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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
三章――猛火の黒猫
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第13話:転生珠の秘密

 夜道、レキと鈴珠(すず)は手を繋いで雪を踏みしめる。

 三人と一匹の足跡は彼女らの帰るべき場所まで伸びていく。

 鈴珠の目の周りは腫れぼったく、散々泣きはらした跡が残っていた。

 鬼は討てずとも、せめてこの夜の冷たさからは守ってやろう。レキは彼女の小さくてやわらかい手をやさしく握っていた。鈴珠も頼りない強さでレキの手を握り返していた。

 アパートに帰ると、荷造り紐で昆布巻き状に縛られたアズマが居間に転がっていた。

「ようやくお帰りか。大変だったぞ『レキが鬼に喰われる』だのなんだのぴーぴー泣き喚く鈴珠をあやすの。怪我はないんだな?」

「私は無事です。アズマさん、それに鈴珠さまもご心配をおかけしました。ところであの、アズマさん」

「俺がどうしてこんな格好してるかって? 心配になった鈴珠がお前のもとまで駆けつけたのを知ってるなら大体お察しできるだろ。まったく、とんだおてんば神さまだ」

「レキを追いかけようとしたらアズマに止められたのじゃ。ワシはレキのためにこうせざるをえなかったのじゃ」

 ハサミをペン立てから持ってきて、アズマをめちゃくちゃに縛っている紐を切る。拘束を解かれたアズマは心底疲れた様子で大きく一呼吸した。

「レキ、このような無茶もう二度としてはならんぞ」

「……」

「何故返事をしないのじゃ」

 鈴珠がレキの服を握る手を強める。つぶらな瞳は両方とも不安げに震えている。次に放つであろうレキの覚悟の台詞を予感していながらも、その予感が外れてくれることを切に願っている。

 たとえ鈴珠の渇望であろうと、レキは己の内に沸き立つ使命感をごまかせなかった。

「私はクルスと共に鬼を討ちます」

 ――馬鹿者!

 鈴珠が感情を爆発させてレキを怒鳴りつける。

 幼い少女に涙混じりに怒鳴られたところでうろたえるはずがない。むしろ居たたまれなさが先行していた。

「おぬしは鬼の恐ろしさを知らんのじゃ。鬼は粗暴で悪さが大好きで、人間なぞぺろりと一口で飲み込んでしまうのじゃぞ。術の使えぬレキなぞいちころじゃ」

「ならばなおさら放ってはおけません」

 古風で頑固、おまけに献身的で正義感に溢れるこのポニーテールの少女に対する鈴珠の脅しは、かえって墓穴を掘る結果となった。彼女の強情さに腹が立ってきた鈴珠は「とんだ大馬鹿者じゃ!」と小さな拳で彼女の胸をぽかぽか叩きはじめた。

 散々レキを叩いた鈴珠は、最後に彼女を突き飛ばして葛籠(つづら)に籠ってしまった。レキがいくら声をかけようと葛籠からは何の返事もなかった。

 ――何故あなたは力を持ちながら、それを振るうことに怯えるのですか!

 衝動的に吐き出しそうになった台詞を寸前のところで飲み込んだ。

「あらら、二股かけたばっかりに」

「アズマさんの女性事情と一緒にしないでください」

 からかわれて苛立ったレキは八つ当たり気味に言葉を尖らせる。

「そうか? 身寄りのない神さまの世話をするのと鬼退治、たかが一人の人間が両立できるものじゃないぞ」

「それは」

 アズマの指摘にレキは言いよどむ。

 部屋の鍵を返したアズマは玄関でかかとを踏みながら靴を履く。

「レキ、忘れるな。鈴珠にはお前しかいないんだ。朽ち果てた神社と変わり果てた町に置き去りにされて途方に暮れるあいつに手を差し伸べたのはお前なんだ。やさしさってのは常に責任が伴う。それを忘れたらただの甘やかしだ」

