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第40話 名を持つということ

 森の入り口が、ざわめいた。

 見張りのゴブリンが、すぐに走ってくる。

「……来客」

「……コボルト」

 ヒトシは、少しだけ目を細めた。

「……グルナ、か」

 ほどなくして現れたのは、灰色の毛並みを持つコボルトだった。

 以前よりも身なりが整っている。

 傷も少なく、動きに余裕があった。

 グルナはヒトシを見るなり、深く頭を下げた。

「……ヒトシ」

「……村は、立て直せた」

「……礼を、言いに来た」

 その言葉に、ヒトシは小さく頷いた。

「……それは、良かった」

 ぶっきらぼうだが、拒絶はない。

 だが次の瞬間、

 グルナの視線が、訓練場の一角で動く三人に向いた。

 サラ。

 アン。

 メリー。

 人間だ。

 しかも――

 拘束されていない。

 武器を持ち、

 ゴブリンと並んでいる。

「…………」

 グルナの動きが止まる。

 理解できない、という顔だった。

「……ヒトシ」

「……人間、だな?」

 ヒトシは隠さなかった。

「……そうだ」

「……今は、敵じゃない」

 グルナの喉が、こくりと鳴る。

「……分からない」

 正直な言葉だった。

「……だが」

 少し間を置き、続ける。

「……ヒトシが、決めたなら」

「……俺は、従う」

 その態度に、

 サラはわずかに驚いた表情を浮かべた。

(……迷いはあるけど)

(……否定はしない)

 それが、

 この森の「格」の在り方なのだと、直感で理解する。

 話が一段落したところで、

 ヒトシは、ふと疑問を口にした。

「……そういえば」

「……グルド、とか」

「……グルナ、とか」

 グルナを見る。

「……お前たち」

「……名前、あるよな」

 その場の空気が、微妙に変わった。

 グルナは、一瞬だけ視線を伏せる。

「……ある」

「……特別な魔物だけだ」

 ヒトシは、首を傾げる。

「……どういう意味だ」

 グルナは、少し言いづらそうに続けた。

「……名前は」

「……もらうものだ」

「……格が高い魔物でなければ」

「……命名できない」

 サラが、思わず声を上げる。

「……命名権?」

 グルナは頷いた。

「……俺と、グルドは」

「……昔」

「……同じ森に住んでいたドラゴンから、もらった」

 その言葉に、

 場の全員が息を呑む。

「……ドラゴン……?」

「……格が、違う」

 グルナは、淡々と言う。

「……あの存在は」

「……名を与えることで」

「……その命を、認める」

 ヒトシは、静かに理解した。

(……名前)

(……ただの呼び名じゃない)

(……存在を、世界に刻む行為か)

 その時。

「……じゃあ」

 驚いた声を上げたのは、メイだった。

「……私は?」

 自分を指差す。

「……私の名前は」

「……誰が、くれたの?」

 場が、静まる。

 ヒトシは、はっとした。

(……そうだ)

(……俺が、呼んでいる)

(……だが、俺に命名権は……)

 《適応進化》が、微かに脈打つ。

 まだ言葉にはならない。

 だが、

 問いは、確かに投げかけられた。

 その沈黙を破ったのは、メリーだった。

 にやりと笑って、言う。

「ねえ」

「じゃあさ」

「試しに、だけど」

 サラとアンも、同じことを考えていたらしい。

 三人の視線が、

 一斉に――

 陽気なオークに向く。

「……え?」

 当の本人が、きょとんとする。

「俺?」

 サラが言った。

「名前、つけてみない?」

 アンが続ける。

「格が足りないなら」

「……試してみればいい」

 メリーは、楽しそうに笑う。

「ヒトシが」

「名付けたら、どうなるのか」

 陽気なオークは、目を丸くした後、

 腹を抱えて笑った。

「ははっ!」

「いやぁ!」

「俺、調子乗るぞ?」

 ヒトシは、思わず苦笑する。

「……それが、問題だ」

 だが。

 誰も、その提案を否定しなかった。

 名前を持つということ。

 格を持つということ。

 それが、この群れにとって

 次の段階であることを、

 全員が無意識に理解していた。

 そしてヒトシは、

 まだ知らない。

 名を与えるという行為が、

 どれほど世界に影響を与えるのかを。

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