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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
六章――禍津薙は贄を欲す
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第21話:鈴珠はヤキイモに目がない

 アパートに帰ると駐車場前でアズマと鉢合わせた。

 真冬に突入してからも愛用の革ベストを着ているため、遠目にも彼だと分かる。そんなクール気取りの格好をしながらヤキイモを詰め込んだ紙袋を抱えているのが妙にミスマッチで、レキはつい噴き出してしまった。

 焼けた芋の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「ヤキイモですか。おいしそうですね」

「おかえり。レキも食べるか?」

 紫色のそれを一本、半分に割ってレキに差し出す。

 黄色い断面から温かい熱と甘い香りが立ち込める。

 コーヒーしか胃に残っていない空きっ腹のレキは「いただきます」とヤキイモを受け取って、さっそく頭からかじりついた。ヤキイモはまだ熱く、かじった欠片を熱が冷めるまで口の中で転がした。こういう非合理的な食べ方こそ冬の醍醐味であった。

「そうがっつくなよ。まだまだあるからさ。鈴珠の分も持ってってやれ」

「はっ、はい」

「そうやって食いもん頬張ってる分にはレキも普通の女子高校生だな」

「心外ですね。私が普通ではないとでも」

「一人暮らしで家事をしっかりこなして、学業も勤勉かつ成績優秀、運動神経も文句なし。おまけに時代錯誤な侍めいた性格の女の子なんて他に会ったことがあるか?」

「い、いえ……」

 レキは口ごもる。

「し、しかし、私のわがままで進学校に通うため一人暮らしをしているのですから、自分で家事をするのは当然です。勉強も生徒の本分です。運動はともかく……性格だって、私だって他の女の子と同様――」

「わかったわかった。俺の負けだよ。レキはかわいいかわいい女の子だ」

 拗ねる子供をあやすかのような口調で謝られても、レキはちっとも納得しなかった。とはいえ、これ以上不平をこぼしてもアズマの思う壺なので黙っているしかなかった。

「ところでアズマさん。禍津薙(まがつなぎ)というものをご存知でしょうか」

「マガツナギ? なんだそれ?」

真白(ましろ)さまの至宝の一つ、らしいです」

 丹塗りの扇をレキから受け取るアズマ。大の男がどれだけ力を入れても扇は開かず「壊れてるんじゃないか?」と突っ返した。

鈴珠(すず)さまをお守りするよう、真白さまから授かったのです。私の一族に(ゆかり)があるものだとおっしゃっていました」

 鈴珠神社で起きた事情を詳しく聞いたアズマは顎に手を当てて首を捻る。

「一族といっても、俺はレキのおじいさんが地方議員をやってたことくらいしか知らないからな。ご両親には訊いたのか?」

「その辺りの事情は父も母も全く知らないそうです」

「そうか……八十年前となると、当事者はもう誰も生きちゃいないな。図書館で調べれば情報が掴めるんじゃないか」

 町の図書館は昨日おとといの内に足を運んでいた。残念ながら成果と言える成果は挙げられず、今ここでアズマに諦め半分で質問している次第である。

 花尾の土地にまつわる本を読み漁った結果、真白大神に関わる伝説は事細かに載っていて、鈴珠神社や転生珠(てんせいじゅ)についてもほんの数行程度の概要が書かれてあった。しかし、肝心の禍津薙に関わる記述だけは断片すら記されていなかった。

 禍津薙。

 触れた者の魔力を奪取するということ以外、一切が謎に包まれた扇型のアーティファクト。魔力奪取の能力すら実戦に基づく憶測でしかない。

 ――俺たち魔導士にとって魔力は生命力に等しい。戦闘時の武器として利用するばかりでなく筋力や治癒力、果ては脳の活動も魔力で強化しているからな。フォルテめ、とんでもないものを貴様に使わせたな。

 魔法の使用を一時的に封じるアーティファクトは数あれど、魔力自体を根こそぎ奪い取り、あまつさえ所有者の魔力に変換するものなど前代未聞。一介の高校生がおいそれと扱える代物ではない。

 黒騎士との戦いの後、クルスにしては珍しくレキに禍津薙の異常性をくどいほど聞かせ、その正体が判明するまで当面の使用を禁じた。彼がフォルテ以外の誰かを気遣うなど滅多にないのでレキは面食らった。