 ――忘れてなどいない。

 そう反論したかったのにレキは詰まらせた声を最後まで出せなかった。

 片や八十年の年月世界から隔絶され、帰る場所もなく頼れる者もいない孤独の神さま。

 片や他者を拒絶し、他の生き方を否定し、復讐に憑かれた青い眼の魔導士。

 それぞれを左右の皿に載せた天秤は不安定に揺れ続ける。

 明かりを消して布団に潜ると隠れていた疲労が怒涛の波となって押し寄せてきて、レキは泥のように眠った。


 目が覚めたと思ったレキは周囲の光景を見渡すなり、まだ夢中を漂っているのだと認識を改めた。

 霧に包まれた真っ白な世界に一人きり。

 視界は不明瞭。空間の広さも高さも想像がつかない。腕をまっすぐ前に伸ばしただけで指先が霧で霞む。だというのに、畏れや不安は不思議とない。

 得体の知れぬ、安らぎを覚える白き世界。レキは母親の胎内を連想した。

 ――そちが加賀家の末裔か。

 霧に覆われた天から聞きなれぬ男の声が響き渡る。

 ――我が娘を封ずる者も解く者も加賀の者か。因と果の応報とは真に確たるものぞ。

「貴方は鈴珠さまのお父上、真白さまでしょうか」

 天に叫ぶ。

 ――加賀の末裔、鬼を討ちたくば鈴珠神社まで赴くがよい。

 一方的に語りかけてきた声はそれきりで途切れ、レキは夢からうつつへ放り出された。


 レキは背中に人肌を感じた。

 葛籠に籠っていたはずの鈴珠が布団に忍び込んで背に寄り添っていた。

 暗闇に目を凝らす。

 アナログ時計が差す時刻は午前二時。

 寝返りを打つ。

 不安で今にも胸が張り裂けそうな、涙でくしゃくしゃになった鈴珠が視界いっぱいに現れた。

 鈴珠の頭に手をやる。指の隙間をくすぐる獣の耳の感触を味わいつつ、やさしくなでる。鈴珠はくすぐったそうに目を瞑ってレキに身を委ねていた。胸に巣くっていた不安はいくばくか和らいだ様子であった。

 冬であろうと布団に二人も入っていれば暑い。レキはその暑さを真夏のそれとは違って心地よく感じていた。

「先ほど、夢で父上から宣託があったのじゃ」

真白(ましろ)大神からですか」

「さよう。レキや、シグマが持っておった宝珠は憶えておるか」

「宝珠……鈴の音がした水晶玉ですね」

 吸血鬼の外見をした外道魔導士シグマ。彼は右手に収めた水晶玉から活力を取り込んで魔法を操っていた。よもや彼がそこまでの魔法を使えるとは知らずクルスとフォルテは不意をつかれ、シグマを逃がしてしまった。フォルテいわく、シグマは二百年前に造られた旧型の使い魔で、灼熱の炎を生み出せるほどの魔力は持っていないという。

「あの宝珠はな、百年前に父上がワシに授けて下さった神の至宝なのじゃ」

「なんですって!」

 突拍子もない事実にレキは声を荒らげてしまった。

「至宝の名を『転生珠(てんせいじゅ)』という。魂を別の肉体に移し替える力を持っておる。鈴珠神社に祭られてあったはずなのじゃが、ワシが封印されている八十年で……」

 十一月の初頭、鈴珠とレキが出会った日である。レキとアズマが鈴珠神社の清掃をしたときは、転生珠はおろか金目の物ひとつ転がっていなかった。神社は八十年の放置によって風化し、荒らされ、ことごとく盗まれてしまっていた。転生珠など真っ先に盗まれたに違いない。

「あやつがどういった経緯で転生珠を手に入れたのかはわからん。ただ、あやつは転生珠に眠る膨大な魔力を吸収して悪事を働いておる。父上はそれが癪に障るようでの」

 ぶるるっ、と鈴珠の身体が震え、同時に涙が布団に落ちてシミを広げる。

「わっ、わわわワシに転生珠を取り戻すようお命じになられた。珠を取り戻し、町を脅かす『鬼』の噂を解決したあかつきには鈴珠神社を復旧するともおっしゃった。じゃ、じゃがワシには」

 言葉半ばで鈴珠はこらえきれず、レキの胸に頭をうずめて泣きじゃくった。レキは鈴珠の背中に腕を回して彼女が泣き止むまで背中をさすった。

「恐れる必要はありません。私がいます。鈴珠さまには私がいます」

 カーテンの隙間から月明かりが差し込む。

「私は貴女に降り注ぐ火の粉を遮る盾となりましょう」

 寒々しい、淡い月明かりがレキの狭い部屋を微かに照らし、あいまいな陰影をつくる。

 鈴珠が泣き止んでから、彼女の頭をそっと持ち上げて自分と視線を合わせる。鈴珠はきょとんと瞳を潤ませ、レキの強き意志に燃える眼を見つめ返している。

「ですから鈴珠さま。貴女は剣となりて邪悪を祓う、私の対となってください。身勝手な私の、唯一の願いです」

 鈴珠はレキほどの心の強さを持ち合わせていない。

 鈴珠は返事をしないままレキに寄り添って眠りについた。

 悪夢にうなされていた幼子が母親に甘えるかのように。

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