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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
四章――神さまの土曜日
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第15話:神さまの小さな幸福

 洋食屋で空腹を満たしたレキ、鈴珠(すず)、モモ、伊勢(いせ)の四人は花尾駅構内のショッピングモールを巡った。

 十一月十九日。せっかちな町の人々は早くも構内をクリスマス一色に飾り立てている。天井に触れるまで背を伸ばすクリスマスツリーも、眩暈を覚えるほどの鮮やかな光できらめいている。四人はツリーの前で記念写真を撮った。

「鈴珠さま、透けずにちゃんと写ってるな」

「……伊勢、おぬしはワシを悪霊か何かと勘違いしておらんか」

 休日のモールは買い物客で賑わっている。すれ違う客とぶつからないよう、レキは色とりどりの装飾に目を奪われる鈴珠の手をしっかり引いていた。

 高校生の財布事情は寂しいもので、買い物といっても彼女らには陳列された商品を眺めて胸をときめかせるという楽しみかたしかできなかった。それでも四人は飽きることなく片端から店を回った。

 雑貨屋に立ち寄ったとき、鈴珠はあるものに釘付けになっていた。

 彼女の手のひらには半円球型の透明のドーム。水で満たされたドームの中央に狐の人形が一匹、孤独に座っている。

 ドームを振ると、狐の足元から光り輝く無数の粉がドーム全体に舞い上がる。雪を模した粉は光り輝きながら狐の足元に降っていく。

 水中を舞っていた粉がすべて降り積もってしまうと、再びドームをかき混ぜる。粉がきらきら舞う。またかき混ぜる。鈴珠はその幻想的な光景にやみつきになっていた。

「スノードームですか。綺麗ですね」

「この玩具はスノードームというものなのか――おっ、おいレキや」

 レキは鈴珠からスノードームを取り上げてレジまで持っていく。

 精算を済ませてプレゼント用の包装紙で包んでもらい、鈴珠に返す。

 赤と緑のクリスマス柄の包装紙に真っ赤なリボン。

 鈴珠は戸惑いながらそれを受け取った。遠慮というものを知らない彼女にしては珍しく、上目遣いでレキの顔色を窺っている。

「いいのか。最近家計が厳しくて毎日もやし炒めと炒飯ばかりじゃというのに」

「すっ、鈴珠さま! 雰囲気台無しにするようなことおっしゃらないでください」

 店の中で声を荒らげてしまったレキは顔を赤らめつつ咳払いする。

「これは私からのプレゼントです。クリスマスにはだいぶ早いですが」

「プレゼントとは贈り物という意味かの」

「はい。私から鈴珠さまへの贈り物です」

 まさか自分のものになるなど思っていなかった鈴珠は、スノードームを買ってもらって狂喜した。せっかく包んでもらった包装紙をその場でめちゃくちゃに破って中身を取り出したときはレキも苦笑いするしかなかった。


 アパートまでの帰路、鈴珠は冬の曇った空にスノードームをかざしてその輝きを延々飽きず楽しんでいた。部屋の本棚に飾ってからも五分おきにそれを振って、雪が舞い散るさまに見とれていた。

 レキが夕食の炒飯を炒めているとき玄関のチャイムが鳴った。

 ガスコンロの火を消してレキが対応する。

 覗き穴の向こうに、銀髪の好青年が柔和な笑みをたたえて立っていた。

「いい匂いだね。僕の主もキミくらい料理に関心があればどれだけ幸せだったか」

 フォルテの用件は「みりんを貸してもらいたい」とのことだった。少食な主のために手作りの肉じゃがを振る舞うのだという。備蓄しておいたみりんのボトルを渡すと彼はあくび混じりに礼を述べ、ささやかな対価としてチョコレート菓子をレキに握らせた。

「今日はなにやら用事があったらしいな。根を詰めすぎても体に毒だぞ」

「逆だよ。ついさっきまでずっと寝てたんだ」

 また大きなあくびをする。

「今朝からか」

「昨夜からさ」

 フォルテがはにかんで、レキは呆れ返った。

「仕方がないか、あんな戦いの後だったのだからな。そうだ、ちょっと待っててくれ」

 レキは玄関の靴箱に置いていた小さな紙袋二つを持ってきてフォルテに差し出した。フォルテが紙袋の中に手を伸ばすと、白い猫のキーホルダーが入っていた。物珍しそうにためつすがめつ観察する彼が「魔よけの護符かい?」と大真面目に訊いてきたので、レキはつい噴き出してしまった。

