表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/121

第70話 適応のため

 眠りは、深かった。

 焚き火の音も、

 夜風も、

 夢さえもない。

 ただ、沈むような感覚だけがあった。


【適応進化が反応】

【環境変化を検知】

【人間の生息環境への適応を開始】

【適応制限を設定】

【適応制限:24時間/月】


 ヒトシは、その声を――

 夢の中で聞いた。

(……制限?)

(今まで、そんなものは――)

 考え切る前に、意識が途切れる。

 朝だった。

 柔らかい光が、瞼の裏に差し込む。

 ヒトシは、ゆっくりと目を開けた。

 ――違和感。

 最初に感じたのは、重さだった。

 身体が、重い。

 いや、正確には――

 感覚が、増えている。

 指を動かす。

 関節が、はっきりと分かる。

 息を吸う。

 胸郭が、明確に上下する。

「……?」

 声を出そうとして、止まる。

 喉の位置が、違う。

 ヒトシは、ゆっくりと自分の手を見る。

 緑色ではない。

 毛もない。

 細く、だが見慣れた形。

「……人間、だな」

 自分の声が、

 完全に人間のものだった。

 混乱は、なかった。

 驚きは、あったが、恐怖はない。

(……なるほど)

(これが)

(“人間の生息環境への適応”か)

 適応進化は、

 力を与えたわけではない。

 剣が振れるようになったわけでも、

 魔法が使えるようになったわけでもない。

 ただ――

(街に、溶け込める)

(生き残れる)

 それだけだ。

 ヒトシは、深く息を吐いた。

(制限があるのも)

(納得だ)

(これは)

(常用する力じゃない)

 24時間。

 月に、一度。

 逃げ道ではなく、切り札。

(……優しいな)

 そう思って、苦笑する。

 過剰な力は、与えない。

 依存も、許さない。

 適応進化は、

 相変わらず――

 甘くなかった。

 ヒトシは、立ち上がる。

 足の長さ。

 重心の位置。

 視線の高さ。

 すべてが違う。

(……慣れる必要はない)

(今日は)

(試すだけだ)

 外から、気配が近づく。

「王?」

 ヨークの声。

 ヒトシは、一拍置いて答えた。

「……入っていい」

 扉が開く。

 ヨークが、一歩踏み込んで――

 その場で固まった。

「……え?」

 数秒、言葉を失う。

 そして、ぽつりと漏らした。

「……誰です?」

 ヒトシは、少しだけ目を伏せて言った。

「俺だ」

「……王?」

「ヒトシだ」

 ヨークは、目を見開き、

 次の瞬間、腹を抱えて笑った。

「はは……ははは!」

「なるほど!」

「それは……反則ですね!」

 ヒトシは、肩をすくめる。

「制限付きだ」

「月に、24時間だけ」

 ヨークは、笑いを収め、真顔になる。

「十分すぎます」

「街に行くには」

 ヒトシは、静かに頷いた。

「行く」

「予定通りだ」

 適応進化は、

 すでに一手、先を打っていた。

 ヒトシは、初めて思う。

(……俺は)

(使われているんじゃない)

(導かれている)

 そうして、

 人の姿を得たゴブリンは、

 街へ向かう準備を始めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