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第71話 人の姿で、森に立つ

 森の空気は、いつもと変わらない。

 湿った土の匂い。

 木々の葉擦れ。

 遠くで鳴く鳥の声。

 ――それなのに。

 ヒトシは、ほんの少しだけ息を整えていた。

(……妙な感じだな)

 足元の感触が違う。

 重心の位置が違う。

 視線が、少し高い。

 森は同じなのに、

 自分だけが、違う。

 ヒトシはゆっくりと、皆の前に姿を現した。

 最初に気づいたのは、見張りのゴブリンだった。

「……?」

 一歩、二歩。

 警戒するように槍を構え――

 そして、固まる。

 次の瞬間、森のあちこちから視線が集まった。

 ゴブリン。

 オーク。

 コボルト。

 誰も声を出さない。

 ただ、目を見開いている。

 ヒトシは、短く言った。

「……俺だ」

 沈黙。

 数拍遅れて、ざわりと空気が動く。

「……え?」

「……は?」

「……人間?」

 誰かが、半歩下がる。

 誰かが、首を傾げる。

 誰かが、鼻を鳴らす。

 最初に声を出したのは、サラだった。

「……ちょっと待って」

 剣士らしくない、素の声。

「え、何それ」

「……ヒトシ?」

 ヒトシは頷く。

「期間限定だ」

「適応進化の結果らしい」

 メリーは、しばらく無言で見つめてから、ぽつりと漏らした。

「……本当に、人間ね」

 じっと、顔を見る。

 骨格。

 肌の色。

 表情。

 どこをどう見ても、人間だった。

「正直……」

 メリーは苦笑する。

「コブリンでさえなければ、って」

「いつも、思ってたのよね」

 言い終えてから、少し気まずそうに視線を逸らす。

 ヒトシは、淡々と答えた。

「……そういうものだろ」

 否定も、肯定もしない。

 アンが、一歩前に出た。

「……」

 じっと見てから、首を振る。

「……コブリンでなければ、ね」

「……でも」

 言葉を探すように、少し間を置く。

「今のほうが、落ち着かない」

 ヒトシは、わずかに口角を上げた。

「俺もだ」

 そのやり取りを、横で聞いていたメイが、軽い調子で言う。

「へぇ〜」

「そんなことも出来るんですね〜」

 顎に手を当て、目を細める。

「……魔法で再現できないかな」

 完全に研究者の目だった。

「やめとけ」

 ヒトシは即答する。

「制限がある」

「常用するもんじゃない」

 その時。

「ぶははは!」

 豪快な笑い声が響いた。

 ヨークだった。

「何度見てもおもしれぇ!」

「いやぁ、王!」

「それ、反則ですよ!」

 腹を叩きながら笑い、急に真顔になる。

「ところで」

「俺も変身して街に行きたいんですけど」

「なんとかなりません?」

 ヒトシは、即座に首を振る。

「無理だ」

「これは“適応”だ」

「真似する類のもんじゃない」

「ちぇっ」

 ヨークは肩をすくめる。

「まあ、そうだろうな」

 コボルトのグルナが、静かに近づいてくる。

 目を閉じ、鼻をひくりと動かす。

「……匂いは」

「一緒ですね」

 ヒトシは、少し驚いた。

「分かるのか」

「はい」

「姿は人でも」

「中身は、変わっていません」

 その言葉に、森の空気が少し緩んだ。

 最後に、工房の方から顔を出したグルマが、面白そうに言う。

「おいおい」

「こりゃあ、いいな」

「今度、人間用の鎧作る時に」

「試しに着てみてくれよ」

「断る」

 即答だった。

 そのやり取りを見て、

 周囲のゴブリン、オーク、コボルトたちが頷く。

「……今更、驚くこともないな」

「王は、いつも変なことをする」

「我らの更なる発展のためだ」

「ひと肌脱いでいただこう」

 そんな声が、自然と混ざる。

 ヒトシは、静かに息を吐いた。

(……受け入れられてる)

(姿じゃない)

(俺を見てるのは)

 それでいい。

 それ以上は、望まない。

 その瞬間、頭の奥で、淡々とした声が響いた。

【人間形態:残り時間 23時間24分】

 ヒトシは、無意識に拳を握る。

(……もう、減り始めてる)

 時間は、待ってくれない。

 人の姿は、借り物だ。

 だからこそ、無駄には出来ない。

 ヒトシは、顔を上げた。

「準備する」

「街に行く」

 森の奥で、

 新しい段階が、静かに動き出していた

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