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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
三章――猛火の黒猫
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第10話:日常を染める非日常

 学校の裏庭。

 強引に押し付けられた小さな箱を手に、レキは一人困り果てていた。

 小さな箱は桃色チェック柄の包装紙に包まれ、リボンまで結ばれている。極めつけは星型のシールに手書きで『王子さまへ』である。手渡してきた本人によると中身は手作りの焼き菓子であるそうだ。

 包装を解かずともわかるほど籠められた愛情の大きさが伝わってくる。レキは途方に暮れていた。

 菓子を渡してきた女子生徒が小走りに校舎奥へと消えたのと入れ替わりに、クルスと伊勢が現れた。

 ジャージ姿の二人は陸上の測定器具が入ったプラスチックのケースを抱えており、体育教官室にそれを返却しにいく途中であった。男子は50メートル走の測定があったため、休み時間の半ばまで授業が及んでいた。

「サムライ、今の女は誰だ」

「四組の子……だったかな。名前までは憶えていない」

「貴様は名も知らぬ女から貢がれたのか」

「まぁ、な」

 あいまいな返事をするレキをクルスは訝る。

「クルスが不思議がるのも無理ないわな。まっ、コイツにゃ日常茶飯事ってわけよ。ったくお前ら『王子さま』は女子にモテモテで羨ましいぜ」

 伊勢がおどけた調子で茶化す。

 クルスは「くだらん」と端から相手にしない。

「勉学に励むべき学び舎で色恋とは呑気な連中だ。先達のサムライに対する冒涜と知れ」

「だっ、だから私はサムライではない!」

「違うぜクルス。学校ってのはな――」

 伊勢が舌を鳴らしながら指を左右に振りニヤリとする。彼が妙に自信げなため、クルスは次の言葉に身構えていた。

「青春を謳歌する場所なのさ!」

「……愚にも付かん」

 心底失望したクルスは己の発言に酔いしれる伊勢を置いて、体育教官室を目指して先に進んでいった。

 レキは己の身に降りかかる不条理に耐え切れず溜息をつく。

「女子に想いを打ち明けられたことは数あれど、男子からこのような扱いをされたことは一度たりともない。むしろ距離を置かれている気配すらする。どうしてだ」

「お前は近づきがたい威圧を常時放ってるからな。女子にはそこが頼もしいんじゃねーかな。まずは身だしなみに気をつけてみたらどうよ」

「身だしなみならいつも清潔に保っているつもりだ」

 伊勢に指摘され、地味なゴムで結んだポニーテールや眉の上で切りそろえられた前髪を指でいじり、膝上まで丈のあるスカートのホコリを払う。

「そうじゃなくてよ、ホラ、オシャレとかさ。さっきの体育が終わってからだって、女子たちが今も更衣室で延々鏡とにらめっこしてる中、お前一人は律儀に時間厳守してここでこうしているわけだしよ」

「生徒として当然だ。化粧は校則違反だと伊勢は知らないのか」

 一切の疑問も抱かぬレキに叱責され、伊勢は大いに戸惑う。幼馴染が手におえない堅物だということを思い出し、伊達ではない堅物加減に大きな溜息をついた。

「とりあえずさ……腕組みして仁王立ちする癖を改めるトコから始めようか」

「ぜ、善処する」

 腕組みを解いたレキは恥じらいながら腕を背に回し、おっかなびっくり脚を内股にした。丁度その場面をモモに目撃され、誤解を解くのと泣きはらす彼女をあやすのに残りの休み時間すべてを費やした。


 モモを泣き止ませた次の四限目。

 国語の授業中、レキが背筋を伸ばして教科書を朗々と読み上げていると生徒たちがにわかに悲鳴を上げだした。

 越冬の場所を求める間に迷い込んでしまったのか、窓から侵入した巨大なスズメバチが恐怖をもたらす羽音を鳴らして教室の天井をうろついていた。

 いつの間にやらモモがレキの腰に抱きついている。

 教室は一種の恐慌状態に陥り、乾いた老年の国語講師以外の者たちは蜂の動きに合わせて教室中を逃げ回っていた。

「モモ、もっと背を低くして私の陰に隠れていろ」

「……うん」

 モモが腕の力を強める。

 ――さて、どうしたものか。

猪口才(ちょこざい)な」

 授業の(てい)をなさぬ状況にレキが考えあぐねていたそのとき、クルスが鉛筆を二本、指に挟んで立ち上がった。

 教室の中央で目を閉じ、第六感に神経を研ぎ澄ます。

 十数の秒が経過した、次の瞬間、

「見切った!」

 開眼したクルスは驚くべきことに、宙をさまようスズメバチを二本の鉛筆で掴んだ。

 スズメバチは鉛筆に挟まれた状態で六本の手足をもがかせている。

 窓の外にスズメバチを逃がすと、逃げ惑っていたクラスメイトたちは沸き立ち「すげえ」だの「かっこいい」だの「さすがは異国の王子さま!」だのクルスに賞賛の言葉を溢れんばかりに浴びせかけた。

