第59話 次の話
ナンが戻ってきたのは、予想よりも早かった。
森の入口に現れたその姿を見て、
見張りのゴブリンが目を丸くする。
「……もう?」
背負い袋は、前回よりもさらに大きい。
そして――
重そうだった。
「ただいま!」
ナンは、いつもの調子で手を振る。
だが、声の奥に、
抑えきれない高揚が混じっている。
工房に入るなり、ナンは荷を下ろした。
布をほどく。
中から出てきたのは――
銀貨。
ごく少量だが、
確かな重みを持つそれ。
「……売れた」
短く、だがはっきりと言った。
工房に、静寂が落ちる。
グルマが、一歩前に出た。
「……全部、か?」
ナンは、胸を張る。
「全部」
「しかも」
「“次も欲しい”って」
その言葉を聞いた瞬間、
グルマの表情が、崩れた。
「……おいおい」
「冗談だろ」
頭を掻き、視線を逸らす。
「これはよ」
「俺が作ったわけじゃねぇ」
「皆で、作ったもんだ」
少し照れたように続ける。
「……たまたま、手を出しただけだ」
ヨークが、腕を組んで言う。
「いや」
「謙遜すぎだろ」
剣の柄を指差す。
「銘」
「しっかり“グルマ”って、彫ってあったけどなぁ」
グルマは、ぎょっとする。
「……あ?」
「いや、あれは……」
言葉に詰まる。
ナンが、にやりと笑った。
「それがね」
「街では、かなり効いたわ」
「“名がある”ってだけで」
「話が変わる人、結構いるの」
グルマは、しばらく黙り込み――
やがて、低く笑った。
「……世の中、分かんねぇな」
ヒトシは、少し離れたところで、
そのやり取りを見ていた。
(……予想外だ)
売れる可能性は、考えていた。
だが。
(……こんなに、早く)
銀貨を、そっと手に取る。
冷たい。
重い。
そして――
現実だった。
(……狩りじゃない)
(……奪ってもいない)
(……それでも、得られた)
胸の奥が、わずかに熱くなる。
【――《適応進化》が反応】
【街との交流を確認】
【魔物全体の士気:上昇】
【集団の自信:増大】
【初の通貨取得を確認】
はっきりと、空気が変わる。
工房の外で、
様子を見ていたゴブリンたちが、ざわつく。
「……あれ、金か?」
「街の……?」
コボルトが、尻尾を揺らす。
「俺たちの、物が……?」
ナンが、両手を広げた。
「ええ!」
「これは“始まり”よ!」
「次はね」
指を折りながら言う。
「数を少し増やしてほしい」
「同じ質で」
「無理なら、断っていい」
ヒトシが、静かに聞く。
「……注文は?」
ナンは、即答する。
「木彫りは、継続」
「武器は、少量」
「あと」
一瞬、声を落とす。
「……部品」
「未完成でいい」
「それが、一番欲しい」
グルマが、ゆっくり頷いた。
「……分かった」
「出来る範囲で、やる」
ヨークが、口角を上げる。
「おい」
「忙しくなるぞ?」
グルマは、少しだけ楽しそうに笑った。
「……悪くねぇ」
その夜。
村の中心で、
銀貨が皆に見せられた。
誰も、すぐには触らない。
ただ、見ている。
ヒトシは、はっきり言った。
「……これは」
「皆で作った結果だ」
「奪った物じゃない」
「だから」
「無駄には、使わない」
誰かが、静かに頷く。
狩りだけの村では、
もうなかった。
工房があり、
取引があり、
そして――
次を考える理由が生まれた。
ヒトシは、焚き火を見つめる。
(……戻れないな)
(……もう)
だが、不安はなかった。
初めての金は、
単なる道具ではない。
選択肢そのものだった。




