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第63話 皿の上の変化

 それは、些細な変化だった。

 ナンから届いた荷を前にしても、

 村はいつもと同じように動いていた。

 肉を焼く。

 木の実を砕く。

 煮込む。

 いつも通りの食事だ。

 ただ一つ違ったのは、

 地面に直に置かれた葉や木片ではなく、

 皿が並べられていることだった。

「……なんだか、変な感じだな」

 ヨークが、皿を指で突つきながら言う。

「落としても大丈夫なのか? 割れたりしねぇか?」

「木皿だからな」

 ヒトシは答える。

「割れにくい。

 それに、汚れも落としやすい」

「へぇ……」

 ヨークは半信半疑のまま、肉を皿に乗せた。

 サラ、メリー、アンも並ぶ。

「……こうして見ると」

 サラが言った。

「不思議ね。

 同じ料理なのに、ちゃんとして見える」

「分かる」

 メリーが頷く。

「食べる前から、

 『食事』って感じがする」

 アンは黙ってスプーンを持ち、

 スープをすくった。

 器があるだけで、動作が変わる。

 溢さないように、

 掬いすぎないように。

 結果、自然と――

 ゆっくり食べるようになっていた。

 ゴブリンたちも、最初は戸惑っていた。

 皿の外に肉を落とす。

 スプーンを噛む。

 コップを倒す。

 だが。

「……あれ?」

「こっちの方が、食べやすくねぇか?」

「地面に落ちねぇぞ」

 すぐに慣れ始める。

 それどころか、

 皿に盛る量を考え始めた。

「これ、全部乗らねぇな」

「分けよう」

「じゃあ次は俺な」

 自然と、

 順番と配分が生まれる。

 ヒトシは、それを黙って見ていた。

(……なるほどな)

 食器は、

 食べるための道具じゃない。

 考え方を変える道具だ。

 地面に置いて食べていた時は、

 早く、

 多く、

 奪い合うように。

 だが、皿があると――

 共有が前提になる。

「なあ、ヒトシ」

 ヨークが口を拭きながら言った。

「これ、いいな」

「飯が、ちゃんと飯になる」

「……分かるか?」

 ヒトシは、少しだけ笑った。

「分かる」

「だから頼んだ」

 サラが、ふっと息を吐く。

「武器より、こっちだったわけね」

「そうだ」

 ヒトシは頷く。

「武器は、持つやつが強くなる」

「だが、これは」

 皿を指す。

「全員が変わる」

【適応進化が反応】

【文化的行動の定着を確認】

【共有行動の効率化】

【集団内摩擦の低減】

【食事環境の最適化】

 派手な変化はない。

 力が増えたわけでも、

 魔法が使えるようになったわけでもない。

 だが。

 村の空気が、

 一段、静かになった。

 食事が終わり、

 皿を洗い、

 片付ける。

 それだけの行為が、

 生活になり始めている。

 グルマが、皿を手に取って言った。

「……これ」

「作れるな」

「大量に」

 アンが頷く。

「技術は、もうある」

「後は形を揃えるだけ」

 ヒトシは、静かに決断する。

「作ろう」

「武器じゃない」

「生活を売る」

 誰も反対しなかった。

 それどころか、

 自然と頷いていた。

 夜。

 焚き火の前で、

 ヒトシは一人考える。

(戦わなくても)

(奪わなくても)

(変えられるものはある)

 適応進化は、静かだった。

 だが確実に――

 次の段階へ進み始めている。

 皿一枚。

 それが、

 この村の未来を

 少しだけ変えた夜だった。

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