れた。

 言葉にするのを諦めた伊勢は肩を落として自嘲する。

 足元に残っていた雪のかたまりを力任せに蹴り砕く。

「情けねーな俺。レキやクルスどころか、あのチビッコ神さますら命張ってるのに『一緒に戦う』って嘘でも言えないなんてよ。やっぱ臆病者だわ」

 僕らがシグマと戦うことを伝えたとき、よしんば彼がそう申し出てきても、気持ちだけ受け取っておくんだよ。

 ホテルで待つフォルテからレキはそう忠告されていた。

 後ろめたさに顔を背ける伊勢とは裏腹に、レキはこの幼馴染が人並みに怖がりであることに感謝していた。生身の人間でしかない己の危険はそっちのけで、もっぱら友人たちの身を案ずる無謀な者など自分ひとりで充分、と。

「口うるさくて世話焼きな幼馴染はいるし、クラス一の美少女ともお友達だし、妙ちくりんな神さまや金髪外国人、しゃべる猫とも知り合えたし。俺、自分の人生スゲー楽しくて充実してるんだ」

 沈む夕日を映した瞳はオレンジ色にきらめく。

「だから、だからさ」

 声を一瞬詰まらせてから、伊勢はとうとう最後まで吐露した。

「うっかり死んじまって、終わらせたくないんだ」

 己の命を守るために伊勢は逃げて、誰かの命を守るためにレキは踏みとどまる。取る行動は正反対。しかし本質は変わらない。彼が懺悔するまでもなくレキは彼の弱さを理解、許容していた。

 モモがレキの手を握る。普段バイオリンを操るしなやかな指がレキの手に絡んだ。

「レキちゃん、ケガだけはしないでね。あと、クルスくんを守ってほしいの。二人とも私の王子さまだから」

 モモにまとわりつく不安の一切を払拭せんと、その手を握り返して力強く頷く。冷え切った指先が互いの熱で温まった。

 もとよりクルスを怨嗟の渦中から救い出すため外道魔導士たちとの戦いに身を投じたのだ。レキにとってモモの切なる願いなど望むところであった。


 ビル郡の陰が覆いかぶさる裏通りは、太陽の恩恵にあやかれないまま雪をそこかしこに残していた。

 観光客を呼び込む華やかな表通りを一枚めくるだけで随分と侘しい光景がそこにある。いかがわしい店がところどころ立ち並ぶ路地をレキは早足でやり過ごした。

 年季の入ったビジネスホテルの一室でフォルテ、クルス、鈴珠(すず)と再開する。

 壁面にひびの入った外装に反して、室内は黒と白を基調としたシックな意匠が施されていた。清潔感も表通りの値が張るホテルに負けず劣らず、掃除が行き届いていた。

 ベッドに寝転がるクルス。彼のそばに腰かけてコーヒーを味わっていたフォルテが「やあ、おかえり」と片手をちょいと上げた。

 鈴珠がレキの胸にすがりつく。

「いよいよ今夜、戦うのじゃな」

「はい。鬼と、外道魔導士シグマと」

 魂がふわふわと漂って一定の場所に定まらない。レキは今と似たような心持ちを高校受験前夜にも経験していた。

 震えをもたらす緊張はとうに克服し、今は嵐の前の静けさをただただ持て余している。そんな虚ろな様子を平静と勘違いしたフォルテに「さすがサムライは覚悟が違うね」と茶化されてしまった。

 短い作戦会議を終えた後、レキと鈴珠はシグマ襲撃の時刻になるまで仮眠を取るよう指示された。

 シグマ襲撃の頃合を見計らうのは魔力の察知に長けるフォルテが請け負う。こればかりはどうあがいてもレキは力になれない。彼の厚意に甘えるからには体調を万全に整えなければならない。

 花尾市遊園地『花尾アトラクションパーク』の閉園時間は二十二時。閉園直後に襲撃があるとしてもたっぷり四時間は休んでいられる。変に気を揉んで心身を消耗しては元も子もない。しっかり寝付けるかレキは心配だった。

 レキと鈴珠の部屋は隣に取ってある。

 ドアノブに手をかける寸前、レキはフォルテのほうを振り返った。

「どうしてシグマが遊園地を襲うとわかった?」

 以前まで後手に回っていたというのに、何故今回に限ってシグマの襲撃をあらかじめ把握できたのか。率直な疑問だった。

 コーヒーの缶をテーブルに置いたフォルテは、それきり沈黙してしまう。何気ない質問だったはずが予想外にフォルテをうろたえさせてしまい、レキは胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。