「造作もない」

 クルスもまんざらでもないらしく得意げにほくそ笑んでいた。

 納得いかぬ面持ちをしているのは、レキに抱きつくモモただ一人。

「最近みんなクルスくんばかりもてはやしてる。レキちゃんだってすごいのに」

「クラスに馴染んでいる証だ。ところでモモ、そろそろ離れてくれないか」

 モモはレキに抱きついたまま、すがるようなまなざしを向けてくる。

「レキちゃんもあれくらい簡単だよね? できるよね?」

「いや、さすがにあんな人間離れした技は無理だ。それと、そろそろ私から離れて欲しいのだが」

「そうだっ、今度お父さんに頼んでスズメバチを取り寄せてもらうよ」

「や、やめてくれ……」

 ぽんっ、と手を合わせて満面の笑みを浮かべるモモにレキは顔を引きつらせた。

 レキは女子から好かれている。

 とりわけモモからは、少々困ってしまうくらい。


 食事の時間になるとひときわ元気になる鈴珠(すず)が、今夜に限ってしかめっ面を決め込んでいた。

「油揚げがないではないか」

 レキの予想していた文句と一字一句違わず一致した。

「油揚げばかりでは栄養が偏ります」

 理由はもう一つ。鈴珠と同居するようになってからというもの油揚げを買う量が極端に増えたせいで、行きつけのスーパーの従業員たちから『油揚げ大好き女子高生』というあだ名で呼ばれるようになったのを偶然知ったからである。ろくでもないあだ名ばかりつけられていたレキにとって、その事実は悩みの種となっていた。

「ワシは油揚げが食べたいんじゃ!」

 早くも理屈を放棄し、床にひっくり返って駄々をこねはじめる。己のわがままを力ずくでも通そうとわめき散らしている。あるかどうか怪しかった神の威厳ももう、疑う余地もなく失ってしまっていた。

 いくら好きな食べ物であっても四日連続食べ続けたらさすがに飽きる。好きでもないものならなおさら。レキは調理するのも嫌になるほど油揚げに愛想を尽かしていた。

「厚揚げ、厚揚げでもいいんじゃよ」

 涙に暮れる譲歩にしては譲る歩幅が半歩もなかった。

 部屋のチャイムが鳴らされたのは、散々ぐずっていた鈴珠がようやく寝付いたときだった。

 夜更けにレキのアパートを訪れたのはクルス。

 開かれた扉から差し込んでくる冬の風が戦闘用の外套をたなびかせる。温かく迎えようとしたレキの口元が引き締まる。

「鬼が現れた」

 クルスは簡潔にそう告げた。

 レキに緊張が走る。

「場所は明日開店のケーキ屋。俺は今から鬼を討つ」

 レキに返事の暇を与えぬまま扉を閉める間際、続けざまに言う。

「だからついてくるな」

 本当についてきて欲しくないのなら、わざわざ本人の前までやってきて告げないで勝手に行ってしまえばいい。こういった矛盾をはらんだ冷たさがクルスのやさしさだとレキは最近知った。

「鈴珠さま」

 振り返ったときの鈴珠は、レキの次の台詞に怯えていた。

 いくら百年生きる神さまだとしても、身体も心も幼子同然の鈴珠に「一緒に来て力を貸してください」と頼めるほどレキは残酷ではない。

「……すぐに帰ります」

 こくん。

 鈴珠は頷く。もしくはただうな垂れただけだったのかもしれない。後ろ髪を引かれながらもレキは壁にかけてあったコートに手をかけた。

 急いで外出の支度をし、素早いリズムで音を鳴らしてアパートの階段を駆け下りる。すると、自分の部屋の前でタバコを吸うアズマと鉢合わせた。

「今夜はやけに慌しいな。さっき異国の少年も飛び出していったところだ」

「アズマさん、しばらく鈴珠さまのそばに居てもらえませんか」

「いいぞ」

 事情も聞かず二つ返事で引き受けてくれたアズマに部屋の鍵を預け、レキは夜道を疾走した。いくら初対面のときより親しくなったとはいえ、レキの出発を待ってくれるほど彼は甘くはなかった。

 歩道に積もる純白の薄化粧を踏み荒らしてクルスを追う。

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