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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
三章――猛火の黒猫
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第11話:荒れ狂う悪鬼

 レキが到着すると、そこには既に小規模の人だかりができていた。

 通りに面した真新しい――はずであったケーキ屋。赤い屋根は乱暴に叩き潰され、二階部分がぺしゃんこに凹んでいる。看板も真っ二つ。ショーウインドウも木っ端微塵に破壊されていて、飾り付けてあったリースも無残に引き裂かれて地面に散らばっていた。

 肝心の鬼は影も形もない。

 車一台通らない静かな道路は昼間とは別世界。めちゃくちゃに破壊されたケーキ屋が別世界の異様さを際立たせていた。

 壊滅的状態のケーキ屋を取り囲むまばらな野次馬たちの中に、外套を着た金髪少年と雪景色に溶け込む白のアメリカンショートヘアもいた。

 背の高いナトリウム灯に照らされオレンジ色に染まる二車線の通りをフォルテは素早く横断し、反対側の歩道にいるレキの足元にたどり着く。クルスも彼の後に続いてやってきた。

「間に合わなかったのか。(くだん)の鬼――死悪鬼(しおき)は」

「ご覧のとおりだよ。歯がゆいね」

「また後手に回ってしまった」

 道路の向こうからけたたましいサイレンが近づいてきて、消防車とパトカー数台が倒壊寸前のケーキ屋の前に停まった。ぞろぞろと出てきた警察官や消防士は手馴れた動きで野次馬たちを追い払い、現場の対応に当たった。

「収穫はあったよ。『黒猫』の目的と、次に狙われる場所の目星がね。ただ、奴程度の使い魔がどうやって鬼を操っているのかだけは未だ解せない」

 フォルテは「うーむ」と唸りながら悩む。

「奴『程度』?」

 レキが些細な言葉に疑問を抱くと、フォルテは「ああ」と補足した。

「悪鬼の類を操るには高位の魔法を用いる必要があるんだ。しかし、使い魔シグマはおよそ二百年前に造られた旧式の人造魔導士。ずるがしこさはともかくとして、扱える魔法は初歩の初歩のみのはず。ねえ、クルス?」

 意見を求められたクルスは「どうでもいい」と無下に切り捨てる。

「本人から聞けばいいだけのことだ。外道魔導士シグマ、首を洗って待つがいい」

 髪に付着した雪を鬱陶しげに払う。解けた雪のしずくがナトリウム灯の光を受け、金色の髪を夜に輝かせる。レキもフォルテの頭や背中に積もった雪を払ってやった。

「レキ、キミにも後日改めて教えるよ。シグマの企みを」

「いいのか。部外者の私に」

「ハラカラよ。キミがそれを望むのなら、そういうことにしておいてもいい」

「いや」

 レキは一歩踏み出し、胸元に手を当て、己の強い意志を主張する。

「私はクルスの力になりたい。たとえ無力だとしてもきっと何かできるはずだ。足手まといなら捨て置いて構わない。友の一人としてお前を放ってはおけない。お前が本心ではなく、強がりで私を突き放しているうちは意地でも付きまとわせてもらう」

 戦闘の最中、復讐に憑かれ血迷う彼の目を醒まさせる。レキにはそれだけしかできないが、それをできるのはレキだけしかいない。未だ脳裏にこびりついて離れない、打ちのめされて傷だらけになったクルスの映像がレキにそう使命を抱かせるのだ。

 クルスは外套をはためかせ、無言のままレキに背を向けて歩き出す。

 婉曲を嫌う彼が無言を貫いているということはつまり、容認を意味していた。

 つっけんどんな態度を取っていながらも、闇夜に消えるほど距離を離さない。彼が夜道をエスコートしているのだとふと気づいたとき、レキの胸に温かい光が灯った。

 ――早くアパートに帰って鈴珠(すず)さまを安心させよう。

 レキが足を速めてクルスの隣に並ぼうとした――直後、とてつもない爆発音が夜の闇に響いた。

「自分から居場所を教えるとはな」

 戸惑うレキを置いてクルスは走り出す。レキとフォルテも慌てて後を追った。


 大通りから裏通りに入り、入り組んだ細い道を抜ける。音が消えても、夜の大気に立ち昇る土煙を目印に二人と一匹は音のしたほうへ駆けつけた。

 住宅街の只中に音の主――死悪鬼はいた。

 右手の棍棒を地面に叩き付けた直後の鬼が、十字路の真ん中で前のめりに立っている。緑の肌をした巨体は規格外の大きさのせいで、肩から上が暗闇に霞んでいる。振り下ろされてアスファルトに先端をめり込ませた棍棒からはなおも土煙が舞っていた。

