第20話:魔女の気まぐれ
遊園地に行こうよ!
昼休みのチャイムが鳴ってレキ、伊勢、モモ、クルスといったいつもの四人が机を合わせて集うと、モモが遊園地のパンフレットを机の中央に広げた。
「今度の試験が終わったらみんなで。鈴珠さまと白猫さんも一緒にね」
「もちろん行く行く!」
四人のうち、来週の試験が最も危うい伊勢がいの一番に賛成した。
相も変らぬお調子者の彼に呆れ果てるレキも、モモの提案とあっては断る道理などなく続けて賛成した。
モモは祈るように両手を合わせて「みんなと一緒だとぜったい楽しいよ」と幸せ溢れる笑みを三人に振りまいていた。レキもついつい口元がほころんでしまい、下心丸出しの伊勢を馬鹿にできなかった。
「クルス、お前も来いよな。いつもの『ふん、下らん』なんて台詞はナシだぜ」
伊勢が大げさな演技でクルスの真似をする。
「お前も大切な友人の一人だ。無理にとは言わないが、皆お前と一緒にいられるのを心待ちにしている」
すかさずレキも加勢する。
クルスは席に座したままうつむき加減を崩さない。
モモが不安げに瞳を震えさせる。
「……考えておこう。俺には俺の使命がある。確約はできん」
「おっ、なんか以前と比べて丸くなったな。一歩前進じゃん」
伊勢の言葉通り、クルスが日に日にクラスに溶け込んでいくのをレキは実感していた。
魔導士という側面さえなければ彼は少々人見知りのする、素直になれない少年に過ぎない。体育の授業ではよく伊勢と二人組みになるし、他のクラスメイトとも軽い挨拶や雑談くらいは交わす。今こうしているように、昼休みになれば四人で昼食もとる。
「クルスくん。私、すっごくすっごく楽しみにしてるよ」
「ああ」
何かと動作ののろいモモをクルスは特に気にかけていた。もしくはケーキを食べにいく約束を果たせなかった負い目があるのかもしれない。いずれにせよ、頑なな彼もモモのお願いだけには逆らえないのである。
「遊園地なるものには一度も足を運んだことがない。サムライ、仮に俺がそこへ行くならば貴様の助力を求めることになるだろう」
「お安い御用だ。私に任せておけ」
「何だよその魔王の城に乗り込むみたいな台詞はよ……」
二人の芝居がかった台詞回しに伊勢が思わず口を挟んだ。
授業が終わって放課後、四人は図書室に籠って試験勉強に勤しんでいた。
クルスの試験勉強を助けよう。
というレキたちの意気込みは良い方向に肩透かしに終わった。
クルスは全教科非の打ち所がなく優秀でレキたちが助けるまでもなかった。伊勢にいたっては逆に教えを請う始末であった。仮にも県有数の進学校が出す課題であるというのに、ノートを走るペンは一度たりとも迷わない。三人はクルスの秀才ぶりに驚かされた。
「ノウルェーにいたときも成績優秀だったの?」
「つーかお前、めちゃくちゃ日本語流暢だよな。俺らよりよっぽど難解な言葉使ってるし」
「魔力は人間の限界を引き上げる。ゆえに魔導士は通常の人間よりも秀でた肉体と知性を有する傾向にある」
「秀でた肉体、ってのは誤りじゃないか? なんたってお前チビだし」
「魔導士の体格が平均より下回るのは、魔力が代謝を抑制しているからだという一説がある」
「なっ、なんかズルいぞそれ! はぁー、俺も魔導士になりてーよ」
嫌味を易々と受け流された伊勢は、そんな泣き言を言って数学の教科書を放り捨てた。
「魔力の有無は先天的なものだ。後天的に魔力を宿すのは一部の例外を除いてありえん」
一部の例外、の発言のところでクルスは、日本史の本棚を物色しているレキを見やった。
「おーいレキ。もしかしておサボリか?」
「伊勢、私とお前を同列に語るな。少々調べものがあったんだ」
試験勉強の休憩がてら本棚を巡ったのは徒労に終わった。
目ぼしい本に一通り目を通してみた結果、目当てのものは片鱗すら書かれていなかった。高校の図書室とはいっても名前の一単語すら記されていないとは思いもよらず、レキは失意と共に『花尾の土地と神』という題の色あせた本を本棚に戻した。
下校時刻までたっぷり勉強した四人はとっぷり日が暮れてから下校し、各々帰路に着いた。
校門前に停まっていた迎えの車に乗ったモモはそのままバイオリン教室に向かい、しばらく歩いた分かれ道で伊勢とも別れた。残されたレキとクルスはどちらも無駄口を叩かない性分ゆえ、ムードメーカーがいなくなると、雪の降る音すら聞こえかねない沈黙が訪れた。
