第91話 森と山、二つの再生
森は、まだ傷だらけだった。
折れた木々。
焼け焦げた地面。
崩れた柵と、形を失った家々。
スタンピートが通り過ぎた痕跡は、容赦なく残っている。
それでも――
森は生きていた。
ゴブリンたちは瓦礫を運び、
コボルトたちは倒木を切り分け、
オークたちは土を均し、基礎を作る。
誰も声を荒げない。
誰も命令を待たない。
やるべきことを、やっている。
(……強くなったな)
ヒトシは、少し離れた場所からその光景を眺めていた。
数は減った。
仲間も失った。
それでも、
残った者たちは、確実に前を向いている。
適応進化の影響か。
それとも、戦争を越えた経験か。
どちらにせよ、
もう「ただの魔物の群れ」ではない。
一方で。
森の外――
山岳地帯では、別の変化が進んでいた。
切り立つ岩壁。
狭い進入口。
見下ろせる高所。
ロックリザードたちが、岩肌を削り、
ロックオーガたちが巨大な岩を動かす。
木は少ないが、
石と高さは、腐るほどある。
「……まったく」
グルマが、腕を組んでぼやいた。
「工房を移すのは最後にしてぇって言っただろ」
「分かってるって」
ヨークが肩をすくめる。
「だから、ここは“全部”じゃねぇ」
「森が本拠」
「山は――」
「逃げ道であり、牙だ」
グルマは鼻を鳴らした。
「難しい言い方しやがって」
「要は、離れたくねぇんだろ」
「……うるせぇ」
ヨークは照れ隠しに笑った。
ヒトシは、そのやり取りを聞きながら、山を見渡す。
(森と街)
(森と山)
どちらを優先するか。
答えは、すでに出ていた。
「……まずは」
ヒトシは、静かに言った。
「森と山を繋ぐ」
「交易路だ」
ヨークが即座に頷く。
「だよな」
「街はまだ遠い」
「でも山は、半日」
「グルマとも、そう離れない」
ロックリザードの一体が、尻尾を揺らす。
「我々が整備します」
「岩場なら、得意です」
ロックオーガも低く唸る。
「守る」
「壊すのも、作るのも」
「どっちもできる」
(……頼もしい)
ヒトシは、内心でそう思った。
新参だが、
役割がはっきりしている。
それが、この群れの強みだった。
森では、復興が続く。
仮設の住居。
簡易の柵。
食糧の備蓄。
完璧ではない。
だが、次に備える形にはなっている。
そして山では。
洞窟を広げ、
倉庫を掘り、
見張り台を作る。
戦うためではない。
逃げるためでもある。
「……皮肉だな」
ヒトシは呟く。
「生き残るために」
「逃げ道を、最初に作るとは」
メイが、隣で答える。
「でも」
「だからこそ、生き残れるんですよ」
「次は」
「もっと多くを守れます」
ヒトシは、ゆっくり頷いた。
森と山。
二つの拠点は、まだ未完成だ。
だが、方向は定まった。
森は、暮らす場所。
山は、守る場所。
どちらかが失われても、
もう一方が残る。
(……失わないための選択だ)
ヒトシは、空を見上げる。
雲が流れ、
山影が伸びる。
戦争は終わった。
だが、世界は終わらない。
次に来るものが、
何であれ――
この群れは、
もう立ち止まらない。
森と山。
二つの再生は、
静かに、しかし確実に進んでいた。




