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第64話 量産を試みる

 食器が並べられた。

 皿、コップ、スプーン、フォーク。

 ナンが持ってきたそれらは、街で使われている一般的な品だ。

 白い皿は厚みが均一で、縁に小さな装飾がある。

 コップはやや重く、底が分厚い。

 スプーンとフォークは金属製で、形は整っている。

 悪くない。

 むしろ、普通に良い。

 ヒトシは、しばらく無言で眺めてから言った。

「……まず、使ってみよう」

 誰も反対しなかった。

 その日の食事は、いつもより少しだけ丁寧に用意された。

 焼いた肉。

 煮込んだ根菜。

 硬めのパン。

 今までは、木の板や簡易的な器で済ませていたものだ。

 皿に盛り、

 コップに水を注ぎ、

 フォークで肉を押さえ、ナイフで切る。

 ――静かだ。

 食事の音が、明らかに変わった。

 噛む音。

 皿に触れる金属の音。

 水を飲み干す音。

 誰かが言葉にする前に、

 全員が気づいていた。

 落ち着く。

「……美味いな」

 ヨークが、ぽつりと言った。

「味が変わったわけじゃねぇんだが……」

「食べる“感じ”が違うわね」

 サラが皿を見ながら言う。

「急がなくていい気がする」

 アンは、コップを置き、頷いた。

 ヒトシは、それを聞いて小さく息を吐いた。

(やっぱり、ここだ)

 食後。

 ヒトシは、食器を片付けさせず、全員を集めた。

「これを、作る」

 一言だった。

 ゴブリンも、オークも、コボルトも、

 特に驚かない。

 すでに工房はあり、

 加工技術もあり、

 分業の土台もある。

 問題は一つだけだ。

「……同じものを作る必要はない」

 ヒトシは、はっきり言った。

「模倣は、目的じゃない」

 グルマが、少しだけ眉を動かす。

「……じゃあ、どうする?」

「前提を変える」

 ヒトシは、皿を一枚、持ち上げた。

「街の食器は、“個人が使う”前提だ」

「一人分。

 一回分。

 壊れたら買い替え」

 次に、村を見渡す。

「俺たちは違う」

「集団で使う

 毎日使う

 壊れにくさが最優先」

 ここで初めて、何人かが深く頷いた。

 量産は、翌日から始まった。

 まず、素材の選定。

 金属は使わない。

 重く、加工に時間がかかり、数を揃えにくい。

 代わりに使ったのは――

 森の硬木と、焼成した粘土だった。

 木製の皿は、軽い。

 落としても割れにくい。

 多少欠けても、使える。

 粘土の器は、厚めに焼く。

 街のような薄さは求めない。

「見た目より、耐久だ」

 ヒトシの指示は、一貫していた。

 工程は、細かく分けられた。

 ・素材を切り出す班

 ・荒削りを行う班

 ・形を整える班

 ・焼成・乾燥を管理する班

 ・仕上げを確認する班

 グルマは、全体を見回しながら言った。

「……これ、工房一人でやる仕事じゃねぇな」

「そうだ」

 ヒトシは即答する。

「最初から“量”を前提にしている」

 ここが、街との決定的な違いだった。

 数日後。

 最初のロットが完成した。

 並べられた皿は、装飾がない。

 だが、重ねやすく、持ちやすい。

 コップは、底が広く、倒れにくい。

 多少形が違っても、使い勝手は同じ。

 スプーンとフォークは、改良しない。

 街の形を、そのまま採用した。

 理由は単純だ。

「十分、完成している」

 ヒトシは、そう判断した。

 下手に弄れば、

 使いづらくなるだけだ。

 実際に使ってみる。

 洗いやすい。

 乾きやすい。

 欠けても問題ない。

 何より――

「……壊れても、惜しくない」

 誰かが言った、その言葉が核心だった。

 高価なものは、扱いが慎重になる。

 慎重さは、疲労になる。

 この食器は違う。

 使うための道具だ。

 ヒトシは、完成品を前に、静かに考える。

(街の食器より、豪華じゃない)

(だが)

(集団で、毎日使うなら)

(こっちの方が、強い)

 模倣ではない。

 改良でもない。

 用途の再定義。

 それが、結果として

 “優れた点”になっただけだ。

 ヨークが、腕を組んで言った。

「これ……売れるか?」

 ヒトシは、首を横に振る。

「今は、売らない」

「まず、使う」

「村全体で、慣れる」

 サラが、少し驚いた顔をする。

「売らないの?」

「急がない」

 ヒトシは、はっきり言った。

「道具は、文化だ」

「使いこなしてからじゃないと、広げる意味がない」

 その言葉に、

 誰も反論しなかった。

 その夜。

 適応進化が、静かに反応した。

【集団生活の効率化を確認】

【生産工程の最適化を補助】

【道具使用による精神的安定を評価】

 だが、派手な変化は起きない。

 それでいい。

 ヒトシは、完成した食器を見つめながら思う。

(これは、武器じゃない)

(だが)

(生き残るためには)

(武器より、ずっと重要だ)

 量産は、成功した。

 だがそれ以上に――

 考え方が、共有された。

 それが、この日の最大の成果だった。

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