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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
序章――狐の箱入り
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第0話:予兆をもたらす白猫

 夜半。

 家屋の屋根を分け入って、巨人が住宅街をのし歩いていた。

「やはり……『鬼』だ」

 ポニーテールの少女――レキは眼前の巨人を『鬼』と、震える声で形容した。

 電線に触れんばかりの巨体であるにもかかわらず、鬼はまるで質量を持っていないかのように音を立てず、積もった雪に足跡もつけず、寝静まる深夜の住宅街をさまよっている。

 レキが呆気にとられている隙に鬼は曲がり角の向こうに消える。

 正気に戻ったレキも慌てて鬼を追いかけた。

 スカートとポニーテールをはためかせ、人通りのない闇夜の雪道を駆ける。地面を蹴り上げる勢いで走っているせいで靴に雪が入って冷たい。呼吸をするたび凍てつく大気を吸い込んで喉が凍りそうになる。それでもかまわず走る。

 路地裏に入ったところでようやく鬼に追いついた。

 緑色の皮膚、隆々とした筋肉で構成された巨体が冬の月を背にたたずんでいる。

 獲物を探しているのか、一つしかない巨大な眼は町並みを神経質に見渡している。

 人の形こそしていても、明らかにこの世のものではない邪悪で化け物めいた存在。それを目の当たりにしてもレキはまだ己の目を疑っていた。

「待て!」

 レキの張り上げる声に鬼が振り返る。

 ぎょろり。血走る不気味な目玉が足元にいる彼女を見下ろす。

「鬼よ、何故町を破壊して回る」

「……」

「何故人々を襲うのだ」

 いくら問いかけても反応しない。代わりに鬼は巨大な眼の瞳孔を思い切り開かせてレキを注視する。するとレキは不可視の存在に捕縛され、身動き一つ取れぬ金縛り状態となってよろめきながら膝をついた。

 呪縛の魔眼で捕らえた『獲物』のそばへ、鬼はゆっくりと歩み寄る。

 棍棒を握る右腕を天高く振り上げる。

 頭のてっぺんからつま先まで、レキに怖気が走る。かつて体験したことのないそれは迫りくる死の恐怖。金縛りは目をそらす慈悲すら許さない。

 鬼は力任せに棍棒を振り下ろした。

 大木にも勝る物々しい棍棒がレキの脳天をめちゃくちゃに打ち砕く――寸前、彼女の周囲に突如として薄い光の壁が張り巡らされ、鬼の致命的な一撃を弾き返した。

 弾かれた反動で鬼は大きくのけぞる。衝撃を受け止めて砕け散った光の壁は無数の破片となり、物理法則を無視し、隙を晒した鬼に矛先を向けて射出された。

 矢のごとく発射された光の破片が鬼のいたるところに突き刺さる。

 鬼は無茶苦茶に暴れまわって破片を振り払いながら夜の闇に紛れ、何処かへと去っていった。

「くっ、待て……」

 逃げる足取りはのろまでも、もはやレキに鬼を追いかける余力はなかった。

「無事のようだね」

 付近から聞こえてくる、さわやかな青年の声。

 周囲をぐるり、声の主を探す。

 十一月。真夜中の住宅街は耳鳴りがするほど静寂を保ってなおも眠りについている。人の姿はレキただ一人。彼女以外に目を覚ましている生物といえば、足元で雪の色に溶け込む真っ白な猫だけであった。

 白猫の全身から、光の壁と同じ類のオーラが揺らめいて立ち昇っている。

「さっきの光は……お前が助けてくれたのか」

「キミが鬼の正体を知るにはまだ早すぎる」

 白猫の口は閉ざされたままであるものの、声は間違いなく彼から発せられていた。暗闇に光る琥珀色の相貌がレキをまっすぐに捕らえているのがその証明であった。

「自己紹介しよう。僕の名はフォルテ。白猫さ」

 白猫フォルテの毛並みは新雪のごとく無垢で、真紅の首輪がまぶしいほど映えている。一目で高貴な生まれとわかる雰囲気を彼は漂わせていた。

 レキは口を開けたまま呆けている。

「猫がしゃべった」

 するとフォルテは「ふふっ」と不敵な笑い声をこぼす。決してあざ笑っているわけではなく、唐突な駄洒落に不意をつかれたといった吹き出し方であった。

「驚く必要はないじゃないか。キミは僕や鬼よりずっと不思議な子と出逢っているはずだ」

 レキは思い出す――朽廃した神社で孤独にたたずむ、狐の耳としっぽを生やした幼い少女を。そしてその少女『鈴珠(すず)』に手を差し伸べた不思議な出会いを。

「まさか鈴珠さまの知り合いなのか。ならば鈴珠さまに会ってもらえないか。あの方は」

 必死になるレキをフォルテは「いや」と制する。

「鈴珠という名前なんだね。僕もつい昨日、あの狐の神さまの存在を知ったんだよ」

「……そうか。早とちりしてすまない」

「落胆する必要はないさ。キミのまごころは彼女に届いている。彼女はもう孤独じゃない。レキ、キミはキミ自身が思っている以上に勇気と気高さ、そして慈愛を兼ね備えているのだから……不器用ながらもね。まったく、『魔導士(まどうし)』でもないというのに生身で鬼に立ち向かうおうだなんて、勇敢を通り越してもはや無謀の域だよ」

 世界の真理を知り尽くしているかのような口ぶりでフォルテは意味深な台詞を続ける。

「本題に戻ろう。僕はキミに忠告をしにやってきたんだ」

「忠告だって?」

「キミはこう考えているのだろう。最近この町で噂になっている『鬼』の正体を掴み、かなうなら退治したい。これ以上被害が増える前に――と。その勇敢さは讃えよう。だから僕はキミにあれを追わせない。キミにはまだあれを討ち滅ぼす力はない。今ので身を以って知ったろう。キミはただの高校生。力無き人間の少女に過ぎない」

 魔的な二つの瞳は暗闇にも目立つ光でレキの心の内を完全に見透かしていた。

 フォルテは一度の跳躍でコンクリート塀の上に飛び乗り、レキに背を向ける。

「レキ、僕らの親愛なるハラカラよ。また逢おう。再三だが鬼に無謀な真似だけはしないでほしい」

 フォルテと名乗った人語を解す白猫は細いコンクリート塀の上を器用に歩き、やがて闇夜に溶け込んだ。

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