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第68話 金の重さ

 銀貨の音は、思っていたよりも鈍かった。

 袋を逆さにし、机の上に広げる。

 ざらり、と乾いた音が工房に響く。

 銀貨。

 銀貨。

 銀貨。

 数える必要がないほどの量。

「……」

 ヨークが、思わず息を呑んだ。

「王」

「これ……」

「相当、稼ぎましたよね?」

 ヒトシは、すぐには答えなかった。

 銀貨を一枚、指先で転がす。

 冷たい。

 重い。

(……多すぎる)

 それが、最初の感想だった。

「正直に言うと」

 ヒトシは、ぽつりと口を開いた。

「俺は、ここまで稼ぐつもりはなかった」

 メイが、少し驚いた顔をする。

「でも、必要でしたよね?」

「工房も、道具も、材料も」

「そうだ」

 ヒトシは頷く。

「だが」

「“必要な分”を越えた」

 その言葉に、場が静まる。

 ゴブリンも、オークも、コボルトも。

 誰もが、机の上の銀貨を見ていた。

「……金って」

 ヨークが、率直に言う。

「使わないと、意味ないんじゃないですか?」

 ヒトシは、首を横に振った。

「違う」

「使わないという選択も、力だ」

 ヒトシは、全員を見渡した。

「今、俺たちは」

「食べる物がある」

「作る場所がある」

「守れる力もある」

「この銀貨を、全部使えば」

 一拍置く。

「もっと強くなれるかもしれない」

「だが」

 声を低くする。

「急に強くなる必要はない」

 ヨークが、眉を寄せる。

「……怖いですか?」

「金があるのが?」

 ヒトシは、正直に答えた。

「怖い」

「金は」

「間違った使い方をすると」

「俺たちを、壊す」

 誰も、笑わなかった。

 ヒトシは、指を折る。

「武器を買えば」

「誰かが、それを使いたがる」

「土地を買えば」

「守る必要が出る」

「人を雇えば」

「命を預かることになる」

 メイが、小さく息を飲む。

「……全部」

「戦いに、繋がる」

「そうだ」

 ヒトシは頷く。

「俺たちは」

「生き残るために、作ってきた」

「戦うためじゃない」

 沈黙の中で、グルマが口を開いた。

「……王」

「じゃあ、どうする?」

 ヒトシは、銀貨を袋に戻す。

 そして、言った。

「動かさない」

 ざわり、と空気が揺れる。

「全部?」

「いや」

「“今は”だ」

「この金は」

「未来の選択肢だ」

「困った時に」

「誰かを守る時に」

「逃げる時に」

「使う」

 ヨークが、ぽつりと呟く。

「……保険、ですね」

「そうだ」

【――《適応進化》が反応】

 今までとは、明らかに違う感覚だった。

【大量の資本を確認】

【資源:金属貨幣の保有量が閾値を超過】

【即時使用を行わない判断を評価】

 ヒトシの視界に、淡い文字が浮かぶ。

【効果:選択猶予の拡張】

【効果:緊急時対応余力 増加】

【効果:集団心理の安定】

 誰かが、ぽつりと呟く。

「……なんか」

「落ち着く」

 ヨークが、苦笑した。

「金が増えたのに」

「欲が、減った気がします」

 ヒトシは、それを否定しなかった。

 その夜。

 銀貨は、箱に収められた。

 鍵も、見張りも、置かれない。

 隠す必要がないからだ。

 ヒトシは、焚き火の前で独白する。

(……金は)

(武器じゃない)

(だが)

(可能性だ)

 使わなかったことで、

 初めて意味を持つ金もある。

 この村は、

 まだ“買う段階”ではない。

 選べる段階に入っただけだ。

 ヒトシは、静かに目を閉じた。

 生き残るための戦いは、

 もう――

 刃だけのものではなくなっていた。

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