第5話 奪う者、従う者
狩りが軌道に乗り始めた頃から、違和感はあった。
獣を仕留める回数は増え、罠も安定して機能している。
火を使った調理も当たり前になり、ゴブリンたちの体つきは明らかに良くなっていた。
それなのに――。
「……減ってるな」
主人公は、集落の食料置き場を見て小さく呟いた。
本来なら、もう少し残っていていい。
だが現実には、肉も焼いた木の実も、思ったより少ない。
原因は、分かっている。
次の分配の時。
ゴブリンリーダーは、いつもより大きな獣の肉塊を抱えていた。
そして、何の説明もなく、それを自分の巣穴へ運ぼうとした。
「……?」
ざわ、と周囲のゴブリンがざわつく。
いつもなら、多少なりとも分配はされていた。
だが今日は違う。
主人公は、一歩前に出た。
「それ、多すぎないか?」
言葉は通じなくても、態度で示すことはできる。
ゴブリンリーダーは、こちらを睨みつけ、低く唸った。
「グァァ」
――奪う。
それだけの意思表示だった。
さらに悪いことに。
主人公が腰に下げていた石斧に、リーダーの視線が向いた。
次の瞬間。
ドン、と乱暴に突き飛ばされ、
石斧が奪われた。
「……ああ、そういうことか」
主人公は、転びながら理解した。
力を持つ者が、
成果を独占する。
弱い集団では、よくある話だ。
周囲のゴブリンたちは、俯いている。
逆らえば殴られる。
下手をすれば、殺される。
だから、耐える。
――だが。
「……ゴブ」
背後から、か細い声がした。
振り返ると、数体のゴブリンが立っている。
狩りの時、罠を一緒に作った連中だ。
視線は怯えている。
だが、逃げてはいない。
「……お前、いつも分けた」
拙い身振り。
だが、意味は伝わる。
他にも、一体、また一体と集まってくる。
五体。
七体。
多くはない。
だが、確実に“選んだ”ゴブリンたちだ。
主人公は、そこで一度、深く息を吸った。
そして――
初めて、はっきりと名乗った。
「……俺の名前は、ヒトシだ」
周囲のゴブリンが、きょとんとする。
「前は、人間だった」
当然、細かい意味は伝わらない。
だが、**“ただのゴブリンじゃない”**という空気は伝わる。
「今は、ゴブリンだ」
石斧を奪われた腰を、まっすぐ伸ばす。
「だから、ゴブリンとして生き残る」
指差す先は、ゴブリンリーダー。
「奪うだけのやつに、全部任せたら」
「俺たちは、いつか全員死ぬ」
静かだが、はっきりした態度。
「俺は、分ける」
「狩ったら、分ける」
「危ないことは、考えてからやる」
ゴブリンたちが、顔を上げる。
「……ついて来たいなら、来い」
「無理にとは言わない」
ゴブリンリーダーは、鼻で笑った。
「グガァ!」
石斧を振り回し、威嚇する。
――力の差は、歴然だ。
だが。
ヒトシの背後に、
確かに“仲間”が立っていた。
(来たな)
(避けて通れない局面だ)
ここで従えば、
今まで積み上げたものは全て奪われる。
それは――
長く生き残る選択じゃない。
「……もう、戻れないな」
その瞬間。
【《適応進化》が反応】
【個体名を確認:ヒトシ】
【統率対象の発生を検知】
奪う者と、
分ける者。
どちらが生き残るか。
小さな集落は、
分裂の時を迎えた。




