第1話 出発前にダンジョンに潜ろう〜経験値を感じたい〜
あの時、私は両親に奪われた。いや、両親は奪ったつもりだっただけだ。私は得たのだ、そう、あの時に。
――――
ああ、なんだ。やけに身体が痛む。
あたりは燃えている。視界が左半分ない。
左腕の感覚がない。右足の感覚もない。
ああ、そうか、アレか。あの悪魔か。
参ったな、でもなんで私がこんなところに?
両親はどこだ? 欠けた視界のどこにもその影はない。
そういえば悪魔は笑っていたな。
私の目をえぐり、手足をねじ切り、皮膚を焼いて。
考えても仕方ないか。どうせこのまま死ぬだろう。
両親は私を悪魔に差し出し、手足と目を奪った。
でも、なぜだ? なぜこんなにも私は落ち着いている?
なぜ、悲しくも腹立たしくもない?
ぼやけた視界に写る私の右手はあまりに小さい。
なぜ、泣き叫ばない? なぜ、誰の名も呼ばない?
分からない。ただ、ただ無に等しい感情がよぎる。
分からないが、考えたくもないか。
――――
「はっ……」
目覚めたのは見知った天井。朝日が窓から差し込んでいる。
「夢か」
過去の夢だ。そうかまたあの夢か。
あの悪夢の様な現実は未だに私に悪夢を見せるようだ。
そんな過去を思い出しても意味などないのに。
「嫌なものね」
額の汗を血の通わない手で拭う。起きるとしよう。寝覚めが悪いとも言っていられない。
今日は王立学園の入学式に間に合うようこの田舎の屋敷から王都まで出なくてはならない。
――ガシャッ
ベッドから降りると義足の音がする。今日も異音はない。魔法機械油は後で義手と一緒に差しておこう。
――コンコンコン
「誰?」
「アヤでございます。朝のご準備を」
「入って」
ドアを開けてメイドのアヤが入ってきた。朝の支度など一人でやれるつもりだがメイドの仕事を奪う訳にもいかないので昔からこうだ。
「アリーシャ様、王立学園へのご入学、おめでとうございます」
「……祝いの言葉をくれたのはアヤだけよ」
「お嬢様……」
王立学園への入学は急遽決まったことだ。大方、世間の目を気にした両親が入学するように仕向けたのだろう。
ちょっと前までは私をいないものとして扱ってきただけあって手紙でだけのやりとり、しかも一言二言で終わりの手紙だ。
その内容も「家の恥になるな」「高位貴族の男子と親しくなれ」といったものである。
「長らく会ったこともない両親から祝いの言葉なんてもらっても仕方ないけどね」
「……」
「ごめんなさい。アヤに言ってもどうしようもないわ」
ついついこんな言葉が出てしまった。言っても仕方ないなら言わないほうがいいのだけど。
まあでも何かは言いたくなる。王立学園への入学も将来の婿探し……望みは薄くともやっておきたいというところだろう。後は社交界の繋がり作りか。
私のようなツギハギ人間など誰も欲しくはないだろう。顔だって片目はないし体には火傷の跡もある。鏡に写った私は色んな物が欠けている。
「終わりました。馬車の手配が遅れておりますので出発は夜間になるかもしれません」
「分かった。アヤ、下がっていいわ」
「はい。では後ほど」
アヤが下がった部屋で私はまた鏡に向き直る。やはり私は欠けている。きっと肉体だけでなく心のどこかしらも欠けているだろう。家族も友人も、そういう人はいないも同然だ。
あの大怪我から生き延びた私は化け物の生まれ変わりだと気味悪がられた。
だからこんな田舎の屋敷に幽閉されているも同然なのに今度は両親の都合で王立学園に行くわけなんだから酷いものだ。
今日の馬車だって人目につかないようにするためにわざと遅らせているのだろう。
そんな両親に昔は少しくらい腹も立ったが今では何も感じない。ただのスポンサーだ。
「さて、義肢の手入れをしないと」
部屋の一角にある作業台に向かい、まずは着けている義手を肩の接続部から外してメンテナンス用義手を着けてから手入れを始める。