レキはこの沈黙に息苦しさは抱いていなかった。隣り合って会話を交わさず歩くことが彼との上手い付き合い方なのだ、と密かに納得していた。
「サムライ、俺はコンビニに寄る」
「ならば私も一緒に行こう」
「アップルパイは売っているだろうか」
「菓子パンのコーナーにあるかもしれないが、オーブンで焼いたちゃんとしたものは売っていないだろうな。アップルパイ、好きなのか?」
「まぁな」
淡白な会話も自分たちに似合っていると思っていた。
道すがらコンビニに立ち寄ったレキとクルスは、思いがけぬ人物と再開した。
赤髪の少女が、レジ前の保温ケースで温まる肉まんを物欲しそうに眺めていた。
髪も服も靴も全身鮮やかな赤で揃えた外国人の女の子が真剣な目つきでそうしているため、会計を済ませる買い物客や店員たちが物珍しげなまなざしを注いでいる。本人は他人の視線などお構いなしに白くてふわふわの肉まんのとりこになっている。
「……魔女ドミナ」
どちらともなくつぶやくと、赤髪の魔女ドミナはレキたちの存在を認めた。
「あら、また会ったわねアナタたち」
赤い靴をぱたぱた鳴らしてレキのそばへ近寄る。
「それ以上近づくな、魔女め」
「アタシはアナタじゃなくて、おサムライさんに用事があるの」
金髪と赤髪の魔導士二人が火花を散らす。赤髪のほうは「べーっ」と舌を出して小ばかにしている。金髪のほうはこめかみをぴくつかせて心底不愉快がっている。
「先に行く。貴様は魔女とでも戯れているがいい」
フライドポテトを買ったクルスはレキたちに背を向けてコンビニの自動ドアをくぐる。機嫌を損ねた彼の後をレキは追いかけようとしたが、コートの裾を握るドミナがそれを許さなかったため「参ったな」と肩をすくめた。
「おサムライさん。アナタの名前を教えてチョウダイ」
「加賀暦だ。皆からはレキと呼ばれている」
初対面の相手には、レキは決まってこの台詞で自己紹介する。サムライと誤解されていることに関しては、クルスやフォルテに散々サムライ呼ばわりされ続けているせいで半分諦めているため訂正はしなかった。
「レキ、アタシあの白いのが食べたいの」
ドミナが保温ケースの肉まんを指差す。
「アタシこの国に来たばかりでオカネのことよく分からないの。これで足りるかしら」
握っていた手を開く。
手のひらには一円玉が五枚、五円玉が二枚、十円玉が三枚……。
レキがコーヒーを買うついでに肉まんの代金を立て替えると、ドミナは「ありがとう! 優しいのね」とクルスへの当て付けかと疑うくらいレキに懐いてしまった。
「ねえねえレキ、あのスープも売り物なのかしら」
保温ケースの隣で、おでんが湯気とダシの匂いを漂わせている。客の一人がトングを使って卵と大根をパックによそうとドミナは唾を飲んだ。
「あれはおでんといって、日本人が冬に食べるものだ。売っているのは具のほうだな」
ドミナはおでんの他に冷凍ピザや漫画雑誌などにも関心を示した。電子マネー販売の端末で遊んでいるところを店員に睨まれ、居たたまれなくなったレキは彼女を連れて早々コンビニを後にした。
雪がちらほら舞う冬の町は、もの悲しさを印象付ける。
冷や汗を拭うレキのかたわら、ドミナは悪びれるそぶりすらなく肉まんを頬張ってご満悦。異界から召喚した騎士を使役し、氷雪魔法を自在に操る彼女も本質は十三歳のおてんばな少女だった。
彼女が人を殺めるのに良心を咎めない魔女であるだなんて誰が信じるであろう。同じ人間でも自分たち『通常の人間』と魔導士たちの価値観は根本的に違っている。あどけない面立ちで平然と殺しを行うドミナが、レキは空恐ろしかった。
「神社とかおでんとかサムライとか、日本って面白いものがタクサンあるわね。冒険しがいがあるわ」
「道に迷ったら困るだろう。住所さえ教えてくれれば帰りは私が送ろう」
「おキモチだけ受け取っておくわ。肉まん、おいしかったわよ。黒猫シグマの所在が掴めたらまた会いに来るわね。それじゃ、ごめんあそばせ!」
階段を踏み叩く足音をリズムよく鳴らして歩道橋を渡る。人目を引く真っ赤な姿は車道を挟んだ反対側の歩道の人ごみに紛れる。自動車が三、四台行き交ううちにレキはドミナを見失った。




