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第66話 広がる需要

 ナンが森を発ってから、三日が経った。

 村はいつも通り回っている。

 木を削る音、火を起こす音、完成した食器を並べる音。

 だが、ヒトシの中には小さな引っかかりがあった。

(……どう評価されるか、だ)

 自分たちにとっては便利で、使いやすい。

 だがそれが、人間の街でも同じとは限らない。

 食器は武器と違い、強さを誇示するものではない。

 便利さ、見た目、扱いやすさ――

 生活に溶け込めるかどうかが全てだ。

 ヒトシは、工房で作業するグルマを眺めながら考えていた。

「正直よ、ヒトシ」

 アンが腕を組み、棚に並ぶ皿を見ながら言う。

「売れなかったとしても、これは無駄じゃないわよね」

「そうだな」

 ヒトシは頷く。

「村で使うだけでも価値はある」

「でも、売れたら……?」

 その言葉の続きを、誰も言わなかった。

 その日の夕方。

 斥候のコボルトが、少し息を切らして戻ってきた。

「王、伝令です」

「ナンか?」

「はい」

 ヒトシの胸が、わずかに高鳴る。

 一方その頃、街。

 ナンは商人ギルドの裏手にある倉庫で、頭を抱えていた。

(……なんなの、これ)

 机の上に並ぶ注文書。

 数は多くない。

 だが内容が、異様だった。

・同じ皿を十枚

・模様違いは不要

・丈夫さ重視

・色は自然な木目で

(高級志向じゃない……)

(生活用品として、見られてる)

 それが、ナンを一番驚かせていた。

 貴族向けでもない。

 成金向けでもない。

 普通の家庭からの注文だ。

「ナンさん、その食器……」

 同業の商人が、倉庫を覗き込む。

「どこで仕入れたんです?」

「……森よ」

「冗談でしょ」

 ナンは笑わなかった。

「本当よ」

「しかも、量産できる」

 商人は、言葉を失った。

 街での評価は、派手ではなかった。

 だが確実だった。

「使いやすい」 「軽い」 「割れにくい」 「料理が映える」

 どれも、褒め言葉としては地味だ。

 しかし。

 生活を変える評価だった。

(武器じゃない)

(これは……市場に残る)

 ナンは、即座に判断した。

 翌日。

 ナンは、森へ向かう準備を整えていた。

 前回より多い荷。

 塩、砂糖、油、布。

 そして――

 銀貨。

「これは……勝負になる」

 ナンは、商人としての勘が震えるのを感じていた。

 村では、その頃。

 ヒトシが焚き火の前で、仲間たちに話していた。

「まだ分からない」

「だが、売れなかったとしても止めない」

 ヨークが、鼻で笑う。

「売れなかったら?」

「その時は、俺たちが使うだけだ」

「それで腹が満たされるなら、十分だろ?」

 ゴブリンたちが、うなずく。

 オークたちが、肩をすくめる。

 コボルトたちは、しっぽを揺らす。

 そこに、斥候が駆け込んできた。

「王! ナンが戻ってきます!」

「……早いな」

 ヒトシは立ち上がる。

(評価は、もう出た)

(あとは……)

(どう使うか、だ)

 その時、ヒトシはまだ知らなかった。

 この追加注文が、村の在り方を一段変えることを。

 武器でもなく、力でもなく――

 生活そのものが、価値になる時代が来ることを。

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