第50話 奥にあったもの
洞穴に入るのは、二度目だった。
ヒトシは入口で一度立ち止まり、振り返る。
「……奥まで行く」
「だが、無理はしない」
今回は、探索目的がはっきりしている。
戦うためではない。
集めるためでもない。
“確かめるため”だ。
同行するのは、ヨークとコボルト二体、そしてサラ。
戦力ではなく、目と感覚を重視した人選だった。
洞穴の中は、前回よりも冷たく感じた。
湿った空気が、肺にまとわりつく。
足元は安定しているが、壁は粗い。
「……自然の洞穴だな」
サラが小声で言う。
「でも」
指先で壁をなぞる。
「……削られた跡がある」
ヒトシも気づいていた。
不規則だが、
**明らかに“何かを取った跡”**だ。
(……昔、誰かが使ってた)
それが人間か、魔物かは分からない。
だが、捨てられてはいない。
しばらく進むと、空気が変わった。
微かに、金属の匂い。
「……止まれ」
ヒトシが手を上げる。
奥の壁に、
黒ずんだ筋が走っている。
触れると、指先がわずかに光る。
「……石じゃないな」
ヨークが、低く言う。
コボルトが、鼻を鳴らす。
「……土と、違う」
ヒトシは、小さく石斧を当てた。
キン。
澄んだ音が、洞内に響いた。
(……例の石と、同じ音)
だが、違う。
こちらは、層になっている。
剥がせば、薄く取れそうだ。
「……加工前提だな」
サラが、ぽつりと言う。
「このままじゃ、何でもない」
「でも」
「削って、伸ばして、形を与えれば……」
ヒトシは、慎重に欠片を外した。
薄く、重い。
だが、脆くはない。
(……武器にも、防具にもなる)
(……だが)
(……今の俺たちじゃ、完成させられない)
確信はある。
だが、答えはまだ先だ。
さらに奥へ進む。
すると、足元に違和感。
踏みしめると、
微かに沈む。
「……木?」
松明を近づけると、
朽ちた支柱の名残が見えた。
「……坑道だな」
サラが、はっきり言った。
「掘ってた」
「ここは、掘りかけで放棄された場所」
ヨークが、腕を組む。
「……つまり」
「まだ、奥に何かあるかもしれねぇってことか?」
ヒトシは、首を振った。
洞穴の奥へ進むにつれ、空気が変わっていった。
湿り気はある。
だが、淀んではいない。
それどころか――
微かに、温かい。
(……生きてる?)
ヒトシは、無意識に歩幅を狭めた。
松明の光が、壁に反射する。
岩ではない。
削られている。
だが、整ってはいない。
まるで、
誰かが、誰かの真似をして作った場所のようだった。
そのとき。
――カン。
――カン、カン。
金属音。
はっきりとした、作業音だった。
ヨークが、目を見開く。
「……おい」
「聞こえたか?」
サラは、剣に手を掛けたまま、小さく頷く。
「……誰か、いる」
ヒトシは、手を上げた。
「……待て」
音は、一定のリズムで続いている。
叩く。
削る。
整える。
狩りの音ではない。
戦いの音でもない。
作っている音だ。
そして――
ピタリ、と止まった。
洞穴に、静寂が落ちる。
次の瞬間。
「……チッ」
舌打ち。
そして、独り言。
「魔物が来やがったか……」
声は、低く、くぐもっているが――
はっきりとした言葉だった。
「話の通じねぇやつらを追い払うのには」
「……毎度、苦労するんだがな」
ヒトシは、息を呑んだ。
(……今、喋った?)
ゴブリン。
オーク。
コボルト。
どれも、群れの中では意思疎通ができる。
だが。
(……こんなに、流暢に?)
洞穴の奥から、影が動く。
松明の光が、そいつを照らした。
小柄な体。
緑の肌。
尖った耳。
間違いない。
「……ゴブリンだ」
ヒトシは、思わず口に出していた。
「お前……ゴブリンなのか?」
影は、ぴたりと止まる。
そして、首を傾げた。
「ん?俺はグルマだ」
次の瞬間。
「……お前こそ」
「ゴブリンらしくねぇな」
声には、警戒よりも――
純粋な違和感が滲んでいた。
ヒトシが言葉を返す前に、そいつの視線が横に動く。
「……って」
「人間と、コボルト!?」
一歩、後ずさる。
だが、武器は構えない。
代わりに、鼻で笑った。
「なるほどねぇ」
「テイムされたってことか?」
その言葉に、ヨークが眉を吊り上げる。
「は?」
「誰が誰をだよ」
だが、ゴブリン――いや、グルマは気にも留めない。
ヒトシを、じっと見る。
目が、鋭い。
獣のそれではない。
考える者の目だった。
「……面白ぇ」
「群れのボスか?」
ヒトシは、少し間を置いて答えた。
「……違う」
「ただ、生きてるだけだ」
グルマは、一瞬だけ目を細めた。
「へぇ……」
「その割に」
「随分、面倒な顔してるな」
周囲を見回す。
加工途中の石。
削られた金属片。
即席の炉。
「……ああ」
「なるほど」
独りで納得したように頷く。
「捨てられたモンを拾い始めたか」
ヒトシは、確信する。
(……こいつ)
(……俺たちより、ずっと前から)
(……同じことをしてた)
グルマは、壁に背を預けた。
「言っとくが」
「俺は、群れに戻る気はねぇ」
「奪い合いも、命令も、ごめんだ」
サラが、一歩前に出る。
「……じゃあ、何でここに?」
グルマは、肩をすくめた。
「ここなら」
「誰にも邪魔されねぇ」
「……作れる」
ヒトシの胸に、
妙な感覚が広がる。
同族。
だが、全く違う生き方。
(……もし)
(……俺が、群れを作らなかったら)
そこに、
もう一つの答えが立っていた。
洞穴は、宝の山ではなかった。
だが。
考えるゴブリンが、そこにいた。
それだけで、この場所は――
一気に、特別な意味を持ち始めていた。




