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第67話 追加注文の中身と規模


 ナンは、正直に言って――浮き足立っていた。

 街道を進む馬車の上で、何度目か分からない確認をする。  帳簿。  注文書。  刻印の拓本。

「……うそじゃないわよね、これ」

 誰に言うでもなく呟く。

 最初は、ただの珍品だった。  森の奥から持ち込まれた、妙に出来の良い木製の皿やコップ。  軽く、丈夫で、手触りが良い。

 それだけなら、流行で終わっていた。

 だが――

「継続注文、かぁ……」

 ナンは、苦笑する。

 注文主は一人ではない。  貴族でも、一部の道楽者でもない。

 宿屋  食堂  酒場  下級貴族の館  冒険者ギルドの食事場

 用途が、完全に生活に根差している。

 しかも内容が、明確だった。

「皿、百枚」 「コップ、五十」 「木製のトレー、二十」 「スプーンとフォーク、各百」

 どれも派手さはない。  だが――数が多い。

 そして、共通していた条件が一つ。

「同じ規格で」 「次も同じものを」 「欠けたら補充できるように」

 ナンは、ここで初めて気づいた。

(……あれ)

(これ、“珍品扱い”じゃない)

(“消耗品”として見られてる)

 つまり。

 文化に組み込まれ始めている。

 一方、森。

 ヒトシは、工房の前でグルマと向かい合っていた。

「……来たか」

「来たぞ」

 ナンが差し出した束を、ヒトシは無言で受け取る。

 注文書。  数量。  納期。

 目を通しながら、眉がわずかに上がった。

「……多いな」

「でしょう?」

 ナンは肩をすくめる。

「一軒二軒じゃないの」 「しかも“次も頼む”前提」

 ヒトシは、すぐには答えなかった。

 代わりに、工房を見回す。

 削られた木材。  乾燥棚。  治具。  型。

(……いけるな)

 即断だった。

 だが、勢いではない。

 これまでの積み重ねが、頭の中で自然に組み上がる。

「グルマ」

「おう」

「これは、一時的な忙しさじゃない」

「分かってる」

 グルマは、珍しく真面目な顔で頷いた。

「これ、“仕事”だ」

「しかも――続くやつだ」

 ヒトシは、そこで初めてナンを見る。

「数量は、まだ増えるか?」

「……増えるわ」

「確実に」

「だって、使って壊れたら、同じのが欲しくなるもの」

 ヒトシは、深く息を吐いた。

(……来たな)

(“売れた”じゃない)

(“根付いた”)

【適応進化が反応】

【需要の継続を確認】

【生産活動が一過性でないと判断】

【組織的生産への最適化を開始】

 ヒトシの中で、感覚が整理されていく。

 力が増すわけじゃない。  感覚が鋭くなるわけでもない。

 代わりに――

(工程が、見える)

(人の配置が、浮かぶ)

(無理のない回転数が、分かる)

 進化は、静かだった。

 だが、確実に。

「……分業を、はっきりさせる」

 ヒトシは言った。

「削り」 「仕上げ」 「検品」 「保管」

「今までは、全員が全部やってた」 「それでも回った」

「でも、これからは違う」

 グルマが、ニヤリと笑う。

「ようやく、“工房”らしくなるな」

「そうだ」

 ヒトシは頷く。

「“村の作業”から」 「“生産拠点”に変わる」

 ナンは、その様子を見て、背筋が寒くなるのを感じた。

(……ああ)

(これは)

(もう、私が煽る話じゃない)

 彼らは、自分たちで進む。

 売れたから作るのではない。  作れるから売るのでもない。

 必要とされる形を、理解している。

「納期は?」

 ナンが尋ねる。

「無理はしない」

 ヒトシは即答した。

「守れる範囲で出す」

「継続が前提だ」 「一度信用を落としたら終わる」

 ナンは、思わず笑った。

「……商人より商人ね」

「生き残りたいだけだ」

 ヒトシは、淡々と返す。

「一過性の利益は、危険だ」

 その夜。

 工房には、いつもより人が集まっていた。

 騒がしくはない。  だが、空気が違う。

「……仕事、増えたな」

「増えた」

「でも、悪くない」

 誰かが言う。

 誰も、不安を口にしなかった。

 ヒトシは、その様子を見ながら思う。

(これが)

(適応進化の答えか)

(戦わなくても)

(生き方は、進化する)

 火は静かに燃え続ける。

 森の中で、

 一つの“産業”が、確かに動き始めていた。

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