第99話 開拓団の内情
夜の焚き火は、弱々しかった。
燃料を節約しているわけではない。
燃やす気力が、なかった。
エドガーは焚き火の端に腰を下ろし、膝を抱えていた。
土の匂い、汗の匂い、薬草の苦い匂い。
そして――病の匂い。
周囲には、呻き声が点在している。
咳き込む音。
関節を押さえて唸る声。
熱に浮かされた寝言。
この開拓団の大半は、もう「労働力」と呼べる状態ではなかった。
(……ひどい有様だ)
そう思っても、口には出せない。
ここでは、感想は不要だった。
必要なのは「使えるか」「捨てるか」。
それだけだ。
「――全員、聞け」
低く、よく通る声がした。
焚き火の向こうから、一人の男が歩み出る。
ガイウス。
この開拓団の主であり、
奴隷主であり、
そして――かつては冒険者だった男。
鍛えられた体躯は衰えていない。
だが、左脚をわずかに引きずっている。
それが、彼の“過去”だった。
「予定を変更する」
ガイウスは、淡々と言った。
「当初の開拓地は見送る」
ざわり、と空気が揺れる。
「この森は、思った以上に“面倒”だ」
その言葉に、エドガーの胸が少しだけ締めつけられた。
(……面倒、か)
森を見た時、エドガーは思った。
――豊かだ、と。
だが、ガイウスの目には違ったものが映っている。
「だがな」
ガイウスは続ける。
「面倒ということは、裏を返せば“手つかず”ということだ」
「魔物がいる? 関係ない」
「魔物に権利はない」
その言葉を聞いた瞬間、
エドガーは無意識に拳を握っていた。
(……昔のあんたは)
(そんな言い方、しなかった)
エドガーの脳裏に、過去がよぎる。
冒険者時代のガイウス。
前に立ち、後ろを気にかけ、
仲間の失敗を叱るより先に庇った男。
『命あっての冒険だろ』
そう笑っていた姿。
(……あの人は、どこに行った)
「問題はだ」
ガイウスは、焚き火を見下ろしながら言った。
「こいつらだ」
彼の視線が向いた先には、
地面に横たわる奴隷たちがいた。
包帯を巻いた者。
高熱で震える者。
老人。
「正直、邪魔だ」
はっきりと言い切る。
「開拓は体力勝負だ」
「使えない奴は、連れているだけで足手まといになる」
誰かが、息を呑む音がした。
だが、誰も反論しない。
反論できない。
「だから、ここで“整理”する」
ガイウスの声は冷静だった。
「病人、怪我人、年寄り」
「こいつらは、ここで使い切る」
「開拓の名目でな」
エドガーの喉が、ひくりと鳴る。
(……使い切る)
それは、つまり――
死ぬまで働かせるという意味だ。
エドガーは、思わず口を開いた。
「……ガイウスさん」
声が震えた。
場の視線が、一斉に集まる。
「……彼らは、もう……」
最後まで言えなかった。
ガイウスは、静かにエドガーを見る。
その目には、怒りも驚きもなかった。
ただ、計算があった。
「エドガー」
名前を呼ばれただけで、背筋が伸びる。
「お前は、甘い」
その一言は、刃のようだった。
「だから、借金を作る」
「だから、落ちる」
エドガーは、何も言い返せない。
事実だからだ。
ギャンブル。
焦り。
失敗。
そして、奴隷落ち。
――その時、彼を買ったのがガイウスだった。
「だがな」
ガイウスは続ける。
「俺は、お前を買った」
「使えると思ったからだ」
エドガーは、顔を上げる。
「昔を知っているからだろう?」
そう言いかけて、飲み込んだ。
ガイウスは、淡々と告げる。
「情じゃない」
「投資だ」
その言葉が、胸に深く突き刺さった。
(……それでも)
(それでも、俺は)
(あんたを、信じたい)
エドガーは、心の中で呟く。
この人は、完全に壊れたわけじゃない。
きっと、どこかに――
あの頃のガイウスが残っている。
そう信じたかった。
だからこそ、余計に苦しい。
「明日」
ガイウスは、会議を締めくくる。
「森の入口まで進む」
「話が通じる魔物がいるらしい」
「なら、一度くらい“人間ごっこ”に付き合ってやる」
冷たい笑み。
「価値があるかどうか、見極めてやる」
焚き火が、ぱちりと音を立てた。
エドガーは、その音を聞きながら思う。
(……頼む)
(まだ、戻れるだろ)
(あんたは、そんな人間じゃなかった)
だが同時に、別の予感もあった。
この森で、
何かが決定的に変わる。
――良くも、悪くも。
エドガーは、その夜、眠れなかった。