「ただの土産だ。今日はみんなで花尾駅へ遊びにいったんだ。今度は二人も誘わせてもらう」

「ありがとう、大事にするよ。クルスもきっと喜ぶよ」

「だといいのだが」

 北欧から来た偏屈少年の反応を想像して二人は苦笑する。彼が素直に感謝の意を表すなど天地がひっくり返ってもありえまい、というのは共通の認識であった。

「いいよね、近所付き合いというものは。小さな幸福を噛み締められるよ」

 土曜日はフォルテの言う『小さな幸福』に満たされながら終わろうとしていた。レキは床に着き、充実した日を送ったことによる心地よい疲労と眠気に身を委ねた。

「レキ、今日はとても楽しかったぞ」

 スノードームを胸に抱く鈴珠がレキに寄り添う。

 鈴珠はもう何日も葛籠を留守にしており、レキと同じ布団で寝る日々が続いている。

「今度はスパゲティを食べましょうね。クルスとフォルテも連れて」

「今度とはいつじゃ。明日か、あさってか」

「そんな早くは無理ですよ」

 鈴珠は「そうか」と残念がる。

「明日もあさってもそのまた次の日も、こんな幸せな日々が続くといいのう」

 いや、と鈴珠はすぐさま自分の言葉を取り下げる。

「願うのではなく、ワシらがそれを守らねばならんのじゃな」

 寝返りを打ってレキに背を向ける。

「ワシらが助太刀せんでも、クルスとフォルテだけでシグマや鬼を倒せないかの」

「あの日、鈴珠さまの御力がなければ彼らはシグマに敗れていました」

「神の力なぞ取り戻さんでも、ワシはレキといられれば充分幸せじゃ」

「それは幸せではありません。過酷からの逃避です」

 相手が鈴珠だからこそ同調するわけにはいかなかった。相手が鈴珠だからこそ立ちはだかる運命から逃れてほしくなかった。

 レキは人間で、鈴珠は神。人間には人間の営みがあり、神には神の営みがある。二人の共同生活は本来いびつなもので、いずれ破綻の運命が訪れるのをレキは予感していた。ゆえに鈴珠にはこの小さな幸福を味わっても、甘んじて欲しくはなかった。

 鼻をすする音が鈴珠の背中越しに聞こえてくる。今夜は普段より寒いから、就寝の時刻になっても暖房を切っていないというのに。

「戦うのは怖い。鬼も怖い。じゃが、レキやモモや伊勢が傷ついて幸せな日々がなくなってしまうのはもっと怖くて嫌じゃ。全部嫌なんじゃ」

「鈴珠さまには力があります。守るべきものを守り抜ける力が」

「ワシには無理じゃ。無理に決まっておる。できっこない。ワシではなくてレキに力があればよかったのじゃ」

「かもしれませんね」

 それだけはあえて否定せず同意した。

 レキは渇望していた。あらゆる敵をなぎ払う力を、不幸をもたらす者を蹴散らす力を、弱き者から強き者へと変われる力を、大切な人たちを守るための力を……鈴珠がもう怖い思いをしなくて済むための力を。

 代われるものならば今すぐにでも鈴珠と立場を代わってやりたかった。だが、この世界に住まう者たちには各々課せられた役目がある。残酷にも、課せられた役目は必ずしも本人に適正なものとは限らない。むしろそうでないものが大半であろうことをレキは知っている。女性に生まれながら男勝りな自分自身のように、神に生まれながら他者の庇護を必要とする鈴珠のように。

 背後から鈴珠を抱く。

 強張っていた小さな身体が少しずつほぐれていく。

「私がおそばにいます。鈴珠さまのおそばには私が常についています。幸せなときも、そうでないときも」

「決してじゃぞ。約束じゃぞ」

「私は決して約束を違えません。だから鈴珠さまも、ずっと私のそばにいてください」

「うむ、約束しよう」

 ――レキ、我はそなたの剣となろう……まだちょっとだけ怖いがの。

 約束の証として、レキは差し出された鈴珠の小指に自分の小指を絡めた。

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