第83話 対魔人
笛の音が、再び鳴った。
甲高く、耳障りで、腹の奥に残る音だった。
旋律と呼ぶには歪で、意図的に不快さを織り込んだような音。
「……来たな」
ヒトシは、歯を噛みしめた。
壊滅した村の向こう、倒れた建物の影から――
下級魔人が、笛を口元に当てていた。
細身の体躯。
人に似ているが、どこか均整が崩れている。
目が合った瞬間、見られているのではなく、値踏みされていると理解できた。
「なるほど」
魔人は、愉快そうに声を漏らす。
「一度は効かなかったが……二度目はどうかな?」
笛が、再び鳴る。
瞬間。
――ざわり、と空気が揺れた。
生き残っていた魔物たちの一部が、苦しげに頭を抱える。
「……っ!」
「う、うご……」
先ほどまで正気を取り戻していた魔物の中から、
再び目を濁らせる者が現れた。
「くそ……!」
ヨークが歯噛みする。
「また操ろうってのかよ!」
【適応進化が反応】
【精神干渉を検知】
【対精神攻撃耐性を付与】
だが、完全ではない。
村全体を覆うほどの範囲。
それを、ヒトシ一人の判断だけで抑えきれるはずがなかった。
「メイ!」
ヒトシが叫ぶ。
「はい!」
メイはすでに動いていた。
地面に魔法陣を描き、杖を突き立てる。
「範囲遮断――精神波、拡散します!」
見えない壁のようなものが、前線に広がる。
魔笛の音が、薄まった。
「……ほう」
魔人が、感心したように目を細める。
「人間の魔法と、魔物の魔力……混ざっているな」
「メリー!」
今度はメイが叫ぶ。
「重ねます!」
「了解!」
メリーが前に出る。
詠唱は短い。
だが、精度が高い。
「精神抵抗、重畳展開!」
二人の魔法が重なり合い、
笛の影響を受けていた魔物たちの動きが、少しずつ戻っていく。
【適応進化が反応】
【連携行動を確認】
【連携補正を付与】
「……面白い」
魔人は、肩をすくめた。
「だが、まだ甘い」
魔笛が、音を変える。
今度は、低く、重い。
空気が、押し潰されるような感覚。
その瞬間――
「前に出る!」
サラが叫んだ。
剣を抜き、迷いなく突っ込む。
「人間だろうと、魔物だろうと……!」
刃が、魔人の懐に迫る。
だが。
魔人は、軽く指を鳴らした。
衝撃。
「っ――!」
サラの体が、弾き飛ばされる。
「サラ!」
アンが前に出る。
盾を構え、地面に踏ん張る。
「陣形、崩すな!」
魔人の放った衝撃波が、盾に叩きつけられる。
アンは、膝をつきながらも耐え切った。
「……効いてるぞ」
歯を食いしばりながら、アンは言った。
「一撃じゃ、抜かれない!」
ヒトシは、それを見て理解する。
(……こいつ)
(本気を出していない)
魔人は、試している。
魔笛。
精神干渉。
小規模な魔力攻撃。
こちらの反応を観察している。
「ヒトシ」
メリーが、息を整えながら言った。
「長引かせる気よ」
「分かってる」
ヒトシは、拳を握った。
魔人と視線が合う。
その瞬間、確信する。
(……こいつが)
(すべての元凶だ)
村を壊したのも。
仲間を殺したのも。
魔物を狂わせたのも。
「……次は、こちらから行く」
ヒトシが低く言う。
魔人は、口角を上げた。
「いいね」
「やっと、面白くなってきた」
笛の音が、止む。
代わりに、魔人の周囲に魔力が渦巻き始める。
――本番だ。
【適応進化が反応】
【強敵を確認】
【生存率の低下を検知】
【次段階への適応準備を開始】
ヒトシは、一歩前に出た。
守るものは、もうはっきりしている。
「……ここからだ」
ヒトシが魔人に向かい剣を構える。




