第43話 名を欲する者たち
最初に声を上げたのは、
ゴブリンだった。
「……俺も」
誰かが、ぽつりと呟く。
すると――
「……俺もだ」
「……俺も」
次々に声が重なる。
オークたちも、互いに顔を見合わせ始める。
「……名前、あるの」
「……悪くない、な」
ヨークが名を得たあと。
メイが“改めて”名を刻まれたあと。
その変化は、誰の目にも明らかだった。
名を持った者は、違う。
振る舞いが変わり、
言葉が整い、
周囲を見る目が変わった。
だからこそ。
欲が、生まれる。
オークの一体が、前に出る。
「……俺も」
「……名前、欲しい」
素直な言葉だった。
ヒトシは、その様子を見て、すぐに手を上げた。
「……待て」
声は低いが、強くはない。
場が、静まる。
「……名前は」
「……欲しがって、もらうものじゃない」
「……与える側も、覚悟がいる」
その言葉に、
欲に浮ついていた空気が、少し引き締まる。
ヨークが、頭をかく。
「……だよなぁ」
「俺も、軽く考えてたかも」
メイは、静かに周囲を見る。
名を得たことで、
自分が“上”に立ったわけではない。
むしろ、
背負うものが増えたと理解している。
その時だった。
グルナが、一歩下がった。
尻尾の毛が、逆立つ。
小刻みに、身震いしている。
ヒトシが気づく。
「……どうした」
グルナは、深く、深く頭を下げた。
「……知らなかった」
「……ここまでとは」
声が、かすれる。
「……名を、いくつも与えることができるのは」
「……ドラゴン級か」
「……それ以上だ」
その言葉に、
周囲が息を呑む。
グルナは、震えながら続けた。
「……俺は」
「……無礼だった」
「……高位の存在に、対等に話していた」
ヒトシは、少し困った顔をした。
「……気にするな」
「……俺は」
「……偉くなった覚えは、ない」
だが、グルナは首を振る。
「……違う」
「……格は」
「……自覚とは、別に定まる」
そして、決意したように言った。
「……お願いがある」
ヒトシは、黙って聞く。
「……我が一族を」
「……あなたの傘下に、入れて欲しい」
ざわめきが、広がる。
傘下。
それは、単なる協力ではない。
命運を、預けるという意味だ。
「……理由は」
ヒトシは、静かに尋ねる。
グルナは、迷わず答えた。
「……名を、軽々しく扱わない」
「……力を、振りかざさない」
「……それでいて」
「……世界を、動かしている」
そして、低く告げる。
「……あなたの下なら」
「……滅びない」
ヒトシは、すぐには答えなかった。
周囲を見る。
ゴブリン。
オーク。
そして、冒険者たち。
皆が、
判断を待っている。
「……すぐには、決めない」
ヒトシは、穏やかに言った。
「……傘下は」
「……守る責任も、背負う」
「……軽く、受けられない」
グルナは、深く頷いた。
「……それでいい」
「……考えてくれるだけで、十分だ」
そのやり取りを、
《適応進化》が、静かに観測していた。
【勢力吸収の可能性を検知】
【統治段階への移行準備】
ヒトシは、内心で苦笑する。
(……逃げ道、なくなってきたな)
だが、嫌ではなかった。
名を欲する声。
傘下を願う存在。
それは、
力ではなく、在り方に惹かれて集まっている。
ヒトシは、改めて思う。
(……俺は)
(……もう、一匹のゴブリンじゃない)
そう自覚した瞬間、
森の空気が、わずかに変わった。
誰も、まだ言葉にはしない。
だが、確実に。
“王”という概念が、ここに芽生え始めていた。




