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姉はギャル。妹は生徒会書記。両極端な双子姉妹が僕を堕とそうとするのはなぜだろう?

作者: 秘色
掲載日:2026/05/11

「おっはよ、優也! 今日も一段と……んー、なんか小動物っぽくて守りたくなっちゃう感じ?」


 朝の教室。

 僕、赤狭間(あかざま)優也(ゆうや)が自分の席で静かに本を開こうとした瞬間、目の前に鮮やかな色彩が飛び込んできた。


 クラスの女王君臨、といわんばかりの堂々とした佇まい。坂之下(さかのした)美優(みゆ)は、生粋のギャルだ。


「お、おはよう坂之下さん。……えっと、また距離……近くないかな?」

「もー、美優でいいって言ってるじゃん。あーしと優也の仲でしょ?」


 グイグイと顔を近づけてくる美優に、僕は思わず椅子を引いて後退する。

 僕は、自分で言うのもなんだが少し気弱なタイプだ。

 目立つのは苦手だし、彼女のような派手なタイプとは住む世界が違うはずだった。


「……坂之下さん。早朝から男子生徒を威圧し、パーソナルスペースを侵害するのは感心しません」


 救いの手──あるいは更なる混乱の種。

 現れたのは美優の双子の妹、坂之下真優(まゆ)だった。


 きっちりと閉められた第一ボタン。

 知的な眼鏡の奥に宿る鋭い瞳。

 生徒会書記を務める彼女は、この学園の秩序そのものだ。


「真優こそ、朝からガミガミうるさーい。優也が困ってるっしょ?」

「困っているのは、あなたの無秩序な言動に対してです。……赤狭間君、おはようございます。今日の昼休み、生徒会室へ。あなたが苦手としている英語の長文読解、私が個人的に補習を行います」

「えっ、あ、ありがとう。でも、坂之下さんに悪いよ……」

「……真優、と。そう呼んでいただけなければ、補習は中止します」

「……っ、わかった。ありがとう、真優さん」

「『さん』は不要です。……放課後、待っていますね」


 二人の視線が僕に突き刺さる。

 高校に入学して、席が近かったり委員会が一緒だったりして()()()()()はずの二人。


 でも、なぜだろう。

 彼女たちの向けてくる好意は、単なるクラスメイトへのそれにしては、あまりにも重くて、熱い。



 ◇ ◇ ◇



「おっはよー、優也! ねえ、あーしの今日のリップ、どう? 誰かさんの好みに合わせて、ちょっと清楚系に寄せてみたんだけど」


 朝の陽光が眩しいほどに差し込む教室。

 僕が座る窓際の席は、登校早々、坂之下美優という名の嵐に飲み込まれていた。


 彼女が僕の机に無造作に腰掛けるたび、短く詰められたスカートから伸びる眩いほどの脚と、鼻腔をくすぐる甘すぎる香水の匂いが、周囲の空気を一変させる。


 クラス中の男子からの嫉妬と、女子からの好奇の視線が、針のように僕の背中に突き刺さるのがわかった。


「……坂之下さん、スカート。あと、僕の好みなんて教えた覚えはないんだけど。というか、君と僕はクラスが同じになっただけで、そこまで親しくないよね?」

「もー、美優だってば。それに優也の好みなんて、あーしには全部『視える』から。隠したって無駄だよ?」


 美優は、デコラティブな長いネイルの指先で僕の顎をくい、と持ち上げた。

 彼女は単なる派手なギャルじゃない。


 SNSのフォロワー数は数十万を超え、読者モデルとして絶大な影響力を持つ、この学園のスクールカーストの頂点に君臨する絶対的な女王だ。


 そんな彼女が、なぜか入学初日から僕という()()()()な存在にだけは、鋭い牙を隠し、喉を鳴らす猫のように甘えてくる。


「今日の放課後、あーしのスタジオ撮影に付き合ってよ。重い荷物持ち、やってくれるでしょ? ……あ、終わったらさ、優也が昨日『あー、あれ食べたいな』って独り言で言ってた、期間限定の激レア新作グミ、あーしのコネで一箱分キープしてあるから、あげてもいいし?」

