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漆黒の花  作者: 保野透香
◇雨降り前の雷鳴
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第一章 盗まれた日常(3)

 バレンバーグ王国の騎士団は、三つに分かれている。

 オルガ騎士団、レクシ騎士団、そしてエウラ騎士団。

 この大陸や大陸の生きとし生けるものの姿形を定めたとされる主神ヴァシリスの手足となり、実際に創造したと言われている三女神の名を冠した騎士団は、それぞれ異なった役割を持っている。


 まずは一番地位の高いオルガ騎士団。彼らはいわゆる王の近衛で、国一番の精鋭集団、ということになっている。実際は、矜持ばかり高くて使えない貴族の吹き溜まりとなっており、実力はあまりない。


 次に、レクシ騎士団。国境や主要な街道の警備に当たっており、国の守りの要と言える。三つの中で一番危険度の高い任務を遂行しているが、それだけに手柄を立てての立身出世がしやすい騎士団でもある。そういった性格のある騎士団であるため、普通の平民や気骨のある貴族など様々な者が在籍している。剣の腕は、おそらく騎士団の中で一番いい。


 オルガ、レクシの両者はそのような騎士団の特質上、大変仲が悪い。お互いにお互いを見下し、扱き下ろしあっている。


 そして、エウラ騎士団。人々の生活に密着し、その秩序を保つのが任務だ。王都だけではなく、国の隅々まで駐留している。国民にとって一番なじみ深い騎士団ではあろうが、一番軽視されやすい騎士団でもある。治安維持に日々邁進しているので、勇壮な騎士様という騎士らしい騎士ではないのだ。軽犯罪の防止など、ぶっちゃけ地味なことばかりしている。実際、オルガやレクシの騎士たちはあれは騎士ではないと公言して憚らない。地元の平民がなる場合が多く、貴族は上層部にほんの数名いるだけというのも軽視されやすくなるのに一役買っている。


 そのエウラ騎士団の騎士団長様の要請により、まずは場所を移して今後の相談ということになった。

 という訳で、大広間から客間に移動している。

 その間に、姉はお気に入りの取り巻きと共に自室に引っ込んだ。しかし、そこまで持って行くのに私は多大なる労力を払っている。ムカ男が協力要請をした後も、姉は私の蒼海の淑女が! と大袈裟に泣き喚いたのだ。取り巻きたちも必死に宥めるのだが一向に泣き止まず、困り果てていた。私もあの手この手で気を惹こうとしたが全て無駄に終わり、気力が消え去った。

 最終的にはムカ男が笑顔で姉を悩殺し、部屋に叩き込むという荒業でなんとかできたから助かったとは言える。しかし、私としてはムカ男に借りができたようで面白くない。後で色々要求されそうな気がする。


 母の方は、どうも静かだなと思っていたら最初に暗くなったときに卒倒していたようで、姉同様自室で休んでいる。こちらはお手軽で大変助かった。

 一緒に付いてこようとした叔父は、話がややこしくなりそうだったので遠慮して頂いた。


「取り合えずお客様にはそのまま留まって頂いていますが、どうしましょう?」


 円卓の上に用意された紅茶で喉を潤しつつ、私同様椅子に腰掛けているムカ男に尋ねた。

「ああそれなんだけど、大広間からいなくなっている人がいないか確かめたいから、招待客の名簿か何か見せてもらえないかな」


 同じくムカ男もお茶を飲んでいる。私より数倍華麗な気がして、やっぱりムカつく。私と華麗なんて言葉は私と対極にあるのは分かっているが、この男の方が優れているというは何だか癪に障るのだ。


「すみませんが、それはお見せできません」


 後ろから突然声がした。品のある、低い声。


「急に割り込んで申し訳ございません。私はこのエーミス家で執事を務めさせて頂いております、ハミッシュ・べレスフォードと申します」


 どうやら使用人たちに出す指示が一段落したらしいハミッシュが、応援に駆けつけてくれたようだった。えも言われぬ優雅な仕草で一礼するハミッシュは、相変わらず素敵なおじさま然としていて癒される。


「いいえ、それは構いません。僕はエウラ騎士団長を務めているエルバード・クレイヴンです。あの、見せられないとは? これは捜査の一環なので、協力してもらわなければ困るのですが」

「情けない話ですが、そのような名簿はないのです」


 普通、貴族などが大規模に催す宴は、招待客に招待状を発送するなどの準備段階で名簿を作る。その方が招待客に合わせた接待などの用意がしやすく、宴の出席者が把握できるので警備の精度も上がる。だから、一流の貴族であればあるほど名簿ぐらいは作成するのが常識だ。

 しかし、我が家はそれがない。嘆かわしい限りだが、兎にも角にもない。歴史と伝統、そして素晴らしい使用人を擁するエーミス家としては隠しておきたい事実だ。その恥の告白を、ハミッシュだけに任せるのは忍びないので、私も口を挟む。


