姉はギャル。妹は生徒会書記。両極端な双子姉妹が僕を堕とそうとするのはなぜだろう?
「おっはよ、優也! 今日も一段と……んー、なんか小動物っぽくて守りたくなっちゃう感じ?」
朝の教室。
僕、赤狭間優也が自分の席で静かに本を開こうとした瞬間、目の前に鮮やかな色彩が飛び込んできた。
クラスの女王君臨、といわんばかりの堂々とした佇まい。坂之下美優は、生粋のギャルだ。
「お、おはよう坂之下さん。……えっと、また距離……近くないかな?」
「もー、美優でいいって言ってるじゃん。あーしと優也の仲でしょ?」
グイグイと顔を近づけてくる美優に、僕は思わず椅子を引いて後退する。
僕は、自分で言うのもなんだが少し気弱なタイプだ。
目立つのは苦手だし、彼女のような派手なタイプとは住む世界が違うはずだった。
「……坂之下さん。早朝から男子生徒を威圧し、パーソナルスペースを侵害するのは感心しません」
救いの手──あるいは更なる混乱の種。
現れたのは美優の双子の妹、坂之下真優だった。
きっちりと閉められた第一ボタン。
知的な眼鏡の奥に宿る鋭い瞳。
生徒会書記を務める彼女は、この学園の秩序そのものだ。
「真優こそ、朝からガミガミうるさーい。優也が困ってるっしょ?」
「困っているのは、あなたの無秩序な言動に対してです。……赤狭間君、おはようございます。今日の昼休み、生徒会室へ。あなたが苦手としている英語の長文読解、私が個人的に補習を行います」
「えっ、あ、ありがとう。でも、坂之下さんに悪いよ……」
「……真優、と。そう呼んでいただけなければ、補習は中止します」
「……っ、わかった。ありがとう、真優さん」
「『さん』は不要です。……放課後、待っていますね」
二人の視線が僕に突き刺さる。
高校に入学して、席が近かったり委員会が一緒だったりして知り合ったはずの二人。
でも、なぜだろう。
彼女たちの向けてくる好意は、単なるクラスメイトへのそれにしては、あまりにも重くて、熱い。
◇ ◇ ◇
「おっはよー、優也! ねえ、あーしの今日のリップ、どう? 誰かさんの好みに合わせて、ちょっと清楚系に寄せてみたんだけど」
朝の陽光が眩しいほどに差し込む教室。
僕が座る窓際の席は、登校早々、坂之下美優という名の嵐に飲み込まれていた。
彼女が僕の机に無造作に腰掛けるたび、短く詰められたスカートから伸びる眩いほどの脚と、鼻腔をくすぐる甘すぎる香水の匂いが、周囲の空気を一変させる。
クラス中の男子からの嫉妬と、女子からの好奇の視線が、針のように僕の背中に突き刺さるのがわかった。
「……坂之下さん、スカート。あと、僕の好みなんて教えた覚えはないんだけど。というか、君と僕はクラスが同じになっただけで、そこまで親しくないよね?」
「もー、美優だってば。それに優也の好みなんて、あーしには全部『視える』から。隠したって無駄だよ?」
美優は、デコラティブな長いネイルの指先で僕の顎をくい、と持ち上げた。
彼女は単なる派手なギャルじゃない。
SNSのフォロワー数は数十万を超え、読者モデルとして絶大な影響力を持つ、この学園のスクールカーストの頂点に君臨する絶対的な女王だ。
そんな彼女が、なぜか入学初日から僕という無色透明な存在にだけは、鋭い牙を隠し、喉を鳴らす猫のように甘えてくる。
「今日の放課後、あーしのスタジオ撮影に付き合ってよ。重い荷物持ち、やってくれるでしょ? ……あ、終わったらさ、優也が昨日『あー、あれ食べたいな』って独り言で言ってた、期間限定の激レア新作グミ、あーしのコネで一箱分キープしてあるから、あげてもいいし?」
「……っ、なんで僕がそれを食べたがってたことまで知ってるの? 誰にも言ってないし、トイレで独り言を言っただけだよ?」
「あはは、秘密! あーし、優也のことなら、ネットの閲覧履歴より詳しくなっちゃったかも。……ねえ、それって、運命だと思わない?」
冗談めかして笑う彼女の瞳は、しかし、全く笑っていなかった。