「……っ、なんで僕がそれを食べたがってたことまで知ってるの? 誰にも言ってないし、トイレで独り言を言っただけだよ?」

「あはは、秘密! あーし、優也のことなら、ネットの閲覧履歴より詳しくなっちゃったかも。……ねえ、それって、運命だと思わない?」


 冗談めかして笑う彼女の瞳は、しかし、全く笑っていなかった。

 宝石のようにキラキラと輝くその奥底にあるのは、獲物を完璧に管理下に置いた飼い主のような、静かで、底知れない独占欲だ。


「断ってもいいけど……。その代わり、明日から学園中のデジタルサイネージに、優也とあーしの合成じゃない超至近距離のツーショット、一斉に流しちゃうよ? 覚悟できてる?」

「……それ、愛の告白どころか、ただの社会的抹殺に近い脅迫だよね?」

「ううん、正真正銘の、愛の告白。あーしはね、優也をこの世界の誰よりも──そう、あそこに立ってる無機質な妹よりも先に、あーしだけの所有物(モノ)にしたいだけなの」


 美優は僕の耳元に唇を寄せ、周囲の喧騒には決して混じらない、氷のように冷たくて熱い声で囁いた。


「覚悟しときなよ、優也。あんたがどれだけ地味なふりをして、世界の隅っこに隠れようとしても無駄。あーしがこの学園の……ううん、この街のすべてを動かしてでも、あんたをあーし専用の王様(カレシ)に仕立て上げてあげるから」


 彼女が満足げに席を立ち、風のように去っていく。

 しかし、安堵する間もなかった。

 入れ替わるように、背後から心臓を凍らせるような冷徹な気配が近づいてくる。


 秩序を重んじ、学園のルールを司るはずの双子の妹、坂之下真優だ。

 彼女は手にした生徒会資料の分厚い束を、僕の机に威圧的に叩きつけた。

 眼鏡の奥で、理性的だが狂気を孕んだ鋭い瞳が僕を射抜く。


「……美優の低俗で無秩序な勧誘に、一瞬でも惑わされないでください、優也君。彼女のやり方は野蛮です。……あなたの適切な居場所は、あのような騒がしい混沌の場所ではなく、私の管理が行き届いた、静謐な生徒会室の中だけです」



 ◇ ◇ ◇



 昼休みの喧騒。

 美優が嵐のように去り、ようやく静寂が戻るかと思った僕の机に、今度は()()()()()()が降り注いだ。


「優也君。先ほどの美優との無秩序なやり取り、学園の風紀を乱す行為として記録させていただきました」


 真優が淡々と告げる。

 眼鏡の奥にある瞳は、まるで精密機械のように冷徹だ。


 彼女は生徒会書記でありながら、実質的にこの学園のルールを支配している()()()

 美優が太陽なら、彼女は冷たく冴えわたる月だった。


「ご、ごめん、坂之下さん。でも、僕から何かしたわけじゃなくて……」

「……真優と呼ぶように、以前も指摘したはずです。それから、その謝罪は無意味です。あなたの過失ではなく、あなたを適切に管理できていない私の責任ですから」


 彼女は手元のタブレットを流れるような手つきで操作し、画面を僕に向けた。

 そこには、僕の今日の時間割、提出物の状況、そして──。


「今日の六限終了後、放課後は即座に生徒会室へ来てください。あなたが先週の小テストで唯一間違えた、英語の不定詞の応用問題……。私がマンツーマンで、あなたが完全に理解し、私の色に染まるまで徹底的に指導します」

「えっ、でも、あれはただのケアレスミスで……」

「拒否権はありません。これは生徒会による、特別強化指定です。……それとも、美優と一緒に不健全なゲームセンターに行くつもりですか?」


 真優が僕の机に両手を突き、ゆっくりと顔を近づけてくる。

 美優のような甘い香りではない。

 清潔な石鹸と、凛としたインクの匂い。


 しかし、その瞳の奥に揺らめく熱量は、美優のそれよりもずっと重く、逃げ場を奪うような圧力を持っていた。


「優也君。あなた、自分がどれほど無防備で、危うい存在であるかという自覚が足りません。美優のような野蛮な者に捕まれば、あなたは骨までしゃぶり尽くされるでしょう。……そうなる前に、私があなたをこの学園の生徒会室(サンクチュアリ)で保護し、完璧に管理して差し上げます」


