第37話 教える側と見られる側
陽気なオークが見張り役になったことで、
囲いの周囲の空気は、奇妙に落ち着いていた。
「いやぁ、安心しろって」
大きな体で腕を組み、オークは笑う。
「俺が見てる間は、変なこと起きねぇからさ」
その言葉に、サラは内心で首を傾げた。
(……変なこと、って何基準?)
アンは、囲いの外に立つオークとゴブリンたちの距離感を観察している。
命令されて従っているというより、信頼して任せている空気だった。
(……このオーク)
(……単なる見張りじゃない)
権威がある。
それが分かる。
訓練場の一角で、別の異変が起きていた。
ゴブリンメイジ――メイが、
メリーのすぐそばに立っていたのだ。
「……ここ」
メイは、自分の描いた簡素な魔法陣を指差す。
「……どう?」
拙いが、意図は伝わる。
メリーは、一瞬言葉を失った。
(……質問、してる)
(……しかも、ちゃんと)
「……基礎は、できてる」
メリーは、慎重に言葉を選ぶ。
「……でも」
「……魔力の流し方が、硬い」
メイは、首を傾げる。
「……硬い?」
「……力を、押し出してる」
「……流す、じゃなくて」
メイは、しばらく考え込む。
そして、ゆっくりと目を見開いた。
「……ああ」
「……水、か」
メリーは、ぞっとした。
(……分かってる)
(……しかも、理解が早い)
魔法を“覚える”のではなく、
仕組みとして捉え始めている。
サラも、その様子を見て気づく。
(……このゴブリン)
(……放置したら、危険なタイプだ)
その時だった。
「――うわっ!?」
訓練場の反対側で、声が上がる。
ゴブリンの一体が、足を滑らせて倒れた。
持っていた木槍が、勢いよく跳ねる。
飛んだ方向は、囲いの中。
サラが、反射的に叫ぶ。
「伏せて!」
アンが、メリーを引き倒す。
木槍は、地面に突き刺さった。
――だが。
次の瞬間。
別のゴブリンが、興奮したように前に出た。
事故だ。
だが、“チャンス”だと誤解した。
距離が、一気に詰まる。
「――おい」
低い声。
陽気なオークが、前に出た。
その顔から、笑みが消えている。
「……そこまでだ」
腕を伸ばし、
ゴブリンの胸元を片手で押さえる。
押しただけ。
だが、相手は後ずさる。
「……決まり、忘れたか?」
その一言で、周囲が静まる。
だが、完全ではない。
緊張が、張り詰める。
その時。
「……下がれ」
ヒトシの声が、遠くから届いた。
大声ではない。
だが、通る。
全員が、動きを止める。
「……事故だ」
「……だが」
「……次は、許さない」
それだけ。
ヒトシは、こちらに来ない。
判断だけを、投げた。
メリーは、息を整えながら、メイを見る。
「……さっきの」
「……あなた、魔力」
「……少し、周囲に漏れてた」
メイは、目を瞬かせる。
「……それで?」
「……引き金に、なったかも」
メイは、唇を引き結んだ。
「……私の、せい?」
「……一部は、ね」
メイは、黙って頷いた。
逃げない。
否定もしない。
(……この子)
(……危ないくらい、真面目だ)
メリーは、複雑な感情を抱いた。
訓練は、一時中断となった。
陽気なオークが、囲いの前に戻る。
「いやぁ、悪い悪い」
「ちょっと、空気張りすぎたな」
笑ってはいるが、
その目は、冗談ではない。
サラは、確信した。
(……ここ)
(……油断したら、終わる)
だが同時に。
(……ヒトシがいる限り)
(……一線は、越えない)
その微妙な均衡の上で、
三人は“役割”を果たし始めていた。
捕虜として。
そして、訓練監督として。




