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第89話 第二の地

 復興は、静かに進んでいた。

 壊れた柵は仮設のまま。

 倒れた建物は最低限の修繕だけ。

 誰もが口には出さないが、分かっている。

 ――また、来るかもしれない。

 スタンピートは去った。

 だが、あれが「一度きり」だと断言できる者はいない。

 ヒトシは村の端に立ち、森の奥を見つめていた。

(守れたものは、確かにある)

(だが……)

(次も、同じとは限らない)

 そんな沈黙を破ったのは、ヨークだった。

「なあ、王」

 いつもの軽い調子だが、今日は声が落ち着いている。

「今回のスタンピートでよ」

「山岳地帯と森の魔物が、ほぼ一度に動いただろ?」

 ヒトシは頷く。

「あれってさ」

「見方を変えりゃ、全部が一度リセットされたってことじゃねえか?」

 その言葉に、周囲の者が顔を上げる。

「広い土地が、空いた」

「魔物も、減った」

「今なら――」

 ヨークは、はっきりと言った。

「縄張りを広げるチャンスだ」

 一瞬、空気が張り詰めた。

 それは希望であり、同時に無謀でもある提案だった。

 ヒトシは、すぐには否定しなかった。

 ただ、問い返す。

「……数が少ない」

「今の俺たちで、それが可能か?」

 ヨークは肩をすくめる。

「正直に言うなら、ギリギリだな」

「だが、何もしなけりゃ、次はもっと追い詰められる」

 沈黙。

 その中で、一人が手を挙げた。

「山岳地帯なら、案内できますよ」

 ロックリザードだった。

 岩のような鱗に覆われたその体が、少し前に出る。

「スタンピートで、あの辺りの魔物はほとんど流出しました」

「今は……静かです」

 その言葉に、メイが補足する。

「徒歩で、半日ほどです」

「森から遠すぎず、近すぎない」

「第二拠点、あるいは避難先としては……最適かと」

 ヒトシは、ゆっくりと息を吐いた。

(なるほど)

(広げる、ではない)

(分ける、か)

 村をすべて移すのではない。

 だが、逃げ道を作る。

 攻められたら、耐える場所。

 囲まれたら、引く場所。

 戦争を経験した今だからこそ、必要な考えだった。

「……行ってみよう」

 ヒトシの一言で、決まった。

 村は、まだ復興の途中だ。

 全員で動くわけにはいかない。

 ヒトシは、最低限の人数を選んだ。

 ヨーク。

 ロックリザード。

 グルマ。

 山岳地帯を知る者と、判断を下せる者。

 出発前、メイが声をかける。

「王」

「私が、留守を預かります」

 ヒトシは頷いた。

「頼む」

「何かあれば、無理はするな」

 その言葉に、メイは小さく笑う。

「ええ」

「……私も、成長しましたから」

 そうして、一行は森を出た。

 半日。

 ロックリザードの言葉どおりだった。

 森が薄れ、地面が硬くなり、やがて視界が開ける。

 そこにあったのは――

 岩と断崖の連なり。

 切り立った崖。

 狭い通路。

 見通しの良い高台。

 ヒトシは、思わず足を止めた。

「……要塞だな」

 人工ではない。

 だが、人が作ろうとしても、ここまでの地形は用意できない。

 ヨークが、低く唸る。

「こりゃ……」

「攻める気が失せる場所だな」

 ロックリザードが誇らしげに言う。

「この辺りは、外から入る道が限られています」

「防ぐなら、数は要りません」

 ヒトシの頭の中で、次々と構想が形になる。

 高台に見張り台。

 洞穴を倉庫に。

 岩陰を工房に。

「……決めた」

 ヒトシは、はっきりと言った。

「ここを、第二拠点にする」

 森の村が、生活の場なら。

 ここは――

「工房」

「食糧の備蓄」

「金庫」

「そして、有事の中枢だ」

 ヨークが、楽しそうに笑う。

「やっぱり、考えてたな?」

「俺はただ、広い土地が欲しかっただけだぜ?」

 ヒトシは、少しだけ笑った。

「十分だ」

「思いつきがなければ、ここには来ていない」

 ロックリザードは、深く頷く。

「……誇りに思います」

「この地が、役に立つとは」

 ヒトシは、崖の縁に立ち、遠くの森を見た。

(守る場所が、一つ増えた)

(逃げ道じゃない)

(選択肢だ)

 この場所は、戦争を呼ぶための拠点ではない。

 生き残るための余地だ。

 そうして、ヒトシは心に刻む。

 ――この世界で生きるために、

 拠点は一つでは足りない。

 第二の地は、

 その現実を静かに教えてくれていた。

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