宝石のようにキラキラと輝くその奥底にあるのは、獲物を完璧に管理下に置いた飼い主のような、静かで、底知れない独占欲だ。
「断ってもいいけど……。その代わり、明日から学園中のデジタルサイネージに、優也とあーしの合成じゃない超至近距離のツーショット、一斉に流しちゃうよ? 覚悟できてる?」
「……それ、愛の告白どころか、ただの社会的抹殺に近い脅迫だよね?」
「ううん、正真正銘の、愛の告白。あーしはね、優也をこの世界の誰よりも──そう、あそこに立ってる無機質な妹よりも先に、あーしだけの所有物にしたいだけなの」
美優は僕の耳元に唇を寄せ、周囲の喧騒には決して混じらない、氷のように冷たくて熱い声で囁いた。
「覚悟しときなよ、優也。あんたがどれだけ地味なふりをして、世界の隅っこに隠れようとしても無駄。あーしがこの学園の……ううん、この街のすべてを動かしてでも、あんたをあーし専用の王様に仕立て上げてあげるから」
彼女が満足げに席を立ち、風のように去っていく。
しかし、安堵する間もなかった。
入れ替わるように、背後から心臓を凍らせるような冷徹な気配が近づいてくる。
秩序を重んじ、学園のルールを司るはずの双子の妹、坂之下真優だ。
彼女は手にした生徒会資料の分厚い束を、僕の机に威圧的に叩きつけた。
眼鏡の奥で、理性的だが狂気を孕んだ鋭い瞳が僕を射抜く。
「……美優の低俗で無秩序な勧誘に、一瞬でも惑わされないでください、優也君。彼女のやり方は野蛮です。……あなたの適切な居場所は、あのような騒がしい混沌の場所ではなく、私の管理が行き届いた、静謐な生徒会室の中だけです」
◇ ◇ ◇
昼休みの喧騒。
美優が嵐のように去り、ようやく静寂が戻るかと思った僕の机に、今度は静かなる威圧が降り注いだ。
「優也君。先ほどの美優との無秩序なやり取り、学園の風紀を乱す行為として記録させていただきました」
真優が淡々と告げる。
眼鏡の奥にある瞳は、まるで精密機械のように冷徹だ。
彼女は生徒会書記でありながら、実質的にこの学園のルールを支配している鉄の女。
美優が太陽なら、彼女は冷たく冴えわたる月だった。
「ご、ごめん、坂之下さん。でも、僕から何かしたわけじゃなくて……」
「……真優と呼ぶように、以前も指摘したはずです。それから、その謝罪は無意味です。あなたの過失ではなく、あなたを適切に管理できていない私の責任ですから」
彼女は手元のタブレットを流れるような手つきで操作し、画面を僕に向けた。
そこには、僕の今日の時間割、提出物の状況、そして──。
「今日の六限終了後、放課後は即座に生徒会室へ来てください。あなたが先週の小テストで唯一間違えた、英語の不定詞の応用問題……。私がマンツーマンで、あなたが完全に理解し、私の色に染まるまで徹底的に指導します」
「えっ、でも、あれはただのケアレスミスで……」
「拒否権はありません。これは生徒会による、特別強化指定です。……それとも、美優と一緒に不健全なゲームセンターに行くつもりですか?」
真優が僕の机に両手を突き、ゆっくりと顔を近づけてくる。
美優のような甘い香りではない。
清潔な石鹸と、凛としたインクの匂い。
しかし、その瞳の奥に揺らめく熱量は、美優のそれよりもずっと重く、逃げ場を奪うような圧力を持っていた。
「優也君。あなた、自分がどれほど無防備で、危うい存在であるかという自覚が足りません。美優のような野蛮な者に捕まれば、あなたは骨までしゃぶり尽くされるでしょう。……そうなる前に、私があなたをこの学園の生徒会室で保護し、完璧に管理して差し上げます」
彼女の細い指が、僕のシャツの第二ボタンに触れた。
少しだけ歪んでいたそれを、恐ろしいほど正確な動きで整える。
「……あなたのすべてを、私が把握し、私が導く。それがあなたにとって最も効率的で、幸福な選択肢です。わかりますね?」
「……は、はい」
「よろしい。返事は一度で結構です」
