第3話 歪められない真実
『コズミック・クロニクル』のゲラを、科野は自宅の書斎で睨みつけていた。
無数に入れられた赤字。彼が記した「不連続な発現」や「余剰次元」といった言葉を塗りつぶすように、『戦慄の打音』『霊の警告』といった扇情的な修飾語が並んでいる。
デスクの電話が鳴った。佐藤からだ。
「科野さん、もっと煽りを入れないと。明神蓮華先生の霊視とリンクさせれば今月号の目玉ですよ」
科野は受話器を握る手に力を込めた。
「佐藤、これは娯楽の怪談ではない。藤代教授と検証した事実の記録だ」
「でもね、事実は地味なんです。読者は音にどんな意味があるのかを求めている」
「その意味を勝手に捏造するのが君たちの仕事か?」
科野の声は冷徹だった。
「事実を安直な心霊現象というゴミ箱に放り込む行為が、どれほど科学の進歩を停滞させているか考えたことはあるか。分からないものを、分からないままに留める謙虚さこそが真理への唯一の道なんだ」
「……科野さん、真面目すぎる。もっと柔軟に……」
「修正はすべて破棄しろ。書いた通りに載せないなら、掲載は取り下げる」
科野は一方的に電話を切った。
自分の原稿に目を落とす。そこには三次元の殻の外側から届いた、澄んだ音の記憶がある。一時の売上のためにそれを汚すことは、あの音への裏切りに思えた。
後日、科野は国立宇宙物理研究所を訪ねた。
「記事はボツだ、先生。彼らが欲しいのは事実ではなく、安心できる嘘だった」
藤代は計算機を置くと、口角を上げた。
「真理は常に大衆の望む形とはかけ離れている。君が記事を曲げなかったおかげで、我々の観測は純粋なままだ」
藤代はノートを取り出した。そこには独自の新しい数式が並ぶ。
「現存の科学では証明できないが、あの音の分布を逆算すれば、空間は多層的である必要がある。我々は今、殻の内側で外側の住人が立てる物音を書き留めている段階だ」
「密かな共謀、ですね」
科野の言葉に、藤代は深く頷いた。
科学がこの殻を破る日はまだ遠い。人類は大自然のカラクリの表皮さえ剥がせていないのだ。
しかし、自らの無知を認め、謙虚に事実を見つめ続ける者がいる限り、その日は必ず来る。
「先生、私は書き続けます。ホラーという器を借りてでも、その奥に潜む正体を、いつか誰かが理解するための手がかりとして」
藤代は、窓の外に広がる深い夜空を見上げた。
「期待しているよ、作家。殻の外側は、案外、我々が思うよりもずっと賑やかなのかもしれない」




