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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
五章――神威たるアーティファクト
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第19話:黒騎士と紅蓮の魔女

 頭上から異様な気配を察知したレキは咄嗟に飛び退く。

 魔力を吸収して得た人間離れの身体能力を発揮させ、次々襲いくる氷の刃を恐るべき反射神経と俊敏さで打ち落とす。一つめの刃は足元の地面に突き刺さり、二つめの刃は禍津薙(まがつなぎ)に弾かれて砕け散る。三つめの刃はレキが避けるまでもなく狙いが外れて背後の樹木に直撃する。轟音と大量の雪を巻き上げつつ樹木は倒壊した。

 黒騎士と禍津薙との接触が断たれて魔力の吸収も止まる。

 レキの体内から毒気が失せ、みるみる精神が澄み渡る。

 立て続けに襲い来る氷の刃を飛び退いてかわす。かわせない分は扇で払い落とす。捌ききれなかった一つが頬をかすめると肌に一筋の血が浮かび上がり、しかし瞬く間にふさがった。

 異常気象や自然現象などではない。レキに狙いを定めて降り注ぐ氷の刃は明らかに魔法による攻撃。

 雪の降る空を仰ぐ。

 よくよく観察すると、分厚い雪雲は鈴珠(すず)神社の上空にだけ不自然に被さっている。

 神社から眺望できる花尾の町並みは儚い粉雪が舞う程度で、表参道付近のみぼたん雪が吹きすさび上空の視認を妨げている。

「鈴珠さま、神社を覆う雲を払ってください!」

「よかろう!」

 鈴珠が魔力を解放し、指を天に掲げる。

 神の勅命を受けた大気は無秩序に暴れていた風を一まとめにし、小竜巻を起こした。小竜巻は地上の雪を巻き込みながら不自然な降雪をかき消した。

 魔法攻撃を仕掛けていた張本人の姿が出現する。

 緋色の髪の少女がホウキに跨って宙を漂っていた。

 地面に突き刺さる氷の刃と同種のものが三本、指先に浮遊している。

 紅玉にも劣らぬ美しき紅の髪、つばの広い赤のとんがり帽子、真紅のローブ。寒空に映える赤尽くめの少女は典型的な魔女の格好をしていた。

 魔女はホウキに跨ったまま垂直降下して黒騎士の隣に降り立つ。

「オヅ、帰還していいわよ」

 魔女が指を鳴らすと黒騎士の足元に光の円が浮かび上がる。強まった光が収まると黒騎士は忽然と姿を消していた。

 いかめしい黒騎士とは正反対に、赤髪の魔女は無邪気でおてんばな印象をレキたちに与えた。

「キミが黒騎士の(あるじ)か。その赤い髪はまさか」

「そーいうこと。アタシの名前はドミナ。魔導会の魔導士よ」

 ドミナと名乗った赤い髪の魔女は小生意気なウインクを決めた。

 悪名としてその名に聞き覚えがあるらしく、フォルテが光の剣を握る。黒騎士と退治したときとは比較にならぬ覚悟と絶望が背中から垣間見え、レキは戦慄した。

「弱冠十三歳にして高位の召喚魔法を自在に操る『魔女』ドミナ。まさか魔導会がキミを差し向けてくるとはね。僕らも随分と買いかぶられたものだ」

「アンタたちこそ、手加減してたの差し引いてもオヅに土を付けさせるなんてやるじゃん。オヅはね、異界を統べる魔王の近衛騎士でスッゴイ強いんだから」

 肩にかかった髪を自慢げにかき上げる。

「オヅは『筒』に封印されてるしもべなんかじゃくて、アタシが直接異界から召喚した契約の戦士なの。ホンキになれば使い魔なんてお人形イチコロなのよ。まっ、今回は及第点ってことにしてあげるからカンシャしなさいよね」

「及第点?」

 ドミナの意図が読めず、フォルテは眉をひそめる。

「ちょっと試してあげたのよ。アンタたちが黒猫シグマを倒せるくらい強いのか。オヅを倒せる実力だったら本部には『単なる留学』って報告して、アタシと一緒に黒猫退治をしてもらう。テカゲンしても死んじゃう程度の足手まといだったら『離反者の抹殺完了』って報告するつもりだったの。効率的な任務を遂行するためにね。頭いいでしょ」

 クルスの調査とシグマの抹殺を同時に命じられているドミナは、自分が考えた『効率的な任務の遂行』を説明した。何の悪意もなく。さも楽しげに。

「魔女のお眼鏡に適えて光栄だよ」

 ドミナが一応の味方と判明するや、得物を納めたフォルテは皮肉を目一杯籠めて嘆息した。効率云々で生殺与奪を決定されてはたまらない、とレキと鈴珠も魔女の話に耳を疑っていた。

