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第90話 岩の上に立つという選択  

 山の空気は、森とはまるで違った。

 湿り気はなく、風は冷たく、音が遠い。

 足元に広がるのは土ではなく岩肌で、踏み出す一歩一歩が確かな重みを返してくる。

「……なるほどな」

 ヒトシは、思わずそう呟いていた。

 目の前に広がる山岳地帯は、まさしく天然の要塞だった。

 切り立った崖。

 限られた進入路。

 見晴らしの良さ。

 防ぐために“作る”必要がない。

 最初から防ぐ形をしている土地だ。

「ここなら……スタンピートが来ても、一気に押し潰されることはない」

 ヒトシの言葉に、隣で腕を組んでいたヨークが頷いた。

「だな。森は広いが、守るには広すぎる。

 ここは逆だ。少数でも、知恵があれば持ちこたえられる」

 岩壁の上から下を見下ろし、ヨークは口角を上げる。

「それに、よ。

 森と街の間に立つより、森と山を繋ぐ方が今は正しい」

「交易路の話か?」

「おう。

 グルマと離れるのは正直さみぃがな。

 だからこそ、森と山の行き来を楽にする。

 それが一番だ」

 その名を出された途端、少し後ろを歩いていたグルマが大きくため息をついた。

「……なぁ、王よ」

「どうした?」

「工房の移動は最後にしてぇ。

 いや、文句じゃねぇぞ? ただよ……」

 グルマは岩に腰を下ろし、空を仰ぐ。

「俺ぁ、作ってる時間が一番落ち着くんだ。

 場所が変わるってのは、案外きつい」

 それは、珍しく素直な弱音だった。

 ヒトシはすぐに答えを出さなかった。

 代わりに、周囲を見渡す。

 ここに今あるのは、岩と風と空だけだ。

 生活の匂いは、まだ何一つない。

「……分かってる」

 ヒトシは、静かに言った。

「だからここは、最初から工房を置く場所じゃない」

 グルマが顔を上げる。

「避難。備蓄。

 そして、最悪の時に“残す場所”だ」

 その言葉に、グルマはゆっくりと息を吐いた。

「……なるほどな。

 逃げ場じゃなく、守る芯か」

「そうだ」

 ヒトシは頷いた。

「やはり工房は森に残す。

 人が集まり、手が行き交う場所だからな」

 その判断に、ヨークが満足そうに笑った。

「さすがだな。

 全部を一箇所に集めりゃ強いと思いがちだが、

 分けて生き残るって発想ができるのは王の器だ」

「買い被るな」

 ヒトシは肩をすくめた。

「俺はただ、全部失う選択を避けてるだけだ」

「それなら、案内しますよ」

 そう言って前に出たのは、ロックリザードだ。

「この辺り一帯は、元々我々の縄張りでした。

 ……いえ、今後は“共通の地”ですね」

 ヒトシは地面に腰を下ろし、簡易的な地図を広げる。

「ここを第二拠点とする。

 最初にやるべきは三つだ」

 一つ、指を立てる。

「防衛。

 進入路の把握と遮断」

 二つ目。

「備蓄。

 食糧と水、最低限の道具」

 三つ目。

「連絡。

 森との往復が滞らない道を作る」

 それを聞いて、ロックリザードがすぐに答えた。

「進入路は三つだけです。

 二つは崖沿い、一つは谷を通ります」

「なら谷を主防衛線にする」

 ヒトシは即断した。

「崖は崩せる。

 人為的に、だ」

 ヨークがその肩を叩く。

「今日は冗談抜きだな」

「当たり前だ」

【適応進化が反応】

【新拠点の構築を確認】

【王の命令を基軸とした行動最適化を開始】

【役割分担・長期防衛に適応】

 そのアナウンスを聞いた時、ヒトシは確信した。

 ――ここは、正しい。

 森だけでは足りない。

 街だけでも足りない。

 逃げずに立てる場所が、必要だった。

 風が吹き抜ける。

 岩の上に、影が伸びる。

「ここからだな」

 ヒトシは、そう呟いた。

 第二拠点は、まだ何もない。

 だが――

 何も失わずに残すための場所として、

 確かに、ここに根を下ろし始めていた。

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