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第2話 不連続な再現

藤代拓海の教授室は、国立宇宙物理研究所の最上階にありながら、研究室というよりは精密機械の墓場のようだった。


壁面を埋め尽くす電子計測器と、複雑に絡み合うケーブルの束。


その中心に、異端の物理学者はいた。


科野は、あの墓地での体験を、脚色を排して克明に語った。


藤代は時折、鋭い眼光を走らせて数値をメモするだけで、否定も肯定もしなかった。


「……なるほど。まず我々がすべきは、現存の科学でその『カン、カン』という音を再現できるかどうかの検証だ」


藤代は、大型の蓄電ユニットに繋がれた放電装置を起動させた。


「春の陽気、適度な湿度、そして音の不連続性。電気的な現象……例えば局所的な落雷のようなエネルギーの解放であれば、理論上は似た現象が起きる可能性がある」


バシッ、バシッ。


装置から青白い火花が飛び、鼓膜を突くような鋭い音が響いた。


しかし、それは科野が聴いた音とは似ても似つかぬものだった。


「違う。それは短絡ショートの音だ。私が聴いたのは、もっと乾いた、空間そのものが打たれるような音だった」


藤代は何度か出力を調整し、環境をあの日へ近づけようと試みたが、結局、あの「カン、カン」という澄んだ打音を再現することはできなかった。


春の穏やかな大気は、荒々しい電気火花を受け入れる器にはなり得なかった。


「実験的な再現は不可能か」


藤代は装置の電源を落とし、ホワイトボードに向かった。


「では、思考実験に移ろう。科野さん、君が聴いた不連続な音の跳躍。もしそれが我々の住む三次元の外部……余剰次元からの干渉だとしたらどうだ?」


藤代のペンが、空間の断面図を描き出す。


「我々の三次元を一枚の紙だとすれば、その紙の上にいない存在が、上からペン先で紙を叩いている。紙の上の住人には、音が突然現れ、また別の場所に突然現れたように見える。余剰次元から我々の世界へ音を伝達する手段――その可能性は計算上は否定できない」


しかし、藤代はペンを置いた。


「だが、それを今の計測技術で確かめる方法は、現時点では存在しない。数式の上では見えていても、実証する手立てがないんだ」


藤代の言葉は、最先端の科学が突き当たっている壁の厚さを物語っていた。


科野にとって、それは到底及びもつかない領域の話だったが、彼の信念が揺らぐことはなかった。


「方法が見つかっていないだけで、答えは必ずある。そうでしょう、先生」


科野は静かに、だが断固として言った。


「結果には必ず原因がある。それがこの世界の道理だ」


科野は教授室を辞し、夕暮れのキャンパスを歩きながら自らの思考を整理していた。


我々人類は、この大自然の正体と、そこで起きる現象のカラクリを何一つ理解していない。


未知の現象を前にした時、人は恐怖に逃げるか、傲慢に否定するかのどちらかだ。


しかし、真に知的な態度とは、常に謙虚であり、自らの無知を認めることではないか。


一方で、科野は一人の作家として、怪談や民話といった創作文化を深く尊重していた。


それは人間が未知の恐怖を物語という形にして、共存しようとしてきた知恵の歴史でもある。


ホラーはあくまで娯楽であり、豊かな文化の一端だ。


だが、残念な事実も存在する。


ホラーを商業的な成功のために利用し、未知を安直な霊現象として消費する風潮だ。


それが結果として、人々の探究心を削ぎ、科学の健全な進歩を停滞させている側面は否定できない。


ホラーは楽しむべき文化である。

しかし、もしそこに「事実」が含まれているのであれば。


それは決して呪いや祟りなどではなく、必ずやこの自然界の正体と地続きの現象であることを、忘れてはならない。


空には、まだ名前も付けられていないような星が、三次元の殻の向こう側から微かに光を届けていた。

 

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