 次にドミナはレキと鈴珠に興味を移す。

「土着の神さまにサムライね。魔導会本部のある北欧じゃどっちも珍しいから不意を衝かれちゃったわ。ボロっちい団扇(うちわ)もアーティファクトだったなんてね。魔力を吸い尽くすなんてチカラ、本部に知れたら即刻『禁具』指定よ」

 赤色の幼き魔女はレキと鼻が触れ合う距離まで馴れ馴れしく近寄ってきて、顔を上目遣いで覗き込んで品定めを始める。ついさっきまで自分の命を狙っていた少女が人懐っこい態度を取り始めてレキは戸惑う。

「ドミナ、お前は私たちを殺すつもりだったのか」

「アタシはそうだった。オヅはそうじゃなかった」

 互いの生死観に埋めようのない隔絶があるのを悟り、それ以上の追及を諦めた。

 あどけない面立ちに潜む、むせぶほどの殺意。年端もいかぬ少女に似つかわしくない、無邪気と邪気の同居する無自覚な殺気から彼女の身上を想像したレキは、恐怖よりもまず哀れみが湧いた。

「あなたもオヅを殺すツモリだったんでしょ?」

「……いや、決して違う」

 レキは断言し、禍津薙の誘惑を振り切る。

 予想外の返答にドミナは目をしばたたいていた。

「ふーん、変なこと言うのねアナタ。まっ、どうでもいっか」

 興が冷めたドミナはホウキを水平に浮遊させて柄に跨る。

「アタシもあの『不良品』を処分するのに協力してあげる、って眠りこけてる魔導士さんにも伝えといてね。それじゃ、ごきげんよう!」

 手を振り振り。魔女は冬空の彼方に飛んでいった。

「鈴珠さま、フォルテ」

 廃れた神社が静寂と取り戻すとレキが二人を呼んだ。

「禍津薙の力に溺れた愚か極まりない言動、大変申し訳ありませんでした」

 禍津薙がもたらした魔力の快楽。

 あのままドミナの手出しがなかったら、今頃自分はどうなっていたか。レキは想像するのも恐ろしかった。

 冷静さを取り戻してからも、魔力をたぎらせたときの快感をまだ忘れられない。そんな己をレキは忌み恥じていた。禍津薙の影響とはいえ自分がああも邪悪になれるだなんて信じられず、未だ現実として受け入れ難かった。

「おぬしが壮健なだけでワシは嬉しいぞ。大儀じゃった大儀じゃった」

 鈴珠が励ますも悪酔いは醒めない。レキを気遣って健気な態度を取ろうとするのがありありと分かり、かえって胸の苦しみが悪化する。

 鈴珠に手を上げてしまったこと。

 それがレキにとって最も信じたくないことだった。

 ――守ると誓った人を自ら傷つけて、私は何のために戦っていたんだ!

 もどかしさをこらえきれず握りこぶしを震わせる。肉に爪が食い込む痛みは、罪の購いには足りなかった。

「あまり思いつめないほうがいい。魔力酔いは誰でも罹る知恵熱みたいなものなんだよ。僕ら魔導士と接して分かるとおり、魔力を宿す者はどこかしら人間性に難がある。精神制御の技術が確立していない時代に造られたシグマはとりわけ醜い」

 レキを抱擁したフォルテが耳元で優しくささやく。

「つらい体験をさせてしまったね。僕こそキミが魔力酔いするのを考慮すべきだった」

 強張っていた肉体と精神がフォルテと体温を分かち合ってほぐれていく。鈴珠と出会ってから肌のふれあいこそ増えても、レキが身体を預ける側になるのは久しかった。

「落ち着いたみたいだね」

「ありがとう、フォルテ」

「ふむ、人間の姿というのもまんざらでもない。ハラカラをこんなふうに慰められるのだから」

「クルスには『こんな慰め方』はしないのか」

「まぁ、彼だから」

「確かに、奴だからな」

 二人が噂をしたせいか、鈴珠に抱きかかえられていたクルスが目を覚ます。

 朦朧しながらまぶたを開いた直後までは着物の肌触りを遠慮なく堪能していたというのに、意識が覚醒し己の置かれている状況を把握するや否や鈴珠から離れた。

「なんじゃ小僧。もう少し甘えてもよいのじゃぞ」

「馴れ合いなど不要だ」

「生意気な奴め。ついさっきまで愛らしい寝顔をしていたというのに」

 着物の胸元を正す鈴珠の仕草に、クルスが頬を赤らめる。

「……化け狐。借りてはおくが調子に乗るなよ」

「ほんっとうに素直じゃないのう」

 レキとフォルテは互いに目配せしつつ笑いあった。

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