真優は満足げに、しかし一度も表情を崩さぬまま、僕の机に一粒の飴を置いた。
「脳の活性化に。……私があなたのために選んだ、特別な配合のブドウ糖です。他の誰からも、何も受け取ってはいけませんよ?」
彼女が去った後、手元に残された飴は、まるで独占の刻印のように冷たく光っていた。
自由奔放な支配を企む姉と、完璧な管理を強いる妹。
僕を巡る二人の女王による陣取り合戦は、授業開始のチャイムさえかき消すほどの激しさを増していた。
◇ ◇ ◇
給食の喧騒を避けようと、僕は裏庭を抜けて体育館の脇へと足を向けた。
そこは人通りが少なく、静かに本を読むにはうってつけの場所のはずだった。
「──だから、しつこいって言ってんじゃん。あーしたち、あんたらに割く時間なんて一秒もないわけ」
低く、突き放すような声が鼓膜を打った。
角を曲がった先で僕が目にしたのは、異様な光景だった。
学園でも有名な、素行の悪い三年生のグループ。
その中心に、美優と真優が立っていた。
「美優の言う通りです。あなたの行為は学園規則第十二条、強要及びハラスメントに該当します。即刻解散し、教室へ戻ってください」
美優は鋭い眼光で相手を射抜き、真優は事務的な、しかし冷徹な口調で正論を叩きつける。
普段僕に見せる重すぎる愛とは正反対の、毅然とした女王の姿がそこにはあった。
だが、相手は数人の体格の良い男たちだ。
プライドを傷つけられたリーダー格の男が、顔を真っ赤にして声を荒らげた。
「……っざけんなよ! ちょっと顔がいいからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「きゃっ……!」
「離しなさい……っ!」
次の瞬間、暴力的な力が二人を襲った。
男たちが、美優と真優の細い腕を乱暴に掴み上げたのだ。
強気だった二人の表情が、一瞬で恐怖に歪む。
あんなに傲岸不遜だった女王たちが、今、逃げ場のない小さな女の子として震えていた。
「な、何してるんだ……っ!」
気づいた時には、僕は叫びながら走り出していた。
頭の中は真っ白だった。
運動神経がいいわけでも、喧嘩が強いわけでもない。
ただ、僕を王様だの管理対象だのと呼んで離さない二人が、あんなに辛そうな顔をしているのが耐えられなかった。
「離せよ……! 先生たちが、すぐそこまで来てるぞ!」
精一杯のハッタリだった。
僕の体は生まれたての小鹿みたいにガクガクと震えていて、声もうわずっていたと思う。
二人の腕を掴んでいた男たちの意識が、一斉に僕へと向いた。
「あぁ? なんだテメェ、ヒーローごっこのつもりか?」
リーダー格の男が二人を突き飛ばし、獲物を変えた獣のような足取りで僕に迫る。
抵抗する間もなかった。
男の大きな手が僕の制服の胸ぐらを強引に掴み上げ、僕の体は地面から浮き上がらんばかりに引き寄せられた。
鼻先が触れそうな距離で、荒い呼吸と苛立ちが混じった声が突き刺さる。
「……ひょろいガキが、一丁前に指図してんじゃねえぞ。ぶっ飛ばされたいのか? ああっ!!」
拳を握りしめる男の威圧感に、僕は思わず目を瞑る。
その時だった。
「──そういえば、午後の会議の資料なんだけど……」
「あ、それは既に職員室のデスクに置いてありますよ」
校舎の角の向こうから、複数の足音と共に教師たちの話し声が近づいてくる気配がした。
男の顔が、一瞬で苦虫を噛み潰したように歪む。
問題児である彼らにとって、これ以上の不祥事は致命的だ。
「……チッ、運のいい野郎だ」
男は僕の胸ぐらを突き放すように離すと、顔を近づけて低く唸った。
「赤狭間とか言ったか? 次はねえからな。……行くぞ」
捨て台詞を残して、彼らは足早に体育館の影へと消えていった。
静寂が戻る。
安全を確認した瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れた。
「…………ふぅ、うう……」
膝に力が入らない。僕はそのまま、地面にヘナヘナと座り込んでしまった。
