第62話 武器の先、皿の手前
工房の空気は、少し重かった。
ヒトシは壁際に立ち、
グルマとアンのやり取りを黙って聞いていた。
「……つまり、だ」
アンが腕を組んで言う。
「今までみたいに“良い武器を作れば売れる”って状況じゃないわね」
グルマが鼻を鳴らす。
「品質は落ちてねぇ。
むしろ、街の鍛冶屋よりゃ出来はいい」
「問題は、そこじゃないの」
アンは視線を上げる。
「武器が増えると、街は不安になる」
「……ああ」
グルマも、それは否定しなかった。
「どこの誰が作ったか分からねぇ剣が出回る。
貴族も、ギルドも、嫌がるわな」
ヒトシは、そこで口を挟む。
「武器が悪いんじゃない」
二人の視線が集まる。
「武器は“争いを想像させる”」
ヒトシは、淡々と続けた。
「街は、今、安定している。
だから、余計な火種を嫌う」
アンは、小さく頷いた。
「なるほど……
売れないんじゃなくて、売らせてもらえないのね」
工房の外で、ナンがその様子を眺めていた。
「……難しいところだねぇ」
彼女は、商人の顔で言う。
「質が良すぎる武器は、
“誰が使うのか”を想像させちゃう」
「それが、今はマイナスか」
ヒトシが確認する。
「そうそう。
売れるけど、数が出ない。
目立つと止められる」
ナンは肩をすくめた。
「商売としては、安定しない」
少しの沈黙。
ヨークが、ぽりぽりと頭を掻く。
「じゃあよ」
「俺たち、何作りゃいいんだ?」
その問いに、誰もすぐには答えなかった。
武器は得意分野だ。
技術もある。
実績も出た。
だが、それに縛られる必要はない。
ヒトシは、焚き火の方へ視線をやった。
そこで、ふと口を開く。
「……ナン」
「ん?」
「もし、次に何か買うとしたら」
「何がいい?」
ナンは一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに商人の表情になる。
「用途次第、かな」
「食べ物?」
「生活用品?」
「それとも……」
そこで、ヨークが横から口を挟んだ。
「飯が美味くなるもん、頼むぜ」
一同が、そちらを見る。
「……は?」
サラが眉を上げる。
「真面目な話してるのよ?」
「いやいや、真面目だろ」
ヨークは胸を張る。
「腹が満たされりゃ、
気持ちも安定する」
「俺は賛成だ」
メリーも、小さく頷いた。
「生活が整うと、判断も鈍らない」
ヒトシは、少し考えた後、はっきりと言った。
「皿」
全員が、静かになる。
「コップ」
「スプーン」
「フォーク」
ヨークが、目を瞬かせる。
「……食器?」
「そうだ」
ヒトシは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「武器じゃない」
「だが、生活を変える」
サラが、少し笑う。
「文化的な買い物ね」
「ご飯は、美味しくなる気がするけど」
ヒトシは首を振った。
「それだけじゃない」
彼は、工房全体を見渡した。
「俺たちは、技術を共有している」
「誰か一人が作れるなら、
全員が学べる」
「つまり」
ヒトシは、結論を口にする。
「大量生産ができる」
グルマが、ゆっくりと笑った。
「……なるほどな」
「武器ほど目立たず、
生活に溶け込む」
「しかも、技術を活かせる」
アンも、腕を解く。
「売れなくなる理由がないわね」
「壊れにくくて、
数が必要で、
誰でも使う」
ナンは、少し考え込み、そして言った。
「……面白い」
「正直、武器より売りやすい」
「ただし」
ヒトシを見る。
「本当にそれで行くかは、
まだ決めなくていい」
「今は、考える段階だ」
ヒトシは頷いた。
「ああ」
「今は、方向を定めるだけでいい」
工房に、静かな納得が広がる。
武器の先。
だが、まだ皿には届かない。
それでも――
新しい道筋は、確かに見え始めていた。




