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第85話 それでも、立ち上がる

 夜が、静かに降りていた。

 つい数刻前まで、

 怒号と咆哮と破壊音で満ちていた場所とは思えないほど、

 森は沈黙している。

 ――いや。

 沈黙しているのは、森ではない。

 村だった。

 倒壊した家屋。

 焼け落ちた柵。

 踏み荒らされた畑。

 ヒトシは、瓦礫の間に立ち尽くしていた。

 血の匂いが、まだ消えていない。

 土に染み込んだそれを、

 風がゆっくりと運んでいく。

「……」

 言葉が、出なかった。

 数える。

 それが、まずやるべきことだった。

 生き残った者。

 戻ってこなかった者。

 名前を持たないゴブリン。

 若いコボルト。

 走ることしかできなかった者たち。

 半分以上が、戻らなかった。

 ヒトシは、拳を強く握った。

(……守れなかった)

 守りたいと、思った。

 守ると、決めた。

 だが――

 結果は、これだ。

「王」

 声をかけてきたのは、ヨークだった。

 いつもの軽口はない。

 冗談めいた笑顔もない。

 鎧はひび割れ、

 体には無数の擦過傷。

 それでも、立っている。

「……生きてる連中は、ここに集まってます」

 ヒトシは、黙って頷いた。

 視線を向けると、

 そこには残った者たちがいた。

 グルマ。

 グルナ。

 メイ。

 サラ、メリー、アン。

 そして――

 傷だらけのゴブリン、オーク、コボルトたち。

 数は少ない。

 だが、目は死んでいない。

「……俺は」

 ヒトシは、ようやく口を開いた。

「勝ったとは、思っていない」

 誰も反論しなかった。

「守れなかった命がある」

「壊れた場所も、戻らない」

 それでも。

 ヒトシは、一人ひとりを見る。

「それでも、俺たちは――」

「全てを失ったわけじゃない」

 静かな声だった。

 だが、不思議とよく通る。

「ここにいる」

「立っている」

「考えている」

 それだけで、十分だ。

 その時だった。

【適応進化が反応】

 聞き慣れた、だが今回はどこか重い響き。

【戦闘・統率・判断・生存を総合評価】

【想定条件未達を確認】

 ヒトシは、目を細める。

(……未達?)

【本来の進化条件:

 ・大規模支配

 ・圧倒的統率

 ・群れの完全保持】

【条件未達】

 ――だろうな、とヒトシは思った。

 村は壊滅。

 群れは半減。

 王としては、失格だ。

 だが。

【代替評価を開始】

【戦功を確認】

【極限状況下での判断継続】

【精神的崩壊なし】

【群れの生存意思を維持】

【総合判断:進化を承認】

 光が、灯った。

「……来るぞ」

 ヒトシが呟く。

 次の瞬間。

 白と緑の光が、ヒトシの身体を包み込んだ。

 骨が、軋む。

 筋肉が、再構成される。

 激痛はない。

 だが、確かな変化がある。

 立っているだけで、

 周囲の空気が変わる。

 ――重い。

 それは威圧ではない。

 存在そのものの重さだ。

【個体進化開始】

【ゴブリンロード】

 ヒトシは、膝をつかなかった。

 歯を食いしばり、

 ただ、前を見続けた。

(……これが)

(選ばれた結果、か)

 そして。

 光は、ヒトシだけに留まらなかった。

 残ったゴブリンたちが、

 次々と光に包まれる。

 小柄だった体躯が引き締まり、

 目に知性の光が宿る。

 オークたちは、より強靭に。

 コボルトたちは、鋭敏に。

 群れ全体が、進化していく。

「……」

 サラが、息を呑む。

「これが……」

 メリーが、震える声で呟いた。

「王の……進化……」

 ヨークは、苦笑しながらも目を逸らさなかった。

「やっぱりな」

「こうなると思ってたぜ」

 光が、ゆっくりと収まる。

 夜の森に、静寂が戻る。

 ヒトシは、自分の手を見る。

 大きくなった。

 だが、異形ではない。

 “王”としての姿だ。

 振り返る。

 そこには、

 壊滅した村と、

 それでも立っている仲間たちがいる。

「……再建しよう」

 ヒトシは、そう言った。

 大声ではない。

 命令でもない。

 ただの宣言だ。

「失った分、慎重に」

「次は、守れるように」

 誰かが、頷く。

 誰かが、拳を握る。

 誰かが、涙を拭う。

 そして――

 誰も、否定しなかった。

 夜の森に、

 新たな王の光が、静かに残る。

 ゴブリンロードの誕生。

 だがこれは、終わりではない。

 ――ようやく、

 守るためのスタートラインに立っただけだ。

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