心臓がうるさいくらいに脈打ち、冷や汗が止まらない。
「優也……? 大丈夫、優也!?」
「優也君! しっかりしてください!」
駆け寄ってきた二人の手が、僕の肩や頬に触れる。
さっきまで暴力に晒されていたはずの彼女たちは、自分たちのことなど忘れたように、青ざめた顔で僕を見つめていた。
「あ……ごめん、二人とも。……怪我、ない?」
「バカじゃないの!? あんた、あんな奴らに勝てるわけないじゃん! もし何かあったら、あーし、どうすればいいか……」
美優の声が震えている。彼女の目には、大粒の涙が溜まっていた。
一方で、真優は震える手で僕の制服の汚れを払おうと必死になっていた。
その瞳は、いつもの冷静さを失い、激しい後悔と情動に揺れている。
「……救う側になるなど、計算外です。あなたは、私が守るべき対象なのに……。なぜ、そんな無謀な真似を……」
腰を抜かして情けなく座り込む僕を、二人は左右から抱きしめるように支えた。
それは感謝というより、二度と放さないと誓うような、重くて切実な抱擁だった。
「……決めた。優也、あーし、もう絶対に一生あんたのそばにいる。嫌だって言っても無駄だから」
「同感です。……あなたの無鉄砲な優しさを管理するには、私の人生すべてを費やす必要があるようです」
助けたはずの僕だったが、二人の瞳に宿った光は、さっきの先輩たちよりもずっと逃げられない何かを孕んでいて。
僕は震える脚のまま、この先もっと逃げ場がなくなる未来を、予感せずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
放課後。
夕闇が街を朱く染め始める頃、僕はなぜか左右を二人に挟まれる形で、駅前のカフェにいた。
「あー、マジでお腹すいた。撮影とか委員会とか、優也に会うためのエネルギー消費半端ないし」
美優に甘えるような仕草で袖を引かれ、「糖分補給は脳の活性化と、精神の安定に直結します。優也君、今日は付き合っていただきますよ」と真優に有無を言わさぬ勢いで背中を押され、気づけば注文したパンケーキがテーブルに並んでいた。
「ねえ、優也。あんたさ、高校で初めてあーしたちに会った時、ぶっちゃけどう思った?」
ストローをくわえながら、美優が計算された上目遣いで覗き込んでくる。
「え? そりゃ……驚いたよ。入学当初から二人とも、ヒロイン扱いだったもん。それに、すごく綺麗な双子の姉妹だなって。僕みたいな地味な奴が関わるのは場違いじゃないかなって……正直、今でも思ってる」
僕の答えに、二人が同時に視線を伏せた。
カップの中で氷がカラリと音を立てる。
「……やっぱり、覚えていないのですね。私たちと同じ幼稚園に通っていたことも」
真優がぽつりと呟いた。
その声には、冷徹な彼女には似合わない、微かな痛みが混じっていた。
「えっ……同じ幼稚園? ごめん、全然覚えてなくて。僕、年長の途中でバタバタと引っ越したから、その頃の記憶が断片的で……」
「ひっどーい。あーしたち、結構仲が良かったのに。……でも、これなら覚えてるっしょ?」
美優がカップを置いて、まっすぐに僕の目を見つめた。
「さっき、あんた、あーしたちを助けてくれたでしょ? あの最悪な先輩たちから」
「……あ、ああ。でも、僕はただ腰を抜かしただけで、大したことは……」
「そう、それ。その、無鉄砲なところ。……あーしたち、知ってるんだ。あんたが昔から、そうやって自分の震える足をごまかしながら、誰かの前に立っちゃう男の子だってこと」
心臓の鼓動が、鐘の音のように早くなる。
「十年前。幼稚園の裏の空き地で、あーしたち、放し飼いの大きな犬に襲われそうになったことがあったんだ。マジで怖くて、明日なんて来ない、ここで食べられちゃうんだって本気で思ってた」
美優の言葉を引き継ぐように、真優が静かに、けれど熱を帯びた声で続けた。