「ええ、本当にお恥ずかしいですが、ハミッシュの言う通り名簿は用意しておりませんの。できないと言った方が正確かも知れませんわ」

「いや、エレン嬢の謝ることではないよ。現在、エーミス伯爵家は執事が仕切っていることは聞き及んでいるからね。手落ちは彼ら使用人の失態だ。愚図な使用人のせいで、君に恥をかかせるようなことになって済まない」


 ここで完全に私の堪忍袋の緒が切れた。常日頃から気に食わない男だと思ってはいたが、何なんだろう、この独善的な貴族目線。


「ちょっと、うちの使用人は王城勤めをしている者にも引けをとらない優秀さで働いてくれてるから。そんな無礼なこと言うの、止めてもらえる? 悪いのは母と姉。あの二人が好き勝手に招待状をばらまいて、碌に誰を招待したかも言わないから名簿なんか作ろうにも作れないの。それでもそれとなく各方面の使用人仲間に探りを入れて、誰を招待してるか何とか把握してくれてるんだから、うちの使用人がどれほど優秀か分かろうってものでしょ。現に、今日の宴だって夜猫なんぞが現れるまではつつがなくやれてたの。どんなお客様が現れても、臨機応変に伯爵家の名に恥じない最上のおもてなしをしてくれていたはず」


 怒りから今までのお嬢様ぶりっ子が剥がれ落ち、完璧に素になって威嚇する。幼い頃から孤児院に出入りして、慰問ついでに孤児と同化して遊びまくっていたので本来の私には上品さなど欠片もないのだ。


「それと、何なの? そのかなり自然な女性蔑視。さっき暗くなったときの態度も気に食わないし、今の発言もそう。あれぐらいで私が機嫌損ねてだだこねるとでも? 世の中の女を舐めてかかるのもいい加減にして。何でもかんでも使用人のせいにして、お澄まししてる恥知らずしかいないとでも思ってる? あんたの容姿や社会的地位にきゃあきゃあ騒ぐばっかりの馬鹿女だけで、世間はできてる訳じゃないの。あんた、ハミッシュには敬語使ったでしょ。それはあんたが父さまの右腕として辣腕を振い続けたハミッシュに、敬意を持ってる証。あんたの身分だったら伯爵家の執事如きに敬語使う必要ないんだから、それしか考えられない。それなのに、令嬢のご機嫌取りに利用するなんて本当に最低」


 立て板に水とばかりにまくしたて、ぎろりとムカ男を睨む。


「つーか、もう二度とうちの敷居をまたぐなっ! お前みたいなムカつく男、来なくて良し!」


 言いたいことを言い切り、はあはあと息を吐いた。


「うん、早めに切れてくれて良かった。あんまり失礼なことばかり言うのも心苦しかったしね。それにしても、使用人を馬鹿にされて怒るなんて噂通りの娘だなあ」


 余裕綽々に微笑むムカ男を見て、嵌められたことを悟る。一気に頭が冷えた。理性が空の彼方に飛んでいたらしい。でも、普段からこんなに簡単にブチ切れている訳ではない。何分、たび重なる精神的苦痛のため私も疲れている。仕方がない、はずだ。多分。

 混乱して思わず言い訳をしていたが、冷静になるととんでもないことをしている。ヤバい。非常にヤバい。公爵家跡取りで騎士団長様に、物凄い口を利いてしまった。しかも猫かぶりもバレた。元から何となくバレていたようだが、正式にバレた。でも、何でバレた? やはり、女誑しの勘て奴だろうか。


「いやあ気に入ったよ、エレン。君、僕の恋人にならないかい?」

「は?」


 一瞬、頭の活動が停止した。

 きっと、いや絶対に聞き間違いだ。そうに違いない。むしろ、そうであって欲しい。


「前から、何となく君は他の娘とは違う気がしたんだ。どんなに笑顔を振りまいても、いつも冷静だしね。僕に恋愛的な興味がなくても、大抵の女性は頬を赤らめるんだよ? だから、なかなか興味があったんだけど、本格的に気に入ったな。君は僕の恋人にする。うん、それがいい」

「な、勝手に決めるな。私はあんたの恋人になんか死んでもならないから。とぼけたこと言わないで」


 非常に残念ながら、聞き間違いではなかったようだ。ああ、何故こんなことに。このような事態は天地が引っくり返っても回避したかった。いや、今からだって逃げてやる。


「そう、ならその気にさせるまでだよ。じゃ、仕事の話に戻ろうか。ちょうど、ほど良く砕けたところだしね。君とは長い付き合いになりそうだから、猫かぶりも止めて欲しかったんだ」

「何、自分の都合ばっかり優先させて」

「では、ハミッシュ殿。今日の来客者確認は焦げ茶の髪の彼がずっと一人で行っていたんですよね?」

「そうです。彼ならば今日の来客者もほぼ完璧に覚えているでしょう。そうするように言い付けてありますから。それと、敬称も敬語も必要ありません」


 私を無視して二人は話し出す。ひょっとしたら、ハミッシュは怒っているかもしれない。まあ、淑女の振る舞いなんてものとはかけ離れたことしたけど、そんなに怒らなくても。うう、怒るとハミッシュは怖いのに。