 彼女の細い指が、僕のシャツの第二ボタンに触れた。

 少しだけ歪んでいたそれを、恐ろしいほど正確な動きで整える。


「……あなたのすべてを、私が把握し、私が導く。それがあなたにとって最も効率的で、幸福な選択肢です。わかりますね?」

「……は、はい」

「よろしい。返事は一度で結構です」


 真優は満足げに、しかし一度も表情を崩さぬまま、僕の机に一粒の飴を置いた。


「脳の活性化に。……私があなたのために選んだ、特別な配合のブドウ糖です。他の誰からも、何も受け取ってはいけませんよ?」


 彼女が去った後、手元に残された飴は、まるで()()の刻印のように冷たく光っていた。


 自由奔放な支配を企む姉と、完璧な管理を強いる妹。

 僕を巡る二人の()()による陣取り合戦は、授業開始のチャイムさえかき消すほどの激しさを増していた。



 ◇ ◇ ◇



 給食の喧騒を避けようと、僕は裏庭を抜けて体育館の脇へと足を向けた。

 そこは人通りが少なく、静かに本を読むにはうってつけの場所のはずだった。


「──だから、しつこいって言ってんじゃん。あーしたち、あんたらに割く時間なんて一秒もないわけ」


 低く、突き放すような声が鼓膜を打った。

 角を曲がった先で僕が目にしたのは、異様な光景だった。


 学園でも有名な、素行の悪い三年生のグループ。

 その中心に、美優と真優が立っていた。


「美優の言う通りです。あなたの行為は学園規則第十二条、強要及びハラスメントに該当します。即刻解散し、教室へ戻ってください」


 美優は鋭い眼光で相手を射抜き、真優は事務的な、しかし冷徹な口調で正論を叩きつける。


 普段僕に見せる()()()()()とは正反対の、毅然とした女王の姿がそこにはあった。


 だが、相手は数人の体格の良い男たちだ。

 プライドを傷つけられたリーダー格の男が、顔を真っ赤にして声を荒らげた。


「……っざけんなよ! ちょっと顔がいいからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「きゃっ……!」