「その時、自分だって泣きそうな顔をして、それでも私たちの前に立ちふさがった子がいました。折れた木の枝一本を剣みたいに握りしめて、犬を追い払った男の子……その子はすぐに、この街を引っ越してしまった」
霧がかかっていた記憶の奥底で、何かがパチリと音を立てて繋がった。
「……待って。その事件のことは覚えてる。必死に枝を振り回して、すごく怖かったことも。でも、あの時の女の子たちが……君たちだったなんて」
「そう。あーしたち。あんたが引っ越してから、あーしたちがどれだけ寂しくて、どれだけあんたを……あの初恋を忘れられなかったと思ってるわけ?」
美優が僕の左腕をぎゅっと抱きしめてくる。
その体温は驚くほど高く、彼女の必死さが伝わってきた。
「高校の名簿で『赤狭間優也』の名前を見つけた時、あーし、マジで運命だと思った。今度こそ、神様がチャンスくれたんだって」
「私もです。私は、あの時助けていただいた恩を……そして、恐怖の中で差し伸べられたその手のぬくもりを、十年間、一度も忘れたことはありません」
真優の瞳が、熱を帯びていた。
「幼稚園の時の約束、覚えてますか。『また会おうね』って言いましたよね? 私たちはその言葉を信じて、あなたがいつ戻ってきてもいいように、自分を磨いて待っていたんです。あなたが守るに値する女性になろうと、必死に」
僕が呆然としている間に、二人の距離がさらに縮まる。
美優の独占欲に満ちた視線と、真優の執念にも近い深い愛情。
僕にとっては遠い日の記憶は、彼女たちにとっては十年間、自分たちを形作るための背骨だったのだ。
「優也、もうどこにも行かせないから。あーしたちの十年間、全部まとめて責任取ってもらうからね?」
夕暮れのカフェ。
甘い香りに包まれながら、僕は自分が背負ってしまった初恋という名の重責に、目眩がするのを抑えられなかった。
僕が呆然としていると、二人は確信犯的な笑みを浮かべた。
「だからさ、優也。あんたが気弱だろうが何だろうが、関係ないの。あーしたち、もうあんたを逃がすつもりないから」
「現代社会において、一度捕捉されたターゲットが逃げ切れる確率はゼロに近い。……覚悟してくださいね、優也君」
ギャルの美優は、独占欲を隠さずに僕の肩に頭を預ける。
書記の真優は、眼鏡を外して熱っぽい瞳で僕をじっと見つめる。
「……これ、どうすればいいんだろう」
「あーしを、好きになればいいだけだよ」
「私を、好きになればいいだけです」
双子の声が重なる。
高校デビューだと思っていた僕の新しい生活は、実は十年前から引かれていたレールの上だったらしい。
少し気弱な僕には、この両極端な二人からの猛烈なアプローチを断る術なんて、最初から持ち合わせていなかったのだ。
◇ ◇ ◇
「おっはよ、優也! 今日もあーしの隣、空けて待ってたよ?」
翌朝。
教室のドアを開けた瞬間、昨日までとは明らかに熱量の違う声が僕を襲った。
自分の席に向かおうとした僕の腕を、美優が躊躇いもなく絡めとる。
昨日、カフェで十年前の真実を告白されてからというもの、彼女の辞書から遠慮という概念は完全に消滅したらしい。
「さ、坂之下さん……えっと、美優。朝から距離が近すぎるって。ほら、クラスのみんながこっち見てるから……」
「いーじゃん、別に。あーしたちが特別だってこと、今のうちにハッキリさせとかないと。……ね? あーしのヒーローくん!」
「ヒーローなんて、そんな大層なものじゃ……」
「大層だよ! あの日からあーしの王子様は優也だけなんだから。ほら、もっとこっち寄って?」
僕は、昨日のカフェで二人のことを名前で呼ぶように強要されていた。
美優は僕の困惑を愉しむように、わざとらしく僕の肩に頭を預けてくる。
教室内には、男子生徒たちの「嘘だろ……」という絶望に近い溜息と、女子たちの鋭い視線が充満していた。
針のむしろとはまさにこのことだ。
そこへ、悪友のタケシが引きつった笑顔で近づいてきた。
「よぉ、赤狭間……。お前、いつの間に坂之下(姉)とそんな超至近距離な仲になったんだ? 昨日の放課後、三人で駅前歩いてるの見た奴がいるぞ」
