第87話 アイデア
生き残った者たちは、立っていた。
名を持つ者たち。
戦い抜いた者たち。
そして、スタンピートの最中に正気を取り戻し、こちら側に立った魔物たち。
彼らは今、瓦礫を片付け、怪我人を運び、静かに働いている。
悲嘆はある。
怒りもある。
だが、暴発はない。
それだけの経験を、皆が積んでしまったのだ。
昼過ぎ。
森の外れから、見慣れた姿が現れた。
「……無事だった?」
猫人の商人、ナンだった。
荷車はなく、身軽な格好だ。
街が心配になり、様子を見に来たのだろう。
「街はどうだ?」
ヒトシが尋ねる。
ナンは一瞬、言葉を選び、それから正直に答えた。
「半壊よ。
完全に滅びはしなかったけど……被害は大きいわ」
「魔物は?」
「全部殲滅された。
討伐隊、騎士団、冒険者……総動員だったみたい」
ヒトシは、思わず息を吐いた。
「あの数を……人間が?」
「もちろん一人じゃないわ」
ナンは、当たり前のように言う。
「人間はね、数で生きる生き物よ。
一人一人は弱くても、集まると強いの」
その言葉は、どこか重く、そして現実的だった。
ヒトシは、遠くを見た。
「……あの魔物たちを全部倒せる存在がいるんだな」
「当然でしょ」
ナンは、少しだけ笑った。
ヒトシは、静かに呟く。
「――仲間を、増やすか」
それは野心ではなかった。
生き残るための、冷静な結論だった。
そのとき、メイが一歩前に出る。
「話が少し変わりますが……」
メイは、森の外れを指差した。
「スタンピートで、ひとつ“出来たもの”があります」
「出来たもの?」
「はい。――道です」
皆が、その方向を見る。
魔物の大群が押し寄せ、踏み固め、倒木を押しのけて出来た、一本の筋。
不自然なほど真っ直ぐな、森を貫く通路。
「……確かに、道だな」
「これを交易路として使えませんか?」
メイの提案に、少しざわめきが起きる。
その空気を、グルマが鼻で笑って切った。
「メイ、節操ねぇな。
さっきまで戦争だったんだぞ」
だが、次の瞬間。
「……でもよ」
グルマは、瓦礫の向こうを見やる。
「壊滅した街ってのは、色々な物資を必要とする」
ヒトシが、視線を向ける。
「食器、道具、建材……
下手すりゃ、武器以外全部だ」
グルマは、顎に手を当てた。
「俺たちが作れるもんは、結構あるぜ」
「……確かに」
その言葉に、ヨークが豪快に笑った。
「お前ら、前向きすぎだろ!」
だが、その笑いは悪くなかった。
夜。
焚き火の周りに、生存者たちが集まっていた。
敵だった魔物も、今は同じ火を囲んでいる。
まだ警戒は残っているが、拒絶はない。
ヒトシは、その光景を見渡す。
村は壊れた。
多くを失った。
だが――
守る理由は、はっきりした。
守る仲間も、増えた。
そして。
この森は、もう“ただの生存圏”ではない。
繋がる場所になりつつある。
ヒトシは、静かに思う。
(……終わりじゃない)
(ここからだ)
スタンピートは、終わった。
だが、その跡に残ったものは、
次の時代へと続く“道”だった。