「外装を外して……うん、綺麗ね。これは最後に軽く拭けばいいいわ。さて内部は」
ダンジョンで採れたミスリル銀を加工した骨格をルーペを使いながら細かく見ていく。
内部構造は色々と仕込んであるからしっかり見ないと不調が出るし肘や指先の関節の動きも念のため確認する。
「刻んだ魔法回路も異常はないようね」
特段の異常がないことを確認し、外装を布で磨いてから着け直せば元通りだ。何も異常がない、これが一番いい。
「さて、次は義足ね」
スカートをまくり上げ、足の付け根から義足を外す。あの悪魔がかなりごっそりと持っていってくれたせいで腕も足も付け外しが大変だ。
確認することは義手と大体同じなのでそこまで時間はかからない。あっという間に完了だ。
「……しばらくここには戻れないか。最後にあそこで鍛錬しておこう」
屋敷からちょっと行ったところに普段秘密で使っているダンジョンがある。そこで軽く動けばこのモヤモヤとした気分もマシになるだろう。
――ダンジョン前
「さて……」
ダンジョン入り口、ここはいつも通りに誰もいない。王国や冒険者ギルドの管轄外ダンジョンだ。普通なら衛兵の類がいるが管理されていないダンジョンはこうなる。
差し詰め旨味のなくなったダンジョンなのだろう。魔物は出るが宝は出ない、といった具合に。
「妙ね」
しかし今日は様子が少し違う。入り口にまだ新し目の足跡があるのだ。こんなダンジョンに何用か分からないな。肩慣らしの邪魔にならないことを願おう。
――ザッザッ……
「やっぱりいいわね、ダンジョンは」
幾度となく訪れたダンジョンだがこの空気はいい。適度な緊張が心地よい。
……と?
「やっ!」
――ギギィッ!
ゴブリンが不意打ちを仕掛けてきた。まあ見え見えだから斬り伏せたけど。経験値的に美味しくない雑魚魔物だ。デュラハンくらいじゃないと経験値を感じられない。
「レベルが上がった気がしないわね。まあどうでもいいわ。王立学園に行けば分かることだし」
私はそんな数値が欲しい訳じゃなくてただただ経験値を感じると生きている感じがするから、私が何かであるような気がするから経験値を稼いでいるだけだ。
「先に進もう」
奥に行けば強い魔物が出てくる。そこなら経験値は美味しい。少し急ぎ足で向かおう。今日は時間がない。
「うーん、まだここではイマイチね」
ダンジョンを足早に潜り、50階層ほどまで来た。ここまで30分くらいだ。何回も来ていればいくら構造がランダムに変わるとはいえ覚えもする。
ここまで来るのにデュラハンやイビルベア、ジャイアントスライム、ライトニングファルコン、シルバーウルフ、デスワームなんかも出てきたがどれも歯ごたえがなく経験値も美味しくない。
「50階層のボスが当たりであることを願うわ」
このダンジョンは10階ごとにボス部屋がある。正直なところ50階層までは全く経験値が美味しくない。この階層のボス部屋からようやくマトモな魔物が出てくる確率があるのだ。
「レイジングドラゴンとかが出てくれたら嬉しいけど100階層でもあまり出ないし、せめてカオスファントムあたりが欲しいわね」
そんなことを考えながら何やら大量に湧いてくるビッグパイソンを切り捨てていく。妙な増殖だ。
「そういえばまだ新しい魔物の死体もあったわね。入り口にあったあの足跡の主かもしれない、となるとボス部屋は先に取られているのかしら」
ダンジョンのボスは早いもの勝ちになるだろう。こんな田舎の捨てられたダンジョンでボスの取り合いになるなんて思いもしなかったが仕方ない。
……と?
――ドォォォォォン!!
轟音がボス部屋の方から聞こえてきた。
一体何が起きている? ボス部屋の入り口に行ってみると崩れた扉の近くに上等そうな鎧とマントを身に着けた王国騎士のエリートらしき人物が打ちつけられて倒れていた。