 そしてもう一人、めり込んだ棍棒のすぐそばに、狐の耳としっぽを生やした和服の少女が頭を抱えてへたり込んで恐怖に身体を震わせていた。レキは一瞬、目を疑ったが、間違いなく鈴珠であった。

「鈴珠さま、どうしてここに」

「れ、レキ。助けて欲しいのじゃ」

 大粒の涙をこぼして嗚咽を上げる鈴珠。レキの全身から湧き出していた激しい力は、鈴珠の涙を目にして一気に限界まで達した。

 レキは疾風の勢いで地を蹴り鬼の足元まで潜り込むと、震える鈴珠を大事に大事に抱きしめた。幸いにも腰が抜けただけで怪我はなく、鈴珠はレキの手を握って立ち上がった。そして、鬼がレキの存在を認識した。

 鬼が棍棒を握る腕に力を籠める。棍棒がゆっくりと引き抜かれるにしたがって地面の亀裂が広がり、アスファルトが剥がれていく。

 クルスは両腕を胸の前で交差させ、魔法を撃つ構えをとる。フォルテも全身の毛を逆立たせた。

 地面にめり込んでいた棍棒を完全に引き抜いた鬼はそれを振りかざす。顔面に一つだけある巨大な眼球がレキと鈴珠を視界に収めると、二人は見えざる力に圧迫されてアスファルトに突っ伏した。

 レキと鈴珠に迫る死の危機。同時にそれは、二人に注意を引かれた鬼を攻撃する好機でもあった。

(ばく)!」

 高らかな呪文に呼応してフォルテの全身から光のオーラが生じる。

 オーラは無数の帯に形を成して伸び、鬼の四肢に巻きつく。鬼は棍棒を振りかざした姿勢のまま身動きが取れなくなる。レキと鈴珠は見えざる力から解放されて身体の自由を取り戻した。

「サムライ、その化け狐を連れて離れろ」

 レキが鈴珠の手を引いて鬼から距離を取ると、クルスは光り輝く両腕を鬼に向けて突き出した。

 かざした両腕に、徐々に光が収束する。光が目を覆わんばかりに強まった次の瞬間、クルスはそれを解き放った。

轟雷(ごうらい)!」

 極太の雷がすさまじき圧力で放出される。吼え猛る稲妻は白き稲光で夜の暗黒を払い、悪しき鬼に躍りかかった。

 無防備な状態で電撃を打ち込まれた鬼は小刻みに全身を痙攣させる。恐ろしくも、鬼はそれでもなお拘束と電撃に抗おうと身をもだえさせている。左腕に巻きついていた帯が怪力によってとうとうちぎられてしまったが、無闇に振り回される腕は幽霊のように実体を持っていないのか、家屋や電柱をすり抜けていた。

 やがてもう片方の拘束も打ち破った鬼は、自由になった得物でクルスに攻撃をしかける。電撃の影響か動きは緩慢で、襲い掛かる棍棒は横っ飛びでたやすく避けられたものの、クルスは攻撃の中断を強制された。

「クルス、今夜は僕も手を貸していいんだね?」

「事後承諾のくせによく言う。好きにしろ」

 主の許可を得たフォルテの全身から再び光のオーラが発生する。

(せん)!」

 オーラは無数のガラス片に形を変え、編隊を組んで目標めがけて一斉に射出される。光のつぶては鬼の巨大な腕にほとんどふるい落とされたが、いくつかは肩や腕に突き刺さっていた。

 よろめいた隙を狙ってクルスの稲妻が再び鬼に喰らいついた。

 全身を走る電撃に膝を折った鬼は両手両膝をつき四つんばいになる。先ほどとは比べ物にならない致命的な一撃だった。

 電撃を浴びていた鬼はしばらくして――唐突に姿を消した。波打ち際の砂城が波にさらわれてあっという間に消えるのに似た、前触れもない消失だった。

 辺りに静寂が戻る。

 勝利の美酒に酔いしれるには不穏すぎる静けさに、レキはうろたえる。

「た、倒したのか?」

「いや、おそらく『帰還』させられたね」

「だとすれば『奴』はすぐ近くにいる」

 レキは五感六感を最大限に働かせて周囲の異質な気配を探る。クルスとフォルテも全方位に注意深く視線を走らせていた。

 ――小僧が、よくもやってくれたな。

 闇にささやかれる、しわがれた老人の声。

 探し当てるまでもなく『奴』は自ら闇から現れた。

 『奴』は月を背にし、レキたちの遥か頭上を浮遊している。

 黒の服の上に黒のマント。頭にぴったりと張り付いた黒い髪。それだけでも気味が悪いというのに、病的な青白い肌と紅い眼が不気味さを不必要に強調している。

 吸血鬼めいた格好をした『奴』は右手の竹筒に木の栓を差した。

 レキは直感した。

 奴こそがクルスの両親の敵である外道と狡猾の魔導士、シグマだと。

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