「離しなさい……っ!」


 次の瞬間、暴力的な力が二人を襲った。

 男たちが、美優と真優の細い腕を乱暴に掴み上げたのだ。


 強気だった二人の表情が、一瞬で恐怖に歪む。

 あんなに傲岸不遜だった女王たちが、今、逃げ場のない小さな女の子として震えていた。


「な、何してるんだ……っ!」


 気づいた時には、僕は叫びながら走り出していた。

 頭の中は真っ白だった。


 運動神経がいいわけでも、喧嘩が強いわけでもない。

 ただ、僕を王様(カレシ)だの管理対象だのと呼んで離さない二人が、あんなに辛そうな顔をしているのが耐えられなかった。


「離せよ……! 先生たちが、すぐそこまで来てるぞ!」


 精一杯のハッタリだった。

 僕の体は生まれたての小鹿みたいにガクガクと震えていて、声もうわずっていたと思う。


 二人の腕を掴んでいた男たちの意識が、一斉に僕へと向いた。


「あぁ? なんだテメェ、ヒーローごっこのつもりか?」


 リーダー格の男が二人を突き飛ばし、獲物を変えた獣のような足取りで僕に迫る。

 抵抗する間もなかった。


 男の大きな手が僕の制服の胸ぐらを強引に掴み上げ、僕の体は地面から浮き上がらんばかりに引き寄せられた。

 鼻先が触れそうな距離で、荒い呼吸と苛立ちが混じった声が突き刺さる。


「……ひょろいガキが、一丁前に指図してんじゃねえぞ。ぶっ飛ばされたいのか? ああっ!!」


 拳を握りしめる男の威圧感に、僕は思わず目を瞑る。

 その時だった。


「──そういえば、午後の会議の資料なんだけど……」

「あ、それは既に職員室のデスクに置いてありますよ」


 校舎の角の向こうから、複数の足音と共に教師たちの話し声が近づいてくる気配がした。


 男の顔が、一瞬で苦虫を噛み潰したように歪む。

 問題児である彼らにとって、これ以上の不祥事は致命的だ。


「……チッ、運のいい野郎だ」


 男は僕の胸ぐらを突き放すように離すと、顔を近づけて低く唸った。


「赤狭間とか言ったか? 次はねえからな。……行くぞ」


 捨て台詞を残して、彼らは足早に体育館の影へと消えていった。

 静寂が戻る。

 安全を確認した瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れた。


「…………ふぅ、うう……」


 膝に力が入らない。僕はそのまま、地面にヘナヘナと座り込んでしまった。

 心臓がうるさいくらいに脈打ち、冷や汗が止まらない。


「優也……? 大丈夫、優也!?」

「優也君! しっかりしてください!」


 駆け寄ってきた二人の手が、僕の肩や頬に触れる。

 さっきまで暴力に晒されていたはずの彼女たちは、自分たちのことなど忘れたように、青ざめた顔で僕を見つめていた。


「あ……ごめん、二人とも。……怪我、ない?」

「バカじゃないの!? あんた、あんな奴らに勝てるわけないじゃん! もし何かあったら、あーし、どうすればいいか……」


 美優の声が震えている。彼女の目には、大粒の涙が溜まっていた。

 一方で、真優は震える手で僕の制服の汚れを払おうと必死になっていた。

 その瞳は、いつもの冷静さを失い、激しい後悔と情動に揺れている。


「……救う側になるなど、計算外です。あなたは、私が守るべき対象なのに……。なぜ、そんな無謀な真似を……」


 腰を抜かして情けなく座り込む僕を、二人は左右から抱きしめるように支えた。

 それは感謝というより、二度と放さないと誓うような、重くて切実な抱擁だった。


「……決めた。優也、あーし、もう絶対に一生あんたのそばにいる。嫌だって言っても無駄だから」

「同感です。……あなたの無鉄砲な優しさを管理するには、私の人生すべてを費やす必要があるようです」


 助けたはずの僕だったが、二人の瞳に宿った光は、さっきの先輩たちよりもずっと()()()()()(・」)何かを孕んでいて。


 僕は震える脚のまま、この先もっと逃げ場がなくなる未来を、予感せずにはいられなかった。



 ◇ ◇ ◇



 放課後。

 夕闇が街を朱く染め始める頃、僕はなぜか左右を二人に挟まれる形で、駅前のカフェにいた。


「あー、マジでお腹すいた。撮影とか委員会とか、優也に会うためのエネルギー消費半端ないし」


 美優に甘えるような仕草で袖を引かれ、「糖分補給は脳の活性化と、精神の安定に直結します。優也君、今日は付き合っていただきますよ」と真優に有無を言わさぬ勢いで背中を押され、気づけば注文したパンケーキがテーブルに並んでいた。


「ねえ、優也。あんたさ、高校で初めてあーしたちに会った時、ぶっちゃけどう思った?」


 ストローをくわえながら、美優が計算された上目遣いで覗き込んでくる。


「え? そりゃ……驚いたよ。入学当初から二人とも、ヒロイン扱いだったもん。それに、すごく綺麗な双子の姉妹だなって。僕みたいな地味な奴が関わるのは場違いじゃないかなって……正直、今でも思ってる」


 僕の答えに、二人が同時に視線を伏せた。

 カップの中で氷がカラリと音を立てる。


「……やっぱり、覚えていないのですね。私たちと同じ幼稚園に通っていたことも」


 真優がぽつりと呟いた。

 その声には、冷徹な彼女には似合わない、微かな痛みが混じっていた。


「えっ……同じ幼稚園? ごめん、全然覚えてなくて。僕、年長の途中でバタバタと引っ越したから、その頃の記憶が断片的で……」

「ひっどーい。あーしたち、結構仲が良かったのに。……でも、これなら覚えてるっしょ?」


 美優がカップを置いて、まっすぐに僕の目を見つめた。


「さっき、あんた、あーしたちを助けてくれたでしょ? あの最悪な先輩たちから」

「……あ、ああ。でも、僕はただ腰を抜かしただけで、大したことは……」

「そう、それ。その、無鉄砲なところ。……あーしたち、知ってるんだ。あんたが昔から、そうやって自分の震える足をごまかしながら、誰かの前に立っちゃう男の子だってこと」


 心臓の鼓動が、鐘の音のように早くなる。


「十年前。幼稚園の裏の空き地で、あーしたち、放し飼いの大きな犬に襲われそうになったことがあったんだ。マジで怖くて、明日なんて来ない、ここで食べられちゃうんだって本気で思ってた」


