第56話 匂いが変わった森
ナンは、森へ向かっていた。
背負い袋は、前回よりも重い。
塩は多め。
貴重な砂糖も、ほんの少しだけ忍ばせた。
布、針、簡単な金具。
生活に役立つものを中心に選んでいる。
(……売れるかどうかじゃない)
(……今回は、様子見)
それでも、
足取りは軽かった。
理由は、はっきりしている。
(……あの森)
(……前と、匂いが違う)
商人の勘だ。
説明はできない。
だが、外したことはない。
森に入ってしばらくした頃。
茂みが揺れた。
ナンは、反射的に足を止める。
だが、出てきたのは――
「ナンさん、おつかれさまです」
コボルトだった。
しかも、武器は構えていない。
それどころか、
声が落ち着いている。
「……あら?」
「今日は、随分と丁寧ね」
ナンが言うと、
コボルトは小さく笑った。
「はい」
「村まで、案内しますよ」
その言葉に、
ナンは内心で目を見開いた。
(……案内?)
(……迎えに出る、だと?)
魔物の集落では、珍しい。
警戒するか、
威嚇するか、
あるいは無言で囲むか。
案内は、
完全に別の段階だ。
歩きながら、
ナンは周囲を観察する。
道が、踏み固められている。
以前より、
無駄な枝が少ない。
(……通路を、意識してる)
さらに。
風に乗って、
かすかな匂いが届く。
焦げた木。
金属。
そして――食べ物。
(……焚き火じゃない)
(……使う火の匂い)
ナンは、思わず口にした。
「……何か、村に変化ありました?」
コボルトは、ちらりと振り返る。
「それは」
「見てからの、お楽しみですね」
その言い方が、
妙に人間的だった。
やがて、村が見えた。
ナンは、足を止める。
一目で、分かった。
(……違う)
柵が整っている。
配置に、無駄がない。
行き交う魔物たちの動きが、
ぶつからない。
誰かが指示している様子もない。
それなのに、
流れがある。
「……これは……」
ナンは、思わず息を吸った。
(……発展の匂いだ)
偶然じゃない。
奪ったわけでもない。
積み上げた村だ。
さらに、目に入る。
村の外れ――
火を据えた場所。
工房。
ナンの喉が、鳴った。
(……商売になる)
(……いや)
(……商売“以前”だ)
ここは、
もう“ただの魔物の集落”じゃない。
コボルトが、誇らしげに言う。
「どうです?」
「前とは、違うでしょう」
ナンは、ゆっくりと頷いた。
「……ええ」
「全然、違う」
視線の先。
ヒトシが、誰かと話している。
指示ではない。
相談でもない。
判断の共有。
(……あのゴブリン)
(……やっぱり、面白い)
ナンは、背負い袋を下ろした。
塩と砂糖が、
かすかに音を立てる。
(……今回は)
(……売るために来たんじゃない)
商人の直感が、
はっきりと告げていた。
ここは、これから“取引先”になる。
それも、
長く付き合う相手だ。
ナンは、笑みを浮かべた。
「……さて」
「どこから、話を始めましょうか」
森の中で、
静かに、世界が一段進んだ。




