表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/114

第80話 損害

 崩れる音は、突然ではなかった。

 最初は、軋みだった。

 次に、割れる音。

 そして――悲鳴。

 ヒトシは、理解するよりも早く叫んでいた。

「――第二防衛線、下がれ!!」

 返事は、なかった。

 返事が返せる者が、もう少なかった。

 牙猪の突進が、木柵を粉砕する。

 狂走ウルフの群れが、その隙間を縫うように流れ込む。

 ロックリザードが壁をよじ登り、上から飛び降りる。

 数が多すぎる。

 それは分かっていた。

 分かっていても――現実は、想像を超えていた。

「くそ……!」

 ヒトシの視界の端で、ゴブリンが一体、吹き飛ばされる。

 地面に叩きつけられ、動かない。

 名前のない仲間。

 だが、毎日顔を合わせていた。

 胸の奥が、きしむ。

 だが、立ち止まれない。

 村の中央部。

 かつて工房だった場所が、半壊していた。

 屋根が落ち、

 道具が散乱し、

 火が回る。

「火を消せ!!」

 叫んだ直後、別の方向から悲鳴。

「子どもが――!」

 ヒトシが振り向くより先に、三つの影が走った。

「アン、左!」

「了解!」

 アンは盾を構え、突進してきた牙猪の前に立つ。

 衝撃で膝をつくが、耐えた。

「今よ!」

「分かってる!」

 サラが飛び込み、剣で牙を叩き落とす。

 完璧な連携ではない。

 だが、迷いがない。

 メリーは一瞬遅れ、魔法を放つ。

「散開して!」

 閃光。

 炎ではない。

 視界を奪うための魔法。

 その隙に、コボルトの子どもたちが引きずり出される。

「大丈夫、こっちよ!」

 メリーの声は、震えていなかった。

 だが、全ては救えない。

 防衛線の一角が、完全に崩れた。

 数で押し潰され、

 地形も意味を失う。

 ゴブリンが倒れ、

 コボルトが噛み殺され、

 オークが膝をつく。

 半数が、倒れた。

 それを、ヒトシは見てしまった。

 見て、理解してしまった。

(……ここだ)

(これ以上は、守れない)

 喉が、張り付く。

 だが、言わなければならない。

「――撤退する」

 言葉にした瞬間、胸が裂けそうになる。

「中央放棄! 生存者優先!」

 怒鳴る。

 逃げるのではない。

 生かすための後退だ。

 ヨークが、血まみれで並ぶ。

「……半分、やられた」

「分かってる」

 ヒトシは短く答える。

「村は――」

「壊滅だ」

 ヨークは歯を食いしばる。

「……王」

「今は、呼ぶな」

 ヒトシは、視線を外さない。

 呼ばれた瞬間、

 自分が“守れなかった者”になる気がした。

【適応進化が反応】

【損害を確認】

【判断速度への適応を開始】

【恐怖耐性への適応を開始】

 頭の奥が、冷える。

 世界が、少しだけ遅くなる。

 音が整理され、

 動きが見える。

 ――だが。

(これで、死んだ者は戻らない)

 ヒトシは、歯を噛み締めた。

 撤退路で、最後の混乱。

 狂走ウルフが回り込み、

 逃げ遅れたコボルトを狙う。

「下がって!」

 サラが叫ぶ。

 アンが盾を投げ、

 メリーが魔法で足止め。

 ぎりぎりで、助け出す。

 その背後で、建物が崩れ落ちた。

 村だったものが、音を立てて壊れる。

 夜が、深まる。

 残った者たちが、森の縁に集まる。

 人数を数え、

 欠けた名前を確認する。

 声を出す者はいない。

 ヒトシは、拳を握りしめる。

(……守りきれなかった)

 だが。

(それでも)

(ここで、終わらせない)

 視線を上げる。

 まだ、敵はいる。

 まだ、戦いは終わっていない。

 失った重さを、胸に刻みながら。

 ヒトシは、次の判断を準備していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