「いいえ、使わせて貰います。エレン嬢の推察通り、ハミッシュ殿の経歴には敬意を払っていますから。敬語と言っても大したものではありませんし。それよりも、貴方が一番目を掛けていると評判のエレン嬢にあのようなことを言ったのに、少しも慌てないことの方が気になるのですが」

「エレン様はつまらない男になど引っかかりません。例え手を出されたとしても、ご自分で撃退なさるでしょう。だから、エレン様のお選びになった男性とのことならば私は素直に認め、応援致します」

「それは大層エレン嬢を信頼しているのですね」

「ええ、勿論です」


 当然とばかりに頷くハミッシュに横目で見られ、私は複雑な気分になる。ハミッシュが私を信頼してくれているのは間違いないが、これは半ば脅迫だ。碌でもない男に引っかかったらただでは置かないという、ハミッシュの無言の訴えが聞こえてくる。


「……さっきのことは反省してるから、ちくちく嫌味を言うのは止めて。それに、そういうことは私何かよりも母や姉の方が可能性も高いでしょう」

「そうでもないと思いますよ。エレン様が狙い目だと思っている輩もいるでしょう。エーミス家は現在、大変不安定ですから。でもまあ、反省しているなら良いでしょう」

「納得したところで、例の焦げ茶の髪の彼を呼んでもらえますか? 事情を聞きたいので」


 ハミッシュはムカ男の要望に頷き、部屋の外に立っていたらしい人物を呼び入れた。手際の良いハミッシュらしく、前もって呼んでおいたらしい。


「彼が来客者確認をしていたライルです。私の跡目として仕込んでいるため、義理の親子関係を結んでおります」

「ライルと申します」


 物慣れない様子で頭を下げるライルに、大丈夫だろうかと不安になる。

 私と同い年のライルは真面目な顔をしていると強面だが、笑うと途端にやんちゃ坊主のようになって可愛らしい、愛嬌のある少年だ。うちに来てそこそこ長いはずだが、未だに気品ある仕草などは苦手でハミッシュによく怒られている。度胸もあるし人好きのする方だから、とても勿体ない。


「ライル君、早速だけど大広間からいなくなった人がいないか僕と一緒に確認して欲しいんだ」

「いえ、既に確認は済んでいます。ここに来る前にそれだけは確認して来るよう言われましたから。自分の記憶に間違いがなければ、今日のお客様は全員大広間にいらっしゃいます。念のため、ルシールお嬢様や奥様の私室も確認してきましたので、漏れはないはずです」

「そうか、仕事が早いね。じゃあ、今日の来客者で前もって予想されていた人物以外に来た人はいたかい?」


 ライルの報告に僅かに目を見張ると、ムカ男は更に質問を重ねた。


「いませんでした。特に不審な人物もいません。恐らく、ルシールお嬢様が背にしていらした露台から入り込んで行われた、単独の犯行だと思いますが」

「それは私もそう思う。蝋燭を残らず消したあの不自然な突風は、きっと聖遺物が起こしたんでしょ。今までの夜猫の犯行を鑑みても、複数聖遺物を所持しているのは確実だしね。それを使って露台まで侵入したと考えれば、辻褄も合う。勿論、一人でだって余裕でできる」


 聖遺物とは、神の奇跡を起こす道具の総称だ。他の大陸で言う魔道具に似ている。

 主神ヴァシリスが大陸創造を三女神に命じたとき、自身の力を封じ込めた道具を造ったと言われている。その道具を三女神が用いて、この大陸全てを創造したそうだ。こののち、三女神が人界を去る際に、残される人間に置き土産としてヴァシリスから託された道具を置いて行ったらしい。

 これらが聖遺物と呼ばれ、数々の奇跡を起こす道具として人々の生活に浸透している。安価なものからとんでもない高級品まで様々なものがあり、同様に起こす奇跡もかなり豊富だ。その中でなら、風を起こしたり姿を消したりする聖遺物は有名で、市場にもかなり流通しているだろう。


「その辺りのことは僕も賛成だけど、一応確認しておかないとね。形式は大切だ。それで、形式ついでに来客者の身体検査を行いたいんだ。何も出てこないと思うけど、できることはやっておきたい」

「別に構わないけど、女性はどうするの?」

「それは、エーミス家でも信頼のおける侍女に協力して欲しい。さっき騎士団に応援を寄こすように手紙を届けてもらったから、うちの騎士立会いの下、代わりにやってもらいたい」

「では、私はその人選など準備をして参ります」


 ハミッシュはそう言い、一礼すると客間を出て行った。


「じゃあ、僕も部下たちを出迎えて指示をしないと」

「なら、自分が玄関までご案内致します」


 ムカ男とライルがそう話しながら足早に去って行くと、ようやく私一人になった。

 取り合えず、この場の目処は立った。面倒ごと満載な予感だけど、良しとしよう。するしかないから。


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