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第54話 火を据える場所

 最初に決まったのは、場所だった。

 村の外れ。

 風通しがよく、水場にも近い。

 狩りにも、防衛にも関係ない場所。

 今までは、

 誰も使おうとしなかった場所だ。

「……ここでいい」

 グルマは、地面を踏みしめて言った。

 ヒトシは頷く。

「……必要なら、広げる」

「無理はするな」

 それを聞いて、グルマは鼻で笑った。

「工房ってのはな」

「最初から広いと、落ち着かねぇ」

 まず始めたのは、炉づくりだった。

 石を積み、

 土を固め、

 風の通り道を考える。

 ゴブリンたちが、興味深そうに集まってくる。

「……何してるんだ?」

「火、ここで使うのか?」

 グルマは、いちいち説明しない。

 だが、

 手つきが違った。

 迷いがない。

 置く。

 直す。

 確かめる。

 それだけで、

 見ている側に伝わるものがあった。

 ヨークが、腕を組んで眺める。

「……ああいうの」

「真似しようとすると、うまくいかねぇんだよな」

 ヒトシは、静かに答える。

「……考えが、先にある」

「動きは、その後だ」

 ヨークは、納得したように唸った。

 炉に火が入った瞬間。

 村の空気が、変わった。

 焚き火とは違う。

 使うための火。

 グルマは、赤くなった石を見つめ、

 小さく息を吐いた。

「……ああ」

「これだ」

 その声には、

 懐かしさが混じっていた。

 剣の欠片。

 洞穴から持ち帰った素材。

 それらが、

 少しずつ並べられていく。

 ゴブリンが、恐る恐る聞く。

「……これ、武器になるのか?」

 グルマは、即答しない。

「……なるかもしれねぇ」

「ならねぇかもしれねぇ」

「だが」

 素材を叩く。

「叩かなきゃ、分からねぇ」

 その言葉に、

 ヒトシは強く頷いた。

 工房ができてから、

 村の様子は少しずつ変わった。

 狩りの後、

 獲物をそのまま分けるのではなく。

「……骨、残しとけ」

「皮、切るな」

 そんな声が、自然に飛ぶようになる。

 作る前提で、

 残すという判断が生まれた。

 サラが、小声で言う。

「……街みたい」

 アンが答える。

「違う」

「街より、ずっと原始的」

「でも」

「方向は、同じ」

 メリーは、炉の火を見つめる。

「……火の意味が、変わりましたね」

 夕方。

 グルマは、腰を下ろし、

 汗を拭った。

「……今日は、ここまでだ」

 ヒトシが近づく。

「……どうだ」

 グルマは、少し考えてから言った。

「……悪くねぇ」

「ここなら、作れる」

 ヒトシは、それだけで十分だった。

「……必要なものがあれば、言え」

「全部は無理だが」

「考える」

 グルマは、驚いた顔をした。

「……へぇ」

「命令じゃねぇんだな」

 ヒトシは、少しだけ笑う。

「……作るのは、お前だ」

「俺は、決めるだけだ」

 グルマは、しばらく黙り――

 やがて、深く頷いた。

「……分かった」

「じゃあ、作る」

 その夜。

 工房の火は、消えなかった。

 夜番のゴブリンが、ぼそりと呟く。

「……あそこ、明るいな」

 別の声が返る。

「……なんか、安心する」

 ヒトシは、少し離れた場所から、

 その光を見ていた。

(……狩らなくても)

(……奪わなくても)

(……火を使って、生きていける)

 それは、まだ小さな変化だ。

 だが、確かに。

 村に、

 新しい中心が生まれ始めていた。

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