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第6話 怒りと覚悟

 分裂は、静かに行われた。

 叫びも、争いもない。

 ただ、ついて来る者と、残る者が分かれただけだ。

 ヒトシの後ろに集まったゴブリンは、全部で八体。

 元の集落三十体の中では、少数派と言っていい。

「……少ないな」

 だが、不安はなかった。

 数よりも、意思だ。

 元の集落から少し距離を取り、森の奥へ進む。

 火を使った痕跡は残さない。

 匂いも、音も、極力抑える。

 ゴブリンリーダーは力はあるが、頭は回らない。

 追ってくるなら、力任せだ。

「まずは、狩りだ」

 食料がなければ、話にならない。

 ヒトシは、すでに目星をつけていた獣道へ向かった。

 罠の設置場所も、以前と同じ考え方で選ぶ。

「ここを掘る」

 身振りで指示を出す。

 従うゴブリンたちは、動きが早い。

 説明しなくても、意図を汲み取る。

 ――伸びている。

 それが、はっきり分かった。

 ほどなくして、獣がかかった。

 小型の鹿に似た獣だ。

 元の集落で狩るよりも、明らかに大きい。

「よし、囲め」

 ヒトシは、拾った石を手に取る。

 ビュン、と投げる。

 石は獣の頭部をかすめ、注意を引く。

 次の瞬間、左右からゴブリンが飛びかかり、

 脚を押さえる。

 ヒトシが、とどめを刺した。

 鈍い感触。

 血の匂い。

「……いけるな」

 解体し、火を起こす。

 肉の量は、元の集落にいた頃より明らかに多い。

「分けるぞ」

 ヒトシは、均等に肉を分配した。

 量は少ないが、全員が満足できる。

 不思議なことに、

 取り合いは起きなかった。

 誰もが、

 「次もある」と分かっているからだ。

【《適応進化》が反応】

【小規模集団による協調狩猟を確認】

【分配行動を評価】

 その時だった。

 背後の茂みが、大きく揺れた。

「……来たか」

 ヒトシは、振り返る。

 現れたのは、

 ゴブリンリーダーだった。

 石斧を手に、目を血走らせている。

 背後には、数体のゴブリン。

 数は多くない。

 だが、リーダーは明確に怒っていた。

「グガァァァッ!!」

 ――獲物を奪われた。

 ――従う者が減った。

 その苛立ちが、

 全身から伝わってくる。

「……悪いが」

 ヒトシは、一歩前に出た。

「もう、戻らない」

 言葉は通じなくても、

 態度は通じる。

 ゴブリンリーダーは、

 一瞬だけ動きを止め――

 次の瞬間、

 襲いかかってきた。

 圧倒的な膂力。

 石斧が振り下ろされ、

 地面が抉れる。

 ヒトシは、紙一重で避けた。

(速い……!)

 正面からでは、勝てない。

「……やるぞ!」

 叫び、従うゴブリンたちに合図を送る。

 罠の位置。

 足場の悪い場所。

 すべて、頭に入っている。

 これは――

 初めての、仲間を守る戦いだ。

 怒りに任せて振るわれる力か。

 考えて積み上げた、生き残るための知恵か。

 勝つのは、どちらか。

 ゴブリンリーダーの石斧が、

 再び振り上げられた。

 ヒトシは、静かに歯を食いしばる。

「……ここが、分かれ道だ」

ゴブリンリーダーの石斧が、風を裂いた。

 重い。

 速い。

 そして――殺意がはっきりしている。

 避けきれず、地面に転がる。

 土と枯れ葉が口に入り、咄嗟に息を止めた。

(……甘かった)

 ヒトシは歯を食いしばる。

 力では勝てない。

 だが、考えていない相手には勝てる。

「来い……!」

 わざと背を向け、駆け出す。

 ゴブリンリーダーは唸り声を上げ、追ってきた。

 ――ズボッ。

 鈍い音。

 次の瞬間、

 ゴブリンリーダーの脚が沈み込んだ。

 罠だ。

「グガァ!?」

 体勢を崩し、石斧が地面に突き刺さる。

 その隙を、ヒトシは逃さない。

 拾っていた尖った石を、

 両手で握り――

 首元に、叩き込んだ。

 鈍い感触。

 温かいものが、手にかかる。

 ゴブリンリーダーが、崩れ落ちた。

 しばらく、動かない。

 息もない。

 ――殺した。

 ヒトシは、その場に立ち尽くした。

(人間だった頃)

(殺すなんて、考えもしなかった)

 胸の奥が、重くなる。

 だが、目を逸らすことはしない。

(殺さなければ)

(殺されていた)

 そして――

(仲間も、死んでいた)

 周囲のゴブリンたちが、

 恐る恐る近づいてくる。

 誰も声を上げない。

 ただ、

 倒れた“元の支配者”と、

 立っているヒトシを見ている。

 ヒトシは、深く息を吸った。

「……俺は」

 一度、言葉を切る。

「奪わない」

 ゴブリンたちの視線が集まる。

「分ける」

「考える」

「生き残るために、動く」

 そして――

 倒れたゴブリンリーダーを、見下ろした。

「それを邪魔するなら」

 声は、震えていなかった。

「俺は、殺す」

 沈黙。

 だが、誰も背を向けなかった。

 一体が、ゆっくりと膝をつく。

 次に、もう一体。

 やがて全員が、頭を下げていた。

 それは本能か。

 それとも理解か。

 どちらでもよかった。

【《適応進化》が反応】

【群れの支配権を獲得】

【集団統率の中核を確認】

【知能成長:軽微】

 ヒトシは、拳を握る。

 まだ震えている。

 だが、後悔はない。

(ここからだ)

 これは終わりではない。

 始まりだ。

 夜。

 火を囲みながら、

 ヒトシは一人、空を見上げた。

「……戻れないな」

 もう、人間の価値観だけでは生きられない。

 だが。

「それでも」

「生き残る」

 ゴブリンとして。

 この群れの長として。

 そのために、

 選び続ける。

 小さな群れは、

 新しいリーダーを得た。

 その名は――

 ヒトシ。

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