 ありのままを正直に伝えるべきか、はたまた適当な嘘をでっち上げて彼女の些細な好奇心を満たしてやるべきか。

 黙っていながらも、にわかに曇らせた表情がそんな逡巡を雄弁に語っている。

「明日、あの遊園地で人気アーティストのイベントが催されるらしいね。あの黒猫は人にいたずらをするのが大好きなんだ」

 そう、観覧車でのクルスと同じことを言って沈黙を破った。

 レキは眉をひそめる。

「つまり、前夜に遊園地を破壊してイベントを台無しにするのが奴の目的なのか?」

 フォルテは黙って首肯した。

 ――馬鹿な。

 レキは到底信じられなかった。死悪鬼(しおき)を封じた筒を盗み出し、転生珠(てんせいじゅ)を手に入れ、クルスの両親を殺し、魔導会から脱走してまでやることがまさかそんなくだらないことだなんて。

 しかし思い返してみると、死悪鬼の襲撃はいずれもオープン前日のアパレルショップやケーキ屋だった。あながち荒唐無稽な話でもないのが余計にレキを戸惑わせた。

 答えを求めるためフォルテを見つめる。

 強い目つきは沈黙の奥に隠された真実を一心に求める。

 フォルテが言葉少なでいるわけをレキとて理解できないわけがない。だが、隠されている真実がいかに過酷であろうと、レキはこの戦いにまつわるすべてを知らぬまま死中に赴きたくなかった。

 悩み抜いた末、フォルテはとうとう続きを語りだした。

「シグマが二百年前に製造された旧式の使い魔だというのは知ってるよね。最新鋭の使い魔の頭脳は、今でこそ魔力とCPUチップとの両立で人間と同等の高機能演算処理、感情制御を実現している。けれど二百年前は電子技術なんて存在すらしていなかった」

 そこで一旦話を区切り、再びコーヒの缶に手を伸ばす。

「セラミック骨格と電子回路で肉体の八割がたを機械化された僕と違って、シグマは生身の猫に魔力を無理矢理注入された動物に過ぎない。知性は人間並みでも、実のところ理性は獣と大差ないんだ」

「なっ、ならシグマは! シグマは確固たる意志に基づいて破壊行為を繰り返しているわけではなく……」

「魔力に脳を侵されたシグマは本能の赴くまま悪事を働いている。人間にちょっかいを出して楽しむ猫と違う点があるとすれば、その規模くらいさ」

 真白(ましろ)大神に呼ばれたあの日、禍津薙を経由して多量の魔力を全身に巡らせたあのとき、レキの心の奥でなりを潜めていた邪悪な意思が表の意識を乗っ取った。

 シグマもそれと同様の『魔力酔い』を患っている。

 レキは目眩(めまい)のあまりよろめいた。

「魔力酔いに耐性がなく狂ってしまった失敗作は過去数多あり、(あるじ)から逃げ出す事件も当時は珍しくなかった。魔力酔いで故障した不良品はことごとく魔導会が処分してきたんだよ」

 失敗作、故障、不良品、処分。

 フォルテの言葉が冷たく耳に届く。

 造って、駄目だと分かれば廃棄して、また造る。人によって造られたシグマもまた失敗作の烙印を押されて処分される宿命を迎える。魂の宿る生命にそのような心無き所業が許されるのか。反語に等しい自問にレキは苛まれた。少なくとも彼女の良心と照らし合わせれば、それは許しがたき悪だった。

 抑えきれぬ憤りに身体を震わせる。

「フォルテ。お前の言葉が正しいのだとすれば、シグマに何の罪があるというのだ」

「親愛なるハラカラよ。奴を救済する(すべ)があるとすれば、それは僕らが直接手を下すことに他ならない」

「答えになっていない」

 レキのただならぬ剣幕に、鈴珠は一歩退いた位置で怯えている。

「シグマは本当に倒すべき悪なのか」

「レキ。今は人造魔導士の倫理性を問うべきときじゃない。罪の有無にかかわらずシグマは今夜、人間に害をもたらしに現れる。キミが冷静な判断を下せると信じたから、すべてを伝えるに値するパートナーだから、僕はこの残酷なる真実を伝えたんだよ」

「……そういうずるい言い方はよしてくれ」

 頭に上っていた血がいくらか引いて、レキはしゅんと萎れる。

 よくよく考えれば、フォルテもその悪しき実験の末に生まれた存在なのだ。真実を伝えたに過ぎない彼を責めるのはお門違いもいいところ。冷静になったレキは「取り乱してすまない。お前は悪くないというのに」と頭を下げた。

 シグマが狂気の魔導士に成り果てたのは、元はといえば彼の生命を改変した人間が原因だった。

 フォルテが危惧したとおり、レキは哀れな黒猫に同情してしまった。

 ベッドで横になっていたクルスが上体を起こす。

「果たし合いのさなかにおける迷いはすなわち死。サムライ、貴様は果たす立場か果てる立場か」

 ――私は躊躇いなくシグマを殺せるのか。

 堂々巡りはレキの安眠を妨げた。

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