 美優の言葉を引き継ぐように、真優が静かに、けれど熱を帯びた声で続けた。


「その時、自分だって泣きそうな顔をして、それでも私たちの前に立ちふさがった子がいました。折れた木の枝一本を剣みたいに握りしめて、犬を追い払った男の子……その子はすぐに、この街を引っ越してしまった」


 霧がかかっていた記憶の奥底で、何かがパチリと音を立てて繋がった。


「……待って。その事件のことは覚えてる。必死に枝を振り回して、すごく怖かったことも。でも、あの時の女の子たちが……君たちだったなんて」

「そう。あーしたち。あんたが引っ越してから、あーしたちがどれだけ寂しくて、どれだけあんたを……あの初恋を忘れられなかったと思ってるわけ?」


 美優が僕の左腕をぎゅっと抱きしめてくる。

 その体温は驚くほど高く、彼女の必死さが伝わってきた。


「高校の名簿で『赤狭間優也』の名前を見つけた時、あーし、マジで運命だと思った。今度こそ、神様がチャンスくれたんだって」

「私もです。私は、あの時助けていただいた恩を……そして、恐怖の中で差し伸べられたその手のぬくもりを、十年間、一度も忘れたことはありません」


 真優の瞳が、熱を帯びていた。


「幼稚園の時の約束、覚えてますか。『また会おうね』って言いましたよね? 私たちはその言葉を信じて、あなたがいつ戻ってきてもいいように、自分を磨いて待っていたんです。あなたが守るに値する女性になろうと、必死に」


 僕が呆然としている間に、二人の距離がさらに縮まる。

 美優の独占欲に満ちた視線と、真優の執念にも近い深い愛情。


 僕にとっては遠い日の記憶は、彼女たちにとっては十年間、自分たちを形作るための()()だったのだ。


「優也、もうどこにも行かせないから。あーしたちの十年間、全部まとめて責任取ってもらうからね?」


 夕暮れのカフェ。

 甘い香りに包まれながら、僕は自分が背負ってしまった()()という名の重責に、目眩がするのを抑えられなかった。


 僕が呆然としていると、二人は確信犯的な笑みを浮かべた。


「だからさ、優也。あんたが気弱だろうが何だろうが、関係ないの。あーしたち、もうあんたを逃がすつもりないから」

「現代社会において、一度捕捉されたターゲットが逃げ切れる確率はゼロに近い。……覚悟してくださいね、優也君」


 ギャルの美優は、独占欲を隠さずに僕の肩に頭を預ける。

 書記の真優は、眼鏡を外して熱っぽい瞳で僕をじっと見つめる。


「……これ、どうすればいいんだろう」

「あーしを、好きになればいいだけだよ」

「私を、好きになればいいだけです」


 双子の声が重なる。

 高校デビューだと思っていた僕の新しい生活は、実は十年前から引かれていたレールの上だったらしい。


 少し気弱な僕には、この()()()()()()からの猛烈なアプローチを断る術なんて、最初から持ち合わせていなかったのだ。



 ◇ ◇ ◇



「おっはよ、優也! 今日もあーしの隣、空けて待ってたよ?」


 翌朝。

 教室のドアを開けた瞬間、昨日までとは明らかに()()の違う声が僕を襲った。


 自分の席に向かおうとした僕の腕を、美優が躊躇いもなく絡めとる。

 昨日、カフェで十年前の真実を告白されてからというもの、彼女の辞書から遠慮という概念は完全に消滅したらしい。


「さ、坂之下さん……えっと、美優。朝から距離が近すぎるって。ほら、クラスのみんながこっち見てるから……」

「いーじゃん、別に。あーしたちが特別だってこと、今のうちにハッキリさせとかないと。……ね? あーしのヒーローくん!」

「ヒーローなんて、そんな大層なものじゃ……」

「大層だよ! あの日からあーしの王子様は優也だけなんだから。ほら、もっとこっち寄って?」


 僕は、昨日のカフェで二人のことを名前で呼ぶように強要されていた。

 美優は僕の困惑を愉しむように、わざとらしく僕の肩に頭を預けてくる。


 教室内には、男子生徒たちの「嘘だろ……」という絶望に近い溜息と、女子たちの鋭い視線が充満していた。


 針のむしろとはまさにこのことだ。

 そこへ、悪友のタケシが引きつった笑顔で近づいてきた。


「よぉ、赤狭間……。お前、いつの間に坂之下(姉)とそんな超至近距離な仲になったんだ? 昨日の放課後、三人で駅前歩いてるの見た奴がいるぞ」

「あ、いや、タケシ、これはその……色々と事情があって」

「事情ねぇ。その事情、全男子生徒に説明しないと、お前今日のお昼休みにトイレでギルティ宣告されるぞ?」

「ちょ、脅さないでよ……」

「ちょっとアンタ、優也を怖がらせないでくれる? 邪魔なんだけど」


 美優が鋭い眼光でタケシを射抜く。


「うおっ!? すんません女王陛下! 赤狭間、お前本当にお達者でな……」


 タケシが脱兎のごとく逃げ出していく。

 入れ替わるように、冷徹な、しかしどこか焦燥を含んだ声と共に現れたのは、もちろん真優だった。


「……美優。朝から公共の場で節度のない接触は慎みなさい。学園の品位を貶める行為です」

「真優こそ、朝からガミガミうるさーい。今はあーしと優也のラブラブタイム中なんですけど?」

「ラブラブなどと……低俗な。優也君の体調管理は生徒会の……いえ、私の専務事項です。優也君、これ」

「え、これは……?」

「今朝、私が焼いたマドレーヌです。市販のものより糖分を控え、脳の活性化に良いとされる成分を配合しました。さあ、今すぐ一口食べて感想を」


「お、おい赤狭間……。今度は坂之下(妹)の手作りかよ……」


 遠巻きに見ていたクラスメイトの佐藤が、絶望に打ち震えながら膝をついた。


「赤狭間、お前前世でどんな徳を積んだんだよ……。国どころか、地球でも救ったのか?」


「……救ってないと思う、多分」と言って苦笑いした後、視線を真優に戻す。


「あ、ありがとう、真優さ……真優。でも、悪いよ」

「……『さん』が抜けたのは評価に値しますが、遠慮は不要です。あなたが私の管理下で健康かつ優秀に過ごすことが、私の最大の利益なのですから。ほら、あーんしてください」

「あーんって……ここで!? 無理だよ、恥ずかしすぎる!」


 真優は僕の困惑を無視して、マドレーヌを僕の口元に運んでくる。

 その視線はもはや()()()のそれではなく、手に入れた宝物を一点の曇りもなく磨き上げようとする()()()の熱を帯びていた。


 それからの学校生活は、まさに翻弄の連続だった。


 休み時間になれば、美優が「ねえ優也、次の休み時間はあーしと屋上ね。お揃いのアクセ、つけてあげよっか?」と教室の入り口で堂々と宣言し、昼休みになれば真優が「学食の揚げ物は脂質が多すぎます。私の手作り弁当を完食しなさい。……一粒残さず、ですよ?」と僕を生徒会室へ連行する。


「赤狭間、お前の命、今日中に狙われるんじゃないか?」


 通りすがりの友人が憐れみの目で見送っていく。


「笑えないって……助けてよ」

「無理無理。あんな最強姉妹に睨まれたら、俺たちの命がいくつあっても足りねーよ」


 廊下では、女子たちが「あの地味な子が、なんで坂之下姉妹に……」とヒソヒソと囁き、男子からは「爆発しろ」という無言の念が送られてくる。


「……これ、どうすればいいんだろう」


 女王として君臨するギャルの姉と、理性的でありながら執着の深い妹。

 十年前、震える足で振り回した小さな木の枝が、まさかこんなにも巨大で、逃げ場のない()()()になって戻ってくるとは思いもしなかった。


「ちょっと真優! 今日の放課後はあーしが優也とプリ撮りに行くって決めてたんだけど!」

「無計画な娯楽より、英語の長文読解の方が優先順位は上です。優也君、私についてきなさい」

「……えっと」

「ねえ、優也。どっちがいいの!?」」

「ねえ、優也君。どっちがいいんですか!?」


 教室の真ん中で、二人の女王が僕の手を左右から引き合う。


 少し気弱な僕の、平和だったはずの日常──。

 それは彼女たちの重すぎる愛という名のレールの上で、加速しながら、もう二度と止まらない場所へと向かっていた。


 おしまい



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけたなら★やいいねで応援していただけると嬉しいです。


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