第42話 名の重さを知る者
輪の中心で、
ヨーク――名を得たオークが、まだ落ち着かない様子で立っていた。
「いやぁ……」
「ヨーク、か」
「悪くねえな」
いつもの軽口だが、
その声には、微妙な張りがある。
自分が“変わった”ことを、
本人が一番理解していた。
ヒトシは、そんな様子を見てから、
ゆっくりと視線を隣へ移した。
メイだ。
ゴブリンメイジ。
魔法を扱い、思考し、学び続ける存在。
――そして。
名を呼ばれているのに、名を与えられてはいない存在。
メイは、気づいていた。
ヨークを包んだ、あの感覚。
世界が一瞬、息を呑んだあの空気。
(……違う)
(……私が「メイ」と呼ばれた時とは)
ヒトシが、口を開く。
「……メイ」
その呼びかけに、彼女は顔を上げた。
「……今まで」
「……お前のことを、そう呼んでた」
「……それは」
「……役割じゃなく」
「……個として、見ていたからだ」
メイの目が、わずかに揺れる。
「……でも」
ヒトシは、言葉を続ける。
「……それは」
「……命名じゃなかった」
その場の全員が、理解した。
呼ぶことと
名を与えることは、違う。
前者は関係。
後者は――
世界への宣言だ。
メイは、静かに問い返す。
「……じゃあ」
「……私は」
「……まだ、名を持っていない?」
ヒトシは、頷いた。
「……そうだ」
残酷なほど、正直だった。
だが、次の言葉が続く。
「……だから」
「……今、決める」
空気が、再び張りつめた。
グルナが、思わず低く呟く。
「……続けて命名を?」
「……それは……」
危険だ。
格が、問われる。
だがヒトシは、迷わなかった。
「……メイ」
「……お前は」
「……学び」
「……考え」
「……人間の価値観を、受け取った」
「……この群れが、次に進むための」
「……“知”の中心だ」
メイの喉が、鳴る。
感情が、追いついていない。
「……だから」
ヒトシは、はっきりと告げた。
「……改めて、名を与える」
【――《適応進化》が深層反応】
【命名行為:連続実行】
【魂属性による負荷分散を確認】
【第二命名、許可】
ヨークが、目を見開く。
「……マジか」
「……続けて、やるのかよ」
ヒトシは、メイを見つめたまま言った。
「……お前の名は」
「……メイ」
それは、同じ音だ。
だが――
意味が、まったく違う。
【命名完了】
【対象:ゴブリンメイジ】
【名称:メイ】
【格付け:知性系高位個体】
メイの中で、何かが“はまる”。
言葉が、明確になる。
思考が、整理される。
(……ああ)
(……私は)
(……ここに、いる)
世界に、認められた。
役割としてではなく。
個体として。
メイは、ゆっくりと頭を下げた。
「……ありがとう」
その声は、
以前よりも、はっきりしていた。
ヨークが、にやりと笑う。
「いやぁ」
「俺と同期か?」
「名持ち仲間だな!」
サラが、ぽつりと呟く。
「……同じ“メイ”でも」
「……今のは、全然違うね」
アンも、静かに頷いた。
ヒトシは、深く息を吐く。
(……これでいい)
(……区別は、必要だ)
呼ぶこと。
名を与えること。
その重さを、
彼はようやく理解し始めていた。
そして――
世界もまた。
名を与える者が、ここにいると、
はっきり認識したのだった。




