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第36話 思っていたのと違う

 囲いの前に集まったゴブリンたちのざわめきは、昨日よりもはっきりとした期待を帯びていた。

 だが、その期待の向きは――

 捕虜の三人にとって、想像していたものとは違っていた。

「……なあなあ」

 突然、間延びした声が響く。

 サラが顔を上げた。

 囲いの外に立っていたのは、

 一回りも二回りも大きなオークだった。

 筋骨隆々。

 牙が覗く口元。

 ――だが。

「いやぁ、びっくりしたよなぁ」

 オークは、頭を掻きながら笑っていた。

「人間が三人も一気に捕まるなんてさ」

 サラ、アン、メリーの三人が、揃って言葉を失う。

(……喋ってる)

(……普通に)

 それも、拙くない。

 言葉が通じるどころか、妙に砕けている。

「……オーク?」

 思わずメリーが呟いた。

「お、分かる? そうそう、オークだ」

 陽気に頷く。

「いやぁ、俺も最初はさ」

「どうするんだろうなーって思ってたんだけど」

 オークは、ちらりとヒトシの方を見る。

「ボスがさ、きっちり決めちゃってくれたから」

「助かるわぁ」

 ボス。

 その呼び方に、三人は同時にヒトシを見る。

 ヒトシは、特に訂正もしない。

「……紹介する必要はない」

 ヒトシは短く言った。

「……だが」

「……こいつは、現場を見る」

 オークは、にっと笑った。

「陽気なオーク、って呼ばれてる」

「名前? まだ無いな!」

 その場の空気が、ほんの少し緩む。

 だが、サラは気づいていた。

(……緩めてる)

(……わざとだ)

 このオークは、場を読んでいる。

 ただの脳筋ではない。

「……本題だ」

 ヒトシが、囲いの前に立つ。

 三人の視線が集まる。

「……お前たちには」

「……仕事をしてもらう」

 アンの眉が、わずかに動いた。

「……仕事?」

「……訓練だ」

 ヒトシは、囲いの外を指差す。

 そこでは、数匹のゴブリンが木の棒を持ち、ぎこちなく構えていた。

「……俺たちは」

「……戦い方を、伸ばしている途中だ」

「……お前たちは」

「……戦いを、知っている」

 サラは、即座に理解した。

(……監督役)

(……教官ではない)

(……でも、無視もできない立場)

「……逃げないなら」

「……口を出していい」

「……見て、直せ」

「……それが、お前たちの役割だ」

 メリーが、思わず声を上げる。

「……ちょ、ちょっと待って!」

「……捕虜に、そんなことさせるの?」

 ヒトシは、淡々と答える。

「……だからだ」

「……役に立て」

「……役に立てば」

「……扱いは、悪くならない」

 それは、取引だった。

 明確で、冷たい。

 だが、理不尽ではない。

 陽気なオークが、腕を組んで頷く。

「いやぁ、正直助かるよ」

「俺たち、力はあるけどさ」

「細かいとこ、分かんねぇんだよな」

 サラは、思わず聞き返した。

「……あなた」

「……本当に、オーク?」

「ん? ああ」

 オークは、にっと笑う。

「俺も不思議だよ」

「前は、こんなふうに考えなかった」

「でもさ」

 ヒトシを見る。

「ボスのとこ来てから」

「頭が、よく回るんだよなぁ」

 三人は、はっきりと理解した。

(……この群れ)

(……異常だ)

 ゴブリンが統率され、

 オークが冗談を言い、

 人間の捕虜に訓練を任せる。

 どれも、街で聞いた“魔物”の話とは違う。

「……拒否は?」

 アンが、静かに尋ねた。

「……自由だ」

 ヒトシは答える。

「……だが」

「……拒否すれば」

「……ここにいる意味は、減る」

 脅しではない。

 事実の提示。

 サラは、ゆっくりと息を吐いた。

「……分かったわ」

「……見るだけ、ね」

「……命令じゃない」

「……助言だけ」

「……それでいい」

 ヒトシは、短く頷いた。

「……十分だ」

 囲いの外で、ゴブリンたちが訓練を始める。

 木剣の構え。

 足運び。

 距離感。

 サラは、思わず口を開いていた。

「……足、前に出しすぎ」

 ゴブリンが、きょとんとする。

 陽気なオークが笑う。

「ほらほら、言われてるぞー」

 アンも、続ける。

「……盾がある前提で動いてる」

「……それ、素手だと危ない」

 メリーは、魔法陣の描き方を見て、眉をひそめた。

「……それ、集中散ってる」

「……詠唱、短くできるはず」

 三人は、気づいた。

(……私たち)

(……もう、戻れないかもしれない)

 だが同時に。

(……ここは)

(……思っていた“檻”じゃない)

 ヒトシは、その様子を少し離れた場所から見ていた。

(……これでいい)

(……今は)

 捕虜ではある。

 だが、無力な存在ではない。

 この扱いが、

 どんな未来に繋がるのか――

 それは、まだ誰にも分からない。

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