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可能性

肺が焼けるように痛い。


 視界が揺れる。


 それでも――倒れない。


「……はぁ、っ……!」


 目の前の魔物はまだ健在だ。


 さっきの一撃で怯んだが、完全には倒れていない。


 低く唸りながら、こちらの様子をうかがっている。


「止まらないのね」


 背後から、少女の声。


「いいわ。そのまま続けなさい」


「……分かってる」


 短く返す。


 息を整える。


 さっき、確かに“出た”。


 ほんの小さな火。


 でも、ゼロじゃなかった。


「……そこにある」


 呟く。


 焚き火を思い出す。


 熱、光、揺らめき。


 魔物が動く。


 来る。


「――ッ!」


 手を突き出す。


 今度は、迷わない。


 その瞬間。


 さっきよりもはっきりと、炎が灯った。


「……っ!」


 指先に生まれた火が、揺れる。


 小さい。でも確かに“ある”。


「行きなさい」


 少女の声。


 フィルスは踏み込む。


 迫ってくる魔物に向かって、炎を放つ。


 火は弧を描いて飛び――直撃した。


「ギャッ――!」


 魔物が悲鳴を上げる。


 ひるんだ。


「今よ」


「……!」


 迷わず距離を詰める。


 剣を握る手が震えている。


 それでも――振り下ろす。


「うおおおおッ!!」


 何度も、何度も。


 刃が肉に食い込み、骨に当たる。


 やがて、魔物は動かなくなった。


「……は……」


 その場に崩れ落ちる。


 全身の力が抜ける。


「……勝った……」


 呟く。


 自分でも信じられなかった。


 だが確かに、倒した。


「……変ね」


 すぐ後ろから、少女の声が落ちてきた。


「は……?」


 顔を上げると、少女がこちらをじっと見ていた。


 さっきまでとは違う、少しだけ鋭い視線。


「あなた、本当に魔術使えないのよね?」


「……一回も成功したことない」


「それなのに、今のは何」


「いや、分かんねえよ……」


 ただ言われた通りにやっただけだ。


 火を思い浮かべて、“そこにある”と思った。


 それだけ。


「……おかしいわね」


 少女は小さく呟く。


 そして、少し考えるように目を細めた。


「……なるほど」


「何か分かったのか?」


「たぶん、あなた」


 少女はフィルスをまっすぐ見て言った。


「魔術が使えないんじゃないわ」


「……は?」


「使う必要がなかっただけ」


 意味が分からない。


「どういうことだよ」


「魔術はね」


 少女は腕を組む。


「自分の中にある魔力を使って、無理やり現象を起こす技術なの」


「……魔力」


「でもあなた、それがない」


「……ああ」


 だからこそ、ここまで何もできなかった。


「普通はそこで終わり。でも――」


 少女は一歩近づく。


「今あなたがやったのは、魔術じゃない」


「……じゃあ何なんだ」


 少女は、ほんのわずかに間を置いてから言った。


「魔法よ」


 その言葉に、息が止まる。


「……俺が?」


「ええ」


 あっさりと頷く。


「魔法は自分の魔力なんて使わない」


「じゃあ何を使うんだ」


「世界に溢れてるマナ」


 初めて聞く言葉だった。


「空気みたいなものよ。どこにでもあるし、誰のものでもない」


「……そんなの、使えるのか?」


「普通は無理」


 即答だった。


「だから魔術なんてものがあるの」


「……でも俺は使えた」


「そうね」


 少女は少しだけ目を細める。


「たぶんあなた、そっちに適性があるのよ」


「適性……」


「自分の中には何もない。でも外とは繋がれる」


 淡々とした分析。


「だから魔術は使えない。でも魔法なら――」


 そこで言葉を切る。


 そして、少しだけ表情を曇らせた。


「……使える可能性がある」


「本当に?」


「断定はしないわ」


 すぐにいつもの調子に戻る。


「でも、さっきのは偶然じゃない」


 確かに、あの火は“出た”。


 今まで一度もできなかったのに。


「……じゃあ俺」


 言いかける。


 だが少女は、それを遮った。


「勘違いしないで」


 ぴしゃりと言う。


「使えるかもしれないってだけで、使いこなせるとは言ってない」


「……ああ」


「それに」


 少しだけ、声が低くなる。


「人前で使うのはやめなさい」


「……なんで」


 少女の視線が、わずかに鋭くなる。


「目立つからよ」


 それだけじゃないのは、分かった。


「魔法は嫌われてる」


 静かに言う。


「理解できないものは、怖いものだから」


「……」


「見つかれば、面倒なことになるわ」


 短く言い切る。


 それ以上は語らない。


「……分かった」


 頷くしかなかった。


 少女はそれを確認すると、背を向ける。


「ほら、立ちなさい」


「……今すぐかよ」


「ここで寝るつもり?」


 振り返りもせずに言う。


「動けないなら、そのまま死ぬだけよ」


 相変わらず容赦がない。


 それでも――


「……行く」


 フィルスは立ち上がる。


 身体は重い。


 でも、さっきまでとは違った。


 何もできなかった自分が、


 ほんの少しだけ、“できる側”に近づいた気がする。


「……なあ」


 歩きながら、声をかける。


「名前、聞いてもいいか」


 少女の足が、ほんの一瞬だけ止まった。


「……必要ないわ」


 それだけ言って、また歩き出す。


「そういうのは、もっとマシになってからにしなさい」


「……厳しいな」


「当然でしょう」


 少しだけ、声が柔らいだ気がした。


「今のあなたに、名乗る価値なんてないもの」


 ひどい言い方なのに――


 なぜか、少しだけ納得してしまった。


 フィルスは苦笑しながら、その背中を追った。

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