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第97話 子供の動き

 朝の村は、にぎやかだった。

 かつての静かな森の集落とは違う。

 木々の間に石造りの家が並び、

 通りには人の背丈ほどの石垣と柵が連なっている。

 その中心に――子どもたちがいた。

 ゴブリンの子。

 オークの子。

 コボルトの子。

 種族は違っても、混ざり合い、追いかけ合い、笑い声を上げている。

 ヒトシは少し離れた場所から、その様子を眺めていた。

(……増えたな)

 数だけではない。

 動きが違う。

 子どもとは思えない身のこなし。

 転んでもすぐに立ち上がり、

 仲間同士で声を掛け合い、自然に役割分担をしている。

(俺たちが必死で身につけたことを)

(最初から持っている……)

 胸の奥に、わずかな戸惑いと、

 それ以上の安堵が広がった。

 ゴブリンの子どもたちは、木片を積み上げて何かを作っていた。

「そこ、支えが弱いよ」

「じゃあ、こっちから組もう」

 言葉が、はっきりしている。

 しかも、指示ではない。相談だ。

 コボルトの子が周囲を走り回り、地面を嗅いでいる。

「ここ、ぬかるむ!」

「じゃあ石、置こう!」

 危険の察知と共有が早い。

 オークの子どもたちは力任せかと思えば、そうでもない。

 二人で石を持ち上げ、

 一人が位置を調整し、

 一人が周囲を確認する。

(……完全に)

(“群れ”の動きだ)

 適応進化は、個体だけに作用していなかった。

 世代そのものを変えている。

「王」

 ヨークが、ヒトシの隣に立った。

 いつもの陽気な調子だが、声は少し低い。

「どう思います?」

「正直に言うぞ」

 ヒトシは、目を離さずに答えた。

「俺たちより、優れている」

 ヨークは、少し笑った。

「ですよね」

 そのときだった。

 子どもたちの輪の中で、一際目立つ影があった。

 ――オークの子。

 まだ幼い。

 だが、体つきが明らかに違う。

 肩幅が広く、

 脚が太く、

 動きに無駄がない。

 ゴブリンの子が投げた木の棒を、

 反射的に掴み、

 そのまま地面に突き立てた。

 力任せではない。

 判断が早い。

 ヒトシは、思わず口にした。

「……なあ、あの子供オークって」

 ヨークが、胸を張る。

「俺の子なんです」

 ヒトシは、思考が一瞬止まった。

「……はぁ!?」

「そこにも驚いたが」

 視線を戻し、続ける。

「一人だけ、動きが違う」

「身体能力が高い」

「それに……」

 ヒトシは言葉を選ぶ。

「身体が、出来上がりすぎている」

 ヨークは、頭を掻いた。

「自覚はあります」

「生まれた時から、重かったんで」

「抱っこするの、きつかったです」

 冗談めかした口調だが、目は真剣だった。

 その子供オークは、転んだゴブリンの子を見つけると、

 すぐに手を差し伸べた。

「大丈夫か?」

 声はまだ幼い。

 だが、迷いがない。

 ゴブリンの子が頷くと、

 周囲を一瞥し、遊びを再開する。

(……状況判断)

(危険確認)

(仲間優先)

 どれも、後天的に身につけるものだ。

 だが、この子は――

 最初から、そう動いている。

 ヒトシは、静かに理解した。

(この世代は)

(適応進化を“受けた”世代じゃない)

(“前提”として生きている)

 サラが、子どもたちを見ながら言った。

「……末恐ろしいわね」

「でも」

 少し微笑む。

「頼もしい」

 メイは、目を輝かせている。

「研究対象としては最高ですけど」

「今は」

「ただ、見ていたいですね」

 グルマが腕を組む。

「道具の使い方も」

「教える前に、真似しやがる」

「……楽できるな」

 グルナは、子どもたちの輪の中に目をやる。

「この村は」

「次の世代で、完成するのかもしれません」

 ヒトシは、深く息を吸った。

(守るべきものが)

(また一つ、増えた)

 だが、不思議と重くはない。

 この子たちは、

 守られるだけの存在ではない。

 共に生き、

 共に支え、

 いずれは――

 村を引き継ぐ存在だ。

 ヒトシは、ヨークに言った。

「あの子」

「いずれ、前に出る」

 ヨークは、少し照れたように笑う。

「でしょうね」

「俺より、よほど真面目ですし」

 子どもたちの笑い声が、村に広がる。

 それは、

 戦争を越え、

 破壊を越え、

 なお続く――

 未来の音だった。

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