 恐るべき体験を経て禍津薙の力に畏れる傍ら、レキは鬼や魔導士と渡り合える力を得損ねた悔しさもあった。

 真白大神はあれ以降、姿を現さない。禍津薙の正体を知るべくレキは自分の力が及ぶ範囲で奔走していた。

「鈴珠やご両親が知らなくて図書館にも情報がないのなら」

「ないのなら?」

 わざとらしくアズマがもったいぶるせいで、レキはじれったくなる。

「お手上げだな」

 ――一瞬でも期待した自分が馬鹿だった。

 大人になっても子供心を忘れぬ兄貴分への腹立たしさを溜息と共に吐き出す。気持ちが緩むと真冬の寒さを余計に感じはじめ、さっさとアズマに別れを告げた。


 ヤキイモの袋を抱えて部屋の玄関に入ると、鈴珠が居間で妙なことをしていた。

 鈴珠が葛籠(つづら)の中に頭を突っ込んでいる。

 必死にしっぽを振っているせいで着物がはだけ、下着が丸見えになっている。また懲りずにいたずらでも企んでいるのかと不審がったレキは「鈴珠さま、はしたないですよ」とはだけた着物を直した。

 葛籠から頭を出した鈴珠は「ぷはぁっ」と息継ぎし「やはり駄目じゃったわ」と落胆した。

「何をされていたのですか」

「禍津薙について調べようとな、書庫へ行こうとしたのじゃ」

「書庫? 図書館のことですか?」

 図書館へ行こうとすることと葛籠に頭を突っ込んでいることにどういった繋がりがあるのか。鈴珠の説明が説明の用を成さないので、レキはなおも首をかしげている。

「前に父上が『神隠しの渦』で神の世界へ招いてくださったじゃろ。ワシもな、一応あの術を使えるのじゃよ。渦を作って葛籠に神の世界への穴を開け、森羅万象の記録が書物として所蔵されている『神々の書庫』へ行こうとした……のじゃが」

「失敗した、と」

「神の力が足りんで、途中でつっかえてしまったわい。神々の書庫ならば禍津薙についても記録されてるはずなのじゃがのう」

 葛籠の中を覗き込む。葛籠の底には鈴珠神社のときと似た空間のひずみが生じている。鈴珠が葛籠に頭を突っ込んでいたことにレキはようやく合点がいった。

 どうあがいても無駄だと諦めた鈴珠は、葛籠をほったらかして机のノートパソコンを起動していた。

 近ごろ鈴珠はインターネットに熱を上げていて、暇さえあれば動画サイトを閲覧したりコメントを書き込んだりしている。高校受験の合格祝いに両親からもらったノートパソコンは、今やすっかり彼女の所有物となっている。自分に懐いていた鈴珠の心変わりにレキは一抹の寂しさを覚えていた。

「鈴珠さま。神の力とは魔力と同質のものなのでしょうか」

「うむ。ただし、神の力は信仰の篤さに応じて増減する。神社が廃れ、存在すら忘れられたワシに神と名乗るほどの力は残っておらん」

 人々が足しげく通っていたという鈴珠神社も、八十年前に主を封印されてからというもの無残な運命を辿った。今や花尾の人々は誰も彼もが『真白さま』をありがたがっている。狐と葛籠の神さまなど誰一人として語り草にもしない。

「善き神は天恵を与えることで、悪しき神は天災をもたらすことで人間に崇められ信仰を得る。信仰は神々の序列を決定付けるのじゃ――それはともかく、なにやらいい匂いがするの」

 鈴珠が鼻をひくつかせる。

「おおっ、ヤキイモではないか!」

 胸に抱くヤキイモを目ざとく見つけた鈴珠がレキに飛びついてきて、禍津薙の話題はひとまずお預けとなった。

 熱々のヤキイモを頭から半分丸かじりした鈴珠は、レキが水道水をコップに注いで持ってくるまでフローリングをのたうち回っていた。頑なに芋を吐き出そうとしなかったのは食い意地ゆえか。

 舌をやけどしたせいでシチューの味もろくに分からない、と夕食のときも鈴珠は嘆いており、夕食後もやけどした舌の不快感に耐えられずレキに泣きついて試験勉強を邪魔していた。

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