「あ、いや、タケシ、これはその……色々と事情があって」
「事情ねぇ。その事情、全男子生徒に説明しないと、お前今日のお昼休みにトイレでギルティ宣告されるぞ?」
「ちょ、脅さないでよ……」
「ちょっとアンタ、優也を怖がらせないでくれる? 邪魔なんだけど」
美優が鋭い眼光でタケシを射抜く。
「うおっ!? すんません女王陛下! 赤狭間、お前本当にお達者でな……」
タケシが脱兎のごとく逃げ出していく。
入れ替わるように、冷徹な、しかしどこか焦燥を含んだ声と共に現れたのは、もちろん真優だった。
「……美優。朝から公共の場で節度のない接触は慎みなさい。学園の品位を貶める行為です」
「真優こそ、朝からガミガミうるさーい。今はあーしと優也のラブラブタイム中なんですけど?」
「ラブラブなどと……低俗な。優也君の体調管理は生徒会の……いえ、私の専務事項です。優也君、これ」
「え、これは……?」
「今朝、私が焼いたマドレーヌです。市販のものより糖分を控え、脳の活性化に良いとされる成分を配合しました。さあ、今すぐ一口食べて感想を」
「お、おい赤狭間……。今度は坂之下(妹)の手作りかよ……」
遠巻きに見ていたクラスメイトの佐藤が、絶望に打ち震えながら膝をついた。
「赤狭間、お前前世でどんな徳を積んだんだよ……。国どころか、地球でも救ったのか?」
「……救ってないと思う、多分」と言って苦笑いした後、視線を真優に戻す。
「あ、ありがとう、真優さ……真優。でも、悪いよ」
「……『さん』が抜けたのは評価に値しますが、遠慮は不要です。あなたが私の管理下で健康かつ優秀に過ごすことが、私の最大の利益なのですから。ほら、あーんしてください」
「あーんって……ここで!? 無理だよ、恥ずかしすぎる!」
真優は僕の困惑を無視して、マドレーヌを僕の口元に運んでくる。
その視線はもはや保護者のそれではなく、手に入れた宝物を一点の曇りもなく磨き上げようとする蒐集家の熱を帯びていた。
それからの学校生活は、まさに翻弄の連続だった。
休み時間になれば、美優が「ねえ優也、次の休み時間はあーしと屋上ね。お揃いのアクセ、つけてあげよっか?」と教室の入り口で堂々と宣言し、昼休みになれば真優が「学食の揚げ物は脂質が多すぎます。私の手作り弁当を完食しなさい。……一粒残さず、ですよ?」と僕を生徒会室へ連行する。
「赤狭間、お前の命、今日中に狙われるんじゃないか?」
通りすがりの友人が憐れみの目で見送っていく。
「笑えないって……助けてよ」
「無理無理。あんな最強姉妹に睨まれたら、俺たちの命がいくつあっても足りねーよ」
廊下では、女子たちが「あの地味な子が、なんで坂之下姉妹に……」とヒソヒソと囁き、男子からは「爆発しろ」という無言の念が送られてくる。
「……これ、どうすればいいんだろう」
女王として君臨するギャルの姉と、理性的でありながら執着の深い妹。
十年前、震える足で振り回した小さな木の枝が、まさかこんなにも巨大で、逃げ場のない甘い鎖になって戻ってくるとは思いもしなかった。
「ちょっと真優! 今日の放課後はあーしが優也とプリ撮りに行くって決めてたんだけど!」
「無計画な娯楽より、英語の長文読解の方が優先順位は上です。優也君、私についてきなさい」
「……えっと」
「ねえ、優也。どっちがいいの!?」」
「ねえ、優也君。どっちがいいんですか!?」
教室の真ん中で、二人の女王が僕の手を左右から引き合う。
少し気弱な僕の、平和だったはずの日常──。
それは彼女たちの重すぎる愛という名のレールの上で、加速しながら、もう二度と止まらない場所へと向かっていた。